(3) 仲良しごっこなら
数日後。
夜、早百合からの着信でスマホを手に取った。
彼女によると、昼休みに梢と二人で椿ちゃんに声をかけたけど、当の本人は急に立ち上がって無言でどこかに行ってしまったみたいだ。
仕方なく、少しでもその子のことについて知ろうと隣の席の子に話しかけると、実家が島有数の大神社の神主を代々務めているものの、それ以上のことは知らないようだった。
ごめんね、と呟く早百合をそっと労ってから電話を切った。
週末になり、小雨が降る中わたしたちは音美大社の鳥居の前に立っていた。
北平町の中心地にあるその神社は、年末年始にはCMが流れる程島の中では有名な場所だ。
しかしながら、実を言うとこのタイミングで初めてその場所を訪れたから、お社の予想外の大きさに一瞬圧倒されてしまった。
改めて、こんな大神社の関係者に今から会いに行くことを自覚し、少しだけ身が引き締まる。
とりあえず神社周辺までは来たものの、家がどの辺りにあるかまではわからなかったので、まずは社務所を訪ねてみることにした。
広い玄関に入り、恐る恐る中の人に声を掛ける。
何度か叫んだ頃、目の前の襖がゆっくりと開いた。
「おお。大勢で一体どうされましたか」
畳敷きの広い部屋から出てきたのは、割烹着を着たおばあちゃんだった。
見るからに朗らかそうな人で、少しだけホッとする。
「こんにちは。わたしたち、酒瀬川椿さんに用があって来たんですけど」
すると、おばあちゃんは嬉しそうに笑みを浮かべる。
「そうかい。椿に用があっていらしたんかね。なかなか友達も来ん子やからね、よかこっ(良い事)じゃ」
玄関を出てお社の向こう側を指さすと、おばあちゃんは最後に深々とお辞儀した。
恐縮しながら全員で揃って礼をし、社務所を後にする。
神社の敷地から少し出たところにその家はあり、「酒瀬川」と彫った木の表札が掲げてある。
木造の平屋で、とても大きく厳かな雰囲気を感じた。
今度は代表して梢が恐る恐る呼び鈴を鳴らす。
しばらくして引き戸から顔を覗かせたのは、あの動画に映っていた女の子だった。
「……誰ですか?」
その子のぶっきらぼうな声に、慌てて梢がおどおどしながら答えた。
「え、ええと、同じクラスの稲森梢です。き、今日はもう一度、アカペラに誘いに来ました」
椿ちゃんはまるで睨みつけてくるようにわたしたちを見回し、思わず眉を顰める野薔薇を美樹が慌てて制した。
やがて、その子はさっと佇まいを直すと、流暢な姿勢でお辞儀をする。
「……今日は、わざわざご足労頂きありがとうございます。ですが、生憎私は全くと言っていいほど興味がありませんので、すみませんがお引き取り願います」
そして勢いよく引き戸を閉めようとしたものの、すんでのところで止めたのは梢だった。
「あの! わたし、あなたの動画観ました。ヒューマンビートボックス、とても素敵でした。わたしたちのグループにあなたがどうしても必要なんです。だから、お願いです。力を貸してください!」
たどたどしくも力強い口調の説得に、わたしは思わず息をのんでしまった。
それは椿ちゃんも同じだったみたいで、やがてゆっくりと引き戸から手を離す。
「椿さん、あなたの動画からは、並々ならぬ音楽愛を感じました。きっとあなたとなら、最高の音楽ができるはずなんです。だから、良かったら──」
「やめて!」
突然話を遮って、椿ちゃんが叫ぶ。
驚きのあまり、梢は身体が完全に固まってしまった。
「……あのさ。音楽愛とか言うけど、私、そんなに大して好きじゃないし、音楽なんて。ヒューマンビートボックスは、単にできるってだけの話。
私はむしろ、イライラしてるの。アンタたちみたいに、みんなで仲良く楽しく音楽しましょうとか言ってる集団にさ。
そんなの全然興味もわかないし、仲良しごっこなら、よそでやってよ。勝手に私を巻き込まないで」
野薔薇が再びカッとなって拳を上げようとするのを、数人がかりで必死に止める。
椿ちゃんは、ふんっ、と鼻を鳴らすと、今度こそ思い切り戸を閉めた。