Prelude ~手紙とうた~
夕方。
わたしたちアカペラバンド『ブレス』と、島の女神様であるナナ様は、砂浜で向かい合っていた。
もっとも正確に言えば、わたし以外の人に彼女は見えていない。
けれど、みんなそれをわかった上で、こうして付き合ってくれている。
目の前のナナ様は、少しだけ緊張した顔をしている。
でも、ユラのわたしには自ずとわかった。
彼女はわざとドキドキしながら、この状況を全力で楽しんでいるのだ、と。
相変わらず徹底した小悪魔ぶりに、どこかで安心しながら一歩前に進むと、一通の手紙を足元に置いた。
「後で、時間がある時に読んでよ。ユラから、神様に向けた言葉と思って」
そして元に帰ると、早百合の合図で息を吸い込む。
やがて静かな海辺に優しい音楽が響いた。
それは、きたるワンマンコンサート用とは別に用意した、ナナ様という一人の女神様に捧げる、世界でたった一つの曲だ。
その曲は数フレーズしかないかなり短いものだったけれど、伝えたい想いは約一分の演奏の間に沢山込めた。
やがて、最後の和音がそっと弱まり、波にかき消されてフェードアウトしていく。
ナナ様は途中から目に涙を浮かべだし、最後にはそっと手を叩いてくれた。
「……素晴らしかったわ。ありがとう、桜良、みんな。私にとって、最高の贈り物よ!」
彼女の賛辞を是非みんなにも聞かせてあげたかったので、前に出てその言葉を代弁する。
目に見えない神様とはいえ、一人の大事なお客さんからの褒め言葉に、思わず全員の顔が綻んだ。
そのままの位置で、みんな何も言わずに海の方を振り向く。
彼方に沈みゆく夕陽までもが、わたしとナナ様と、そして仲間たちの未来をそっと祝福してくれているみたいだった。