勇者の神器
「諸君、揃っているようだな。フン」
妙に勿体ぶった話し方の金髪の男が、整列した兵士たちの前に立った。
第七部隊の隊長であるアストロン・クラーベだ。
彼は旧帝国の有名な華族の出身で、第七部隊の総指揮を執っている。
アストロンはぐるりと並んだ兵士を見ると、つかつかとギル達下っ端兵士の列に歩いてきた。
「貴様ら、隊列が乱れている」
「……え?」
アストロンの機嫌を損ねないように、細心の注意を払って並んだつもりだ。
ギルは周りを見て、自分たちは正規兵達よりもしっかりと並んでいる筈なのにと思わず声を上げた。
そして声を上げてしまったことで、アストロンがぎろりとギルにロックオンした。
「下級兵の分際で私に何か異議でも?」
「あ……いえ」
「いえ、ではなくここは謝るべきところだろう。そんなことも出来ないのか。つくづく教養のない」
「も、申し訳ありません」
「謝るのが遅い。しかもなんだそれは寝ぐせか?この私の前に出るのに寝ぐせをつけているなど、正気の沙汰ではない。これだから農民上りは下品でかなわん」
「申し訳ありません」
「フン。まるで人形のように謝ることしかできないとは。やはり貴様ら下級兵は何から何まで使えないな」
「……」
何も言えなくなったギルが深く頭を下げると、アストロンはわざとらしく大きなため息をついた。
「だから私はこんな寄せ集めの第七部隊の隊長など嫌だったのだ。私には、もっと華やかで強い部隊の指揮が似合っているというのに。本当に、総司令部は何を考えているのか……」
第七部隊は、旧帝国の軍人や旧王国の騎士から成り立つ他のいくつかの部隊とは違い、ギルのように元農民などの下級の身分だった者が多く集まる部隊だ。さすが、ぱっとしない補欠部隊と言われているだけはある。
だけどアストロンはその部隊の隊長をさせられている事が心底嫌なようで、いつもギルのような下級兵に厳しい。
「農民なんぞが兵士に成れる訳が無いというのに。本当に烏滸がましい」
「申し訳ありません」
「ハア、我が帝国にあった誇り高い騎士の意志は何処へ行ってしまったのか。何故この私が農民などの面倒を見なければならないのか。つくづくありえない!」
「……痛!」
アストロンは当たり前のようにギルに鞭を振り下ろし、叩かれた痛みでギルが蹲ったのを眺めてから、くるりと回れ右をした。
魔物が現れてから皆一丸となって魔物に立ち向かうために、人間は国を全て統合して連合国にした。そしてさらに身分制度も廃止したが、やっぱり古くからある差別はいっぺんには無くならないらしい。
「罰として貴様ら見習い兵は全員雑用の後、夜から全ての防具磨きだ。手を抜こうなどとは考えるなよ」
「……」
「なんだその目は?訓練しても使い物にならないことが目に見えている貴様らに仕事を与えてやっているんだ。感謝の一言でも言ったらどうだ?」
「……ありがとうございます」
ギルは小さく項垂れながら、言葉を絞り出した。
また今日ももろくに寝る事が出来なさそうだ。
自分一人ならばまだしも、見習い兵の皆まで巻き込んでしまった。
「おい、大丈夫か?」
アストロンが朝礼の挨拶の為に移動したのを見計らって、後ろから声がかった。
振り向くと、人懐っこそうな顔が心配げにギルを見ていた。
彼は、同じ見習い兵士のキースだ。
ギルと同じように農民の出身で、数年見習い兵士から昇格できないままの、いわゆる「出来損ない仲間」だ。
だが彼はギルと違って明るくて前向きだ。キースはギルのようにくよくよ考え込んだりせず、いつも明るく仕事をこなしている。
性格は全然違うのだが、何故かギルとキースは馬が合う。
「叩かれたのは大丈夫。慣れてる。でもごめん。今夜もまた寝られそうにないな」
「いいって。あれはギルの所為じゃない、あいつが農民嫌いのクソヤロウってだけだからさ。皆分かってる。だから今夜もがんばろーぜ」
「ありがとう」
「おう、だから俺がヘマした時もお互い様な」
「はは、分かってる」
ギルは後で他の見習い兵士の皆にしっかり謝ろうと考えながら、始まった朝礼に耳を傾けた。
朝礼はいつものように、被害状況や魔物との交戦状況の確認から始まった。
物資の補給状況や天候などの長い共有が終わり、最後にアストロンの号令で朝礼が締められようとした時、突然、馬の蹄の音がダダダダと訓練場に勢いよく駆け込んできた。
「何事か?!」
「伝令、伝令です!第七部隊長様!至急、全部隊に最重要事項の共有です!!」
「何?!」
伝令と名乗った男は、防衛団総司令部の紋章をつけた馬にから転がるように降りた。
そして伝令は肩で息をしながら、第七部隊の全兵士の前に立った。
「最重共有要事項だって?」
「総司令部から?」
兵士たちの間でざわめきが起きる。
最重要共有事項なんて、数年前に西の街を守っていた第六部隊が壊滅させられた時以来だ。
もしかして、またどこかの部隊が甚大な被害を受けたのだろうか。
寒気にも似た緊張がギルの背を這った。
第七部隊の兵士たちも、背筋を伸ばしたのが分かる。
しかし報せは、最悪の事態とは正反対のものだった。
「全部隊に通達です。昨日未明、西方アドバルの遺跡で勇者の神器が見つかりました!」
「え?!?!」
「しかも一つではなく、剣と盾の二つです!!」
使者は声を張り上げ、兵士たちは一瞬固まって唖然とした。
「勇者の神器が?」
「本当かよ……!?」
聞き間違いかと思ったのはギルだけではないはずだ。
周りの兵士たちも皆、互いに顔を見合わせている。
勇者の神器は、魔物を退ける力を宿した伝説の剣と盾だ。
特別な武器であるこれらに選ばれた者は勇者となり、魔物を退ける力を得る。
いや魔物だけではない。あの魔王とも渡り合える程の強い力を授けられるのだ。
しかし、これら神器は実在する伝説として語り継がれてきたが、在処はずっと分からないままだった。
だからいきなり見つかったと言われて、動揺してしまうのは無理のない話だ。
「おい伝令、神器が見つかったというのは本当なのか?!」
兵士たちがざわめく中、アストロンが使者に掴み掛らんばかりに詰め寄った。
「本当です。人間が魔物に打ち勝つ希望、神器のうち二つが見つかりました!調査団がしっかりと確認をしましたので、本物に違いありません!」
「本当に本物なのだな?!」
「はい。我々が反撃に出る時が、ようやく来たのです!」
伝令がはっきりと頷いたことで、兵士たちから歓声が上がった。
「これでようやくあの魔物どもに一泡吹かせてやれるってことか!」
「侵略された土地も取り返せるじゃねえか!」
「魔王をぶっ殺すのも夢じゃないぞ!」
「じゃあ、怯えるじり貧生活からもおさらばか!ひゃっほー!」
第七部隊には下級の身分だった者が多いせいか、踊りだしたり、転げまわって喜んだり、挙句胴上げまでする者が出てきた。
ギルでさえ、キースと顔を見合わせて「すごいぞ!」と叫んだくらいだ。
「静粛に、静粛にお願いします」
しばらくしても兵たちは中々静かにならないので、しびれを切らした伝令が再び口を開いた。
「あの、早速にはなりますが、第七部隊も神器の適合者、すなわち勇者の発見にご協力くださいますよう、お願いします!」
伝令の話によれば、神器が誰を選ぶのかは、触れるだけでわかるのだと言う。
勇者の誕生が何よりも最優先事項になった今、候補者は迅速にアドバル遺跡に集まるようにというのが最高司令部の命令だった。
「……以上です」とすべて伝え終わった伝令の言葉を聞き終わり、真っ先に前に出たのはアストロンだった。
「はははは!この私が勇者の神器の継承者である可能性は限りなく高い。勿論協力しよう!」
「ご協力痛み入ります!」
「早速出立だ。他の部隊の奴らもすでにアドバル遺跡へ向かっているのだろう?後れを取るわけにはいかない。選ばれるのはこの私なのだからな!……おい、下級兵ども!私は今日中にアドバル遺跡へ向かう。貴様らは急ぎ移動の準備だ!馬が一日駆けられるよう支度を整えておけ!」
アストロンはくるりと振り向くと、ギル達見習い兵に鋭い命令を飛ばした。
ギル達はいきなりのことに驚きつつも、「はい」と返事をした。