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(3) 黄金の休日

「やっぱりちょっと強引だったかな」


「かもねー」


「ま、桜良はいつだって強引だからな」


 休憩所の白い椅子に腰を下ろしてからも、わたしたちの会話といえば梢ちゃんについてのことばかりだった。


 色々と活動を始めて間もないわたしたちにとって、彼女は記念すべき同年代のファン第一号。

 でも、できることなら一緒に歌ってみたかった。


 そう思いはするけど、断られたら仕方ない。

 というか、今日はさすがにいきなり過ぎて、引かれちゃったかもな……。


 もう来なくなってしまったらどうしよう……。


「でも、梢ちゃんの音感、正直凄いなって思った。あの子がいたら、確かに心強くはあるかな」


 早百合がそう呟いて小さくため息を零す。


 確かに音感のこともあるとは思うけど、早百合にとって梢ちゃんは、これから同じ高校に通う後輩でもある。

 その分、ほかの人以上に残念さも大きいのかもしれない。


 その後を繕うように、野薔薇が口を開く。


「まあ、その子にも色々あるんだろうよ。一応ファンは続けてくれるみたいだし、しばらくはそれでいいんじゃないか。

 それに、案外美樹みたいにころっと気が変わる可能性もあるしな」


「……なにそれ、わらちゃん!」


 美樹がすかさず反論する。

 いつものような調子に戻ったお喋りをそれとなく耳にしながら、わたしは少しだけ別のことを考えていた。


 梢ちゃんが去る時にちらっとだけ見えた、あの黒いもやのことを。




「……今日もお疲れさま、桜良!」


 お風呂から出た後、部屋のドアを開けた瞬間聞こえてきた第一声が、それだった。


 思わず、またか、と心の中で小さくため息をつく。

 その後、定位置となったベッドの上で自分の部屋みたくくつろぐ女神様の隣に腰かけた。


「いっつも、急だね、ナナ様って」


 軽い皮肉を交えながらそう伝えると、ナナ様は女神というよりはまるで小悪魔みたいな笑みを浮かべて言った。


「いや、なんか今日も呼ばれる気がしたから。それで先手を打ってみたのよ」


 やっぱり、なんだかんだいっても目の前のこの方は神様であるみたいだ。

 わたしの考えていることなんて、まるまる全てお見通しらしい。


 少しだけ見直してから、今日の出来事をゆっくりと伝える。


「……うんうん、なるほど。後輩の女の子を誘ったけど見事にフられて、その子の周囲に微かにもやを見つけたってわけね」


 言い方が少しだけ癪に障ったものの、まあ大体合っている。

 これまでと同じように、どうしたらいいかをストレートに尋ねてみると、ナナ様は少しだけ困った表情をした。


「いや、どうしろって言われても。……うーん、そうね。あまりにも、情報が少なすぎるわ。

 だから、もうちょっと時が来るのを待ってみましょう。物事には、タイミングが肝心なのよ」


 答えに釈然としないわたしの頭を、ナナ様は幼い子をあやすみたいにぽんぽん叩く。

 そして、時が来たらちゃんと教えてあげるわ、と言い残し、目の前からいなくなった。


「タイミング、ね……」


 わたしは電気を消し、真っ暗な部屋の中でその英単語を繰り返しぶつぶつ呟いた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 四月になって、いよいよ新年度がスタートした。


 わたしたち四人はみんな二年生に進級し、少しだけ周りが慌ただしくなる中で、相も変わらず活動を続けていた。

 メンバー同士の仲は一層深まって、学校では美樹や野薔薇と、休日は早百合も入れて四人で過ごす機会がさらに増えた。


 毎週日曜日の床屋コンサートもすっかり話題になっていて、毎回観に来て下さる方も次第に現れるようになった。


 梢ちゃんもそのうちの一人で、遠くからわざわざ来ては後ろの方でじっと聴いてくれている。

 でも、演奏が終わるとすぐさま立ち上がり、気づいた時にはもういなくなっているので、再び話すことはなかなかできなかった。


 そして、あっという間に四月も後半になっていた。


 いつも通りのコンサートを終え、奥の長椅子を見ると、やっぱりさっきまでいた梢ちゃんはいなくなっている。

 しかしこんなこともあろうかと、今日は先手を打っておいた。


 しばらくして、もがく梢ちゃんを必死でおさえながら、桃萌が店に帰ってきた。


「ほら、お姉ちゃん。言われた通り、外で捕まえてきたよ。一体何するつもりなのやら」


 やがて腕が自由になると、梢ちゃんは観念したのか特に逃げる様子もなくわたしたちの前に向かい合った。

 桃萌が裏へ戻るのを見送ってから、まずはしっかりと謝罪する。


「ごめんね。どうしてもお話ししたかったからちょっとだけ強引なことしちゃった。許してね」


「いやいや、ちょっとじゃ済まないだろ」


 呆れ声で野薔薇が後ろからツッコミを入れる。

 すると、意外にもツボにはまったのか、梢ちゃんが小さく吹きだした。


 つられて美樹や早百合も笑い始め、場の空気が少しだけ緩まる。

 すかさずわたしは本題に入った。


「来週から、ゴールデンウイークじゃん。実はその時、みんなで本土の方まで遊びに行こうかなって考えてるんだけど、よかったら梢ちゃんもどうかな?」


 そして、腕を前の方へと大きく差し出す。

 梢ちゃんは、最初はかなり悩んでいたけど、少しして恐る恐るわたしの手を掴んだ。


 よろしく、お願いします。


 その言葉を聞いた途端、思わず、やった、と声が漏れてしまった。

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