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(15) 終わりと始まり

 早百合ちゃんに手を上げようとした生徒は、まるで時間が止まったかのようにその体勢のままでぴたりと固まっている。

 顔の表情から、ひょっとして身体を動かしたくても動かせないのでは、と直感的に思った。

 他の人たちも同様だ。


 今、この瞬間がチャンスかもしれない。

 勇気を出し、今までにあまり出したことのないようなレベルで声を張り上げる。


「そもそもさ、早百合ちゃんがこんなことをしてしまったのは、合唱部が仲違いして、真面目に活動していなかったからでしょ?

 確かに彼女のやったことは酷いことだったかもしれないけど、元を辿ればあなたたちにも責任があるのがわからないの?

 あれだけ優しかった早百合ちゃんが、そこまで深く悩まないといけなかった、その気持ちを少しでも考えてみてよ!」


 わたしに言い返そうにも、なかなか言葉を発することができないでいる部員たち。


 すると、今まで後ろの方でじっと一部始終を見ていた二人のうちの一人が、集団をかき分けながら早百合ちゃんの目の前までやって来る。

 そして、次の瞬間彼女よりも深く頭を下げた。


「悪かった、横峯」


「……えっ?」


 既に涙交じりの顔が戸惑いながら上がる。

 対峙している生徒は、少しだけ弱弱しく顔を上げると静かに語り出した。


「……信じられないかもしんないけど、私さ、本当は音楽が好きで、高校でも歌いたくて合唱部に入った。でも、いつだか歌うことの楽しさがわからなくなって、そのかわりにつまらない喧嘩ばかり夢中になった。部長に嫉妬したんだ。

 部長は頭が良くて、ただそこにいるだけで周りから人が寄ってきた。私は、それが面白くなかった。だから今度の部活対抗リレーで、一度部長が怪我して痛い目にあえばいいなんて考え始めた。

 今思えば、本当にどうしようもなくクソみたいなワル企みだったよ」


 一瞬だけ後ろの方を振り返ると、副部長は再び話し続ける。


「部室からバトンと一緒に私の鍵が見つかったって聞いた時、きっとアンタが私をハメたんだろうな、ってのはすぐわかった。でも、不思議と恨みは感じなかった。むしろ、そうされて当然なんだろうなって、素直に思えたんだ。

 だから私は途中から、先生の質問に肯定も否定もしなくなった。そしてその結果、合唱部は処分を受けることになった。

 生徒指導から解放された後、今まで抑えていた涙がだんだん止まらなくなった。こんな自分がとても不甲斐なく思えた。一体自分は何してんだ、って。そしたらさ、目の前にハンカチが現れたんだ。顔を上げたら、それは部長だった。

 私は泣きながら謝った。『ごめん。私のせいでこんなことになってしまって』。

 そしたら部長はさ、聞いたことないくらい優しい声で、一言だけ言ったんだ。『いいよ』って。その短い言葉に救われた。

 だから今回の件で横峯に謝るのは私の方。本当に済まなかった」


 やがて、もう一人の生徒もこちらに近づいてくる。そして早百合ちゃんと副部長の手を両方取って言った。


「この件のそもそもの発端は、私が部員をまとめることもできずに、部長としての仕事をほったらかしにしていたこと。

 だからこんな事件が起きてしまったのも、すべてこの私の責任。もう誰も、負い目なんて感じる必要ないよ。

 これからは、私も合唱部も大きく変わらなきゃいけない。もう二度とこんなことにならないように。

 胸を張って『合唱部』って呼んでもらえる部にするために」


 早百合ちゃんは俯きながら、零れる涙を抑え切れないでいる。

 それでも、最後には力強く顔を上げ、真っすぐな瞳で叫んだ


「ごめんなさい。……いえ、ありがとうございます!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その後、早百合ちゃんは合唱部のみんなとちゃんと話し合ったみたいだ。


 部長たちは部の責任のままでいいって言ってくれたみたいだけど、「実行犯である自分がしっかり処分を受ける」と言ってきかなかった。

 結局、後日担任の先生に自白し、しばらくして一週間の謹慎処分と一ヶ月の奉仕活動を言い渡された。

 合唱部の部活動禁止は無事解除され、謹慎が明けたら再び部の方に戻るんだろうと思っていたけど、「けじめをつけたい」との強い理由から、すぐに退部届を提出したようだ。


 そうして体育祭の騒動は、いつしか人々の記憶から忘れ去られていった。



 気づけば今年も、残すところあと四十日ほどで終わる。

 強めの風に若干肌寒さを感じながら、わたしは早百合ちゃんと海辺を歩いていた。


 一週間前に二人で海に飛び込んだ、あの桟橋もすぐ向こうに見える。

 砂音をしゃらしゃらと鳴らしながら、ずっととりとめのないお喋りをした。


「今年もいろいろあったよね」


「そだねー、気づいたらもう高校生なんだもん」


「そして桜良ちゃんに出会えた」


「うん、早百合ちゃんと再会できて嬉しかった!」


「……それで、部活辞めちゃった。自業自得だから仕方ないけど、少しだけ心に穴が開いちゃった。

 なんだかんだで、いい部活だったのかな」


「……うん。そうだね」


「でも負けてられない。私も諦めずにまた好きなことを見つけなきゃ」


 わたしは少しだけ黙ると、この前から密かに抱き始めていた思いを決心に変え、早百合ちゃんに伝える。


「あのね。提案があるんだけど、聞いてくれる?」


「うん、なあに?」


「わたしと、合唱しない? 早百合ちゃんとなら、一緒にできそうな気がするの」


「合唱? ……私と、なら?」


 さっきまで少し俯き気味だった顔が、少しずつ上がっていくのがわかる。


「それでさ、今は二人しかいないけど、どんどん人を増やして、みんなで歌おうよ。

 そして、届けよう。わたしたちの歌声を。早百合ちゃんの強くやりたいことに、わたしも交ぜてよ!」


 早百合ちゃんはしばらくじっと考えていたけど、やがてニコッと笑顔を見せてきた。


「わかった、いいよ。頑張ろう!」


 その言葉に、思わずほっ、と息が零れる。


「よかったぁ! 実はね、わたし、ずっと羨ましかったんだ。早百合ちゃんには好きなことがあって、その好きなことは人を感動させられるような、すごい力を持っていて。

 最初は、自分にはできっこないなんて勝手に決めつけて、すぐ諦めてた。でも、わたしもこの前の早百合ちゃんみたいに、勇気を出して新しいこと始めてみよう! って思ったの。

 ……だから、これからもどうぞよろしくね、早百合!」


 わたしの言葉を最後まで聞くと、彼女はうっすらと頬を染めながら、でもはっきりと頷き返してくれた。


「私こそ、あなたとなら、何だってできそうな気がしてる。だから、こちらこそよろしくね。……桜良!」

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