表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/89

(4) 歌うバスケ少女

 一体なんだろう。


 音のする方に足を向けると、やがて校舎の裏手にある小さな原っぱに辿り着いた。

 原っぱの隅には柱がひどく錆びついた、バスケットボールのゴールが置かれている。


 そのそばで、一人の女子生徒がドリブルシュートの練習をしていた。


 弾くボールのリズムに合わせ、後ろにまとめた長い髪が激しく揺れている。

 人気のない場所で一心不乱に汗を流すその姿に、つい目を奪われてしまう。


 しかし、それ以上にその子には強く惹かれるものがあった。

 それは、あれだけ激しく運動しながら一切息を切らすことなく、明るく澄んだ高い声で歌を口ずさんでいたことだ。


 か細く息が混じりながらも、ボールの重低音にかき消されない程に芯の通ったその歌声は、何となくいつまでも聴いていたい、と感じさせるものだった。


 しばらく校舎の端に隠れ、練習の様子を眺める。

 やがて、その子の手から放たれたボールが綺麗に弧を描きながら、籠の中へと綺麗に収まった。


 鮮やかなシュートに思わず、おおっ、と声を出すと、その子の目がきょろきょろと声の出所を探し始めた。

 しまった、と頭を掻きながら、のそのそと物陰から顔を出す。


「ゴメンね。練習の邪魔しちゃって。ちょっと珍しかったから、こっそり覗いちゃった」


 女の子は傍に落ちているボールを素早く拾うと、わたしのすぐ目の前まで勢いよく駆け寄ってきた。

 その距離の近さと勢いに、思わず二歩くらい後ずさってしまう。


「ちは! 見ない顔っすね。別に暇潰しでやってたんで、全然いいっすよ。そんでそろそろ飽きてきちゃって、もうやめよっかな、って思ってたところっす」


 女の子は、明るくそう言ってニシシと笑った。


 バスケ部の自主練? と何も考えずに尋ねると、その子は大げさにがっくり肩を落とし、呆れたように言った。


「……きみ、知らないの? バスケ部は、何年か前に廃部になったんだって。ま、うちも入学した後でそれ知ったから、結局どこも入んないで、たまに気が向いた時だけここで練習してるんだ。ここ、滅多に人来ないから、好きなだけ遊んで帰れるし」


 そう言われて気付いたけど、確かに制服姿でスカートの下にジャージを履いていれば、真面目な練習とかではまずないか……。


 それから女の子は、突然何か閃いた顔をすると、ニコニコしながらボールをこちらに渡してきた。


「折角だからさ、1オン1、やろうよ。一人でしてても、全然つまんないからさ。うちに捕られないように、シュートを入れてみてよ」


「えぇ? でもわたし、バスケそんなにうまくなくて……」


「それじゃ、十五秒以内にうちがボールを奪えなかった場合も、きみの勝ちでいいよ。ならいいでしょ」


「うーん。だったら、やってみようかな」


「おっけー。そしたら、あそこからスタートね。うちはこの辺くらいでいいかな」


 そうしてその子が立った場所は、わたしの位置からだいぶ離れた、ゴールの真下らへんだった。

 1オン1って、こんなゲームだったっけ? と思いながら、ドリブルしようとボールを手から離した瞬間。


 前から突風が駆け抜けたかと思うと、気づいた時にはボールはもう手元に無かった。

 すぐ後ろから、得意げに声が投げ掛けられる。


「よーし、次はうちが攻めね!」


 そして彼女は、先ほどとは比べ物にならないくらいのスピードでボールを弾くと、あっという間にゴールに近づいてタイミングよくボールを放った。

 空に真上に打ち上がったボールは、やがて籠の中に綺麗に収まっていく。


 ただその様を呆然と眺めるわたしに、女の子は意気揚々と近づくと、「ちょっと本気出しすぎちゃった。ゴメンね」と言ってペロッと舌を出した。


 なぜかそれで無駄に闘志に火が付いてしまって、「もう一回!」と強くお願いするも、結局それから何回やったところで一度も勝てなかった。

 疲れ果ててその場にしゃがみ込むと、まるで疲れを感じていない様子で「予備で持ってきたやつだけど、いる?」と小さめのタオルを差し出してくれた。


 離れたところでじっと身体を癒している間にも、その子は一人でドリブルシュートの練習を続けている。

 一体あの小柄な身体のどこにそんなバイタリティがあるんだろう、と思いながら見ていると、やがて再び同じ歌を口ずさみ始めた。


 最初は何かわからなかったけど、改めてよく聞いてみるとどこかで耳にしたことのあるメロディーだ。

 少し考えてからその子に大声で聞いてみる。


「それってさ、『きみ恋』のドラマの主題歌でしょ? わたしもそれ好きなんだ!」


 すると、女の子は突然動きがぎこちなくなって、投げようとしたボールを地面に落としてしまう。

 そして、少しだけ頬を赤くしながら、わたしの方に向き直った。


「……うーん、まあそうだね。うちも、好きなんだ。ははは」


 それから弱弱しくうつむくと、なぜか私に向かって謝りだした。


「ゴメンね、超聞き苦しかったよね」


「えぇっ、とんでもないよ! 確かに、バスケしながら歌ってるのは不思議だなぁ、って何となく気になってたけど、でも綺麗な歌声だなって思ったよ」


 女の子はそれでも腑に落ちなそうにしていたけど、やがてもう一度ぺこりと頭を下げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ