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(2) 棚からボタモチ

「そう、ごめんなさいね。うちのメロが悪戯したみたいで」


 中に入って靴を脱ぐと、受付横の部屋へと案内された。

 畳張りの小部屋の真ん中に低い脚の台があり、その周りに座布団が数枚敷かれている。


 部屋の中には他にも食器棚や石油ストーブなど様々なものがあり、公共の施設のはずなのにやたら生活感が感じられた。

 わたしたちが座ると、女性は台の上のポットからお茶を注いで出してくれた。


「お嬢さんたちは、どこの学校なの?」


「南山です! 一年生で、遠矢桜良といいます」


「北平高校一年の、横峯早百合です」


「へぇ。貴女たち、別々の学校なのね」


「はい! でもわたしたち、実は幼馴染なんです」


「はあ、それで」


 それから簡単に早百合との出会いや再会の経緯を説明する。

 物腰やわらかそうなその人は、うんうんと頷きながら熱心に話を聞いてくれた。


「……それで、二人で合唱を始めることにしたんです。今は人がいないけど、これからどんどん増やしていきたいなって思っています」


「へぇ、合唱を。それは頑張ってちょうだいね」


 ここで、今まで黙ってやり取りを聞いていた早百合が恐る恐る尋ねる。


「すみません。こちらでは色んな趣味活動の場所を提供していると、看板に書いてあったのですが」


 女性は視線をずらすと、にっこりと頷いた。


「ええ、確かに提供しているわよ。囲碁や将棋といった趣味の集いから、町内会の寄合まで、様々な用途で使用して頂いているわ。部屋の中には吸音加工をしているのもあるから、それこそ楽器などの音楽活動に使うのも、まあ可能ね」


 思わず早百合の方を見る。

 ごくりとつばを飲みこんでから、再度尋ねた。


「もしよければ、わたしたちにも使わせて頂けないでしょうか」


 女性は、少し考えこんでから、ちょっと待っててね、と言って棚からオレンジのファイルを持ってきた。


「そうねぇ、さっき言った吸音の部屋は……。割と埋まっているんだけど、高校生なら土曜の一時から三時とかどうかしら。練習ってきっと毎週するんでしょ?」


「はい、大丈夫です。よろしくお願いします!」


 思わずとっさに大きな声を出してしまった。

 何しろ懸念事項の一つがあっさり解決したのだ。テンションが上がってしまうのも無理はない。


「よし、わかったわ。じゃあ、来週の土曜日からね。名前を書いておくから、代表者の連絡先を教えてもらえる?」


 わたしが携帯の番号を書いている間、少しだけ不安げな顔の早百合が質問する。


「あの……。非常に嬉しいのですが、わたしたち、実はまだ学校の許可とかも取っていなくて。それでも、使っていいんですかね?」


「貴女、本当に真面目なお嬢さんね。とてもいい心がけよ。例えば、夜間の立ち入りであれば確かに必要だけど、日中だったら別に構わないわ。まあ一応、もしもの時のために、学校や親御さんにも伝えておくに越したことはないけどね」


 早百合もそれを聞いてとうとう安心したようで、台の下で小さくガッツポーズした。


 その後、女性はファイルに綴じてあった案内図を見せてくれた。


「吸音加工の部屋というのは、一階の『洋間A』のことね。後で案内するわ」


 図面には、他にも大小様々な部屋が載っている。

 ここでふと、二階のある部屋の名前が目に留まった。


「すみません。この『201』って書いてある部屋は何ですか?」


 女性は、あぁ、と声を漏らしてから細かく説明してくれた。


「実は二階部分って、元々物置の用途として必要な人に貸し出していたの。施設の開いている時間であれば自由に出入りできて、さらに物の保管もできるスペースとしてね。だけど、今まであまり使われなかったから、この間のリフォームで一部屋だけ残して、あとは一階と同じ様に広間や和室に変えたの。その方が利用者にとって使い勝手がいいと思ってね」


「ちなみに、その物置部屋って、今は……」


「誰も使ってないわよ」


 すかさず、わたしは図々しくもお願いしてみた。


「はいはい! そこも借りたいです!」


「……ちょっとちょっと、何言ってるの、桜良?」


 早百合がわたしの服の裾を掴んで小声でいさめる。


 女性は、うーんと唸りながらファイルをめくっていった。


「物置部屋の使用料は、ええっと、……あった」


 そして、一枚の古い紙を目の前に差し出す。

 そこには「使用料 月20000円也」と書いてあった。


「う、二万円……」


 もしも、自由自在に使える部室みたいな部屋があったなら、とても便利で快適だと思う。

 でも月に二万円は、高校生にはさすがに厳し過ぎる。


 人が増えて負担が減るまで、二人で割り勘して払わなきゃいけないか。

 やっぱりこれはぜいたくな申し出だ、と潔く諦めモードになっていると、女性はふふっ、と小さく笑いながら指を横に振った。


「冗談よ。確かに昔はこの通りの条件だったけど、どうせ使い道もないような部屋だし、高校生にそんな大金を払わせるわけないじゃない。いいわ、貴女たちにタダで自由に使わせてあげる」


「い、いいんですか?」


「いいのよ。うちのメロが、迷惑をかけたのもあるし。それに、貴女たちの合唱活動の話、私も応援したくなってきたしね」


 かなりタナボタ的な感じだけど、こんなに素晴らしい話はない。

 小広間の練習場所と、二階の部室をどちらもありがたく使わせてもらうことにした。


 ラッキーな機会が突然舞い降りてきたことに嬉しさを感じつつ、それ以上に、まだ活動を始めてすらいないわたしたちをこうして応援してくれる人ができたことに、改めて感謝と責任を感じた。


 とはいえ、やはりこう、「して頂いて」ばかりというのも気が引けてしまう。

 そこで、代わりに何か自分たちにできることはないか、聞いてみた。


「別に、そこまで気にしなくていいのに。……じゃ、まず一つ。このことはあまり仲間以外の人に喋らないようにして。不公平な気持ちを持つ人がいるかもしれないからね。そして、もう一つ。活動の後とかでいいから、週一回みんなで館内のおそうじをしてもらえないかしら。今まで一人でやるのが大変だったのよねぇ。どう?」


 早百合の様子を伺うと、指で丸を作ってみせた。


「……はい、ぜひ任せてください!」

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