勇者誕生
「諸君ら、緊急の招集にもかかわらずありがとう」
遺跡前の広場には、各部隊の隊長や副隊長などの精鋭たちが集っている。
そして中央には、遺跡から神器を見つけた調査団の隊長がいる。
いかにも調査団と言った風貌の部下を何人も従えたメガネの男で、博識そうなうえに力も強そうな見た目だ。
皆、姿勢を正して調査団隊長の話に耳を傾けているようだった。
隊長は遺跡について説明をした後、激励の言葉で締めくくった。
「諸君らのような実力者の中に適合者がいると私は確信しているぞ」
アストロンをはじめとした、数人が大きく頷いた。
ゲルギウスやアイリーンは何も言わなかったが、心得ていると言ったような自信に満ちた表情をしている。
「では順に神器の間へ案内する」
調査団の隊長は候補者たちを引き連れて、アドバル遺跡の中へ入っていった。
「誰が勇者になるんだろうな」
「そうだな」
ゲルギウスやアイリーンたちのような隊長格と、各部隊の精鋭たちが遺跡に入っていくのを眺めながら、ギルとキースは呟いた。
隊長たちが遺跡に入って数分も経たず、最初に外に出てきたのはゲルギウスだった。
「あ、ゲルギウス隊長だ!!」
外で待機していた兵たちはパッと期待の眼差しを向けたが、ゲルギウスが手ぶらだったことを確認して、あっと声を潜めた。
「この老兵は神器のお気に召さなかったようだ」
ゲルギウスはハハハと笑い、同じ部隊の下級兵から水を受け取ってごくごくと飲んでいた。
そうこうしているうちに、次にアイリーンとクーロンが外に出てきた。
2人とも手に何も持っていない。
「私も適合者ではありませんでした」
「俺はあんな剣と盾、元々使う気はなかったからどうでもいいが」
その他にも手ぶらの隊長格がゾクゾクと外に出て来て、それぞれ悔しそうな顔をしていたり、気にしないという顔をしていたり、様々な様子で結果を受け止めていた。
そして何人かの後に、アストロンも手ぶらで出てきた。
彼も勇者ではなかったらしい。
「クソ!勇者の神器と言うが、私を選ばないなど無能なのではないか?」
苛々した態度でドカッと椅子に座り、アストロンはふてくされているようだった。
「ひどいよな、あの言いよう。アストロンは本当に自尊心の塊だよな」
「し、聞こえるぞ」
ギルとキースはひそひそと話しつつ、再び遺跡の出入り口に目をやった。
適合者かどうか調べ終わった兵士たちがゾクゾク外に出てくるが、まだ誰も剣と盾を持っていない。
「もう沢山の兵士たちが外に出て来たぞ」
「でも、まだ勇者は決まってないよな」
「隊長格が全員勇者じゃなかったとなると、どうなるんだ?」
ギルとキースが顔を見合わせた時、調査団の隊長がその場にいた待機の兵士たちを集め始めた。
「ここまでの候補者の中に適合者がいないのは予想外の事態ではあるが、仕方がない。これから虱潰しに適合者を探すことになる」
「いやいや、さすがにヒラの兵士が神器に選ばれるわけはないと思いますけど」
アストロンがハッと息を吐きながら意見したが、調査団隊長は「誰であれ適合者を見つけることが私の任務だ」とはねつけた。
調査団の隊員たちが、第一部隊の待機兵士を連れて順に遺跡の中に案内を始めた。
その次に第二部隊の兵士、第三部隊の兵士と続く。
ギルとキースも並ばされて、第六部隊の兵士たちの後に遺跡の中に入った。
「いやー。まさか俺たちまで順番が回ってくることとかあるんだな」
「まあ、どうせ適合者では無いだろうけど」
遺跡の中は、鍾乳洞のような静かな空間だった。
曲がりくねった通路を通ってしばらく歩いてから、案内役はぴたりと足を止めた。
「こちらが神器の間です。選ばれた者は台座から神器を抜き取ることができます。一人づつ順番に剣と盾に触れて一度だけ抜くために力を入れてください」
案内役は兵士たちを流れ作業のように神器の間に導き始めた。
神器の間は真っ白で何もなく、どこまでも広いと錯覚してしまうような不思議で神秘的な空間だった。
「やば、緊張してきた」
「わかる」
前でブルっと震えたキースに頷きを返しながら、ギルは並んで自分の順番が来るのを待った。
前の人間が皆剣と盾を抜けず列から離脱していくので、どんどん神器の置かれた神聖な台座が近づいてくる。
神妙な冷気が漂ってくるのを肌で感じる。
ギルの番は次だ。
今剣を抜こうとしているキースの次。
「うわっ!」
ギルのすぐ前に並び、神器を抜こうとしたキースが声を上げた。
「どうしました?!神器に何か変化が?!」
驚いた案内役が顔色を変えて飛んでくる。
しかしキースと神器を観察した案内役は、「何も変化はありませんね。脅かさないでください」と眉をひそめた。
「なんかちょっと悲鳴が聞こえたような気がしたんだけど、気のせいだったっぽい」
キースは肩を竦め、変化が起こらなかった神器から離れた。
「次はギルの番だな!」
「あ、ああ」
肩をポンと叩かれたギルはゆっくりと神器の台座に近づいた。
もしかしたら神器に選ばれるのは俺かもしれない……とか、そんな訳ないだろ。
勇者は俺かもしれないとかないない、絶対ない。
期待するのも夢見るのも無意味無意味。
自分が勇者だったらいいのに。……なんて、少しでも考えてしまった自分が馬鹿らしい。
しかし体は正直で、ギルは呼吸が益々浅くなってきたのを感じていた。
古びているのに神々しい神器に伸ばす手が震える。
選ばれるわけなんてないのに。
絶対に後でがっかりするのだから、もしかして、なんて変なことは考えない方がいいのに。
「わっ!!!????」
ギルが剣と盾を抜こうとしたその瞬間、剣と盾が光った。
そして今までピクリともしなかった二つの武器がするりと台座を離れた。
ギルは思わず目を細め、案内係や他の兵士たちが息をのんだ。
「抜けた……!!!!適合者だ!!勇者だ!!貴方、名前は?!」
「ギル……」
「え?もっと大きな声で!」
「ギル!ギル・ランバート……!!」
「分かりました、ギル・ランバート。貴方が神器の継承者です!!」
案内係が、張り付いていた煤を落として輝く神器を見ながら声を上げた。
ギルはその両手でしっかりと持った剣と盾をまじまじと見つめた。
紅と金の宝剣。
銀と青の宝盾。
「俺が、勇者……?」
本当に?本当に??
いやいや嘘だろ?
え、本当?
俺が勇者?
ギルの目がおかしくなっていなければ、確かに剣と盾はこの手の中にある。
「嘘だろギルー!お前が勇者だったのかよ!!」
「凄いなギル!大出世じゃん!!」
「すごい、まさかだよギル!本当に選ばれちまうなんて!!」
第七部隊の見習い兵士仲間が両手を挙げてギルに抱き付いてくる。
みんな、口々にすごいすごいと言って興奮していた。
みんなも興奮してる。え、嘘じゃない?
俺が選ばれた?
強い隊長たちではなくて、この俺が?
この俺が、勇者?
俺が、特別?
まさか。嘘じゃないのか。
すごい。すごいじゃないか。
俺は特別だったんだ。
父さん母さん、きっと復讐は果たして見せる。死んでいった人たちの分まで、俺が魔族とケリをつける。
そして、生きている人を守る。この力で。
そうだ、俺は選ばれた特別な存在だ。
勇者だ。俺が勇者。すごい。嬉しい。
「勇者の誕生です。隊長やみなさんに知らせないと!ギル・ランバート、貴方も共に来てください」
信じらないような、それでいて歓喜を隠せないような顔をして佇むギルを急かして、案内役が神器の間から出た。
選ばれなかった第七部隊の見習い兵士たちもその後に続く。
小走りに移動して、一行は遺跡の出入り口に到達した。
目の前が月明かりでパッと開ける。
「皆さん、お待たせしました!神器の適合者がいました!勇者が誕生しました!名前はギル・ランバート……」
広場で待ってるはずの者たちに向かって、案内係が声を張り上げたその時。
鼻を突いたのはものすごい異臭だった。