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始まりの日





今から十数年前、魔王が復活した。

それと同時に魔物も大量に復活して、平和だった大陸はあっという間に荒れ果てた。


人間はたくさん殺されて、多くの国は滅んだ。

僅かに残った人間は、大陸の北の端に隠れるように身を寄せた。

魔物は人間よりもはるかに強い。

奴らからして見れば、人間など虫けらのように弱い生き物でしかない。


しかし、生き残った人間たちは抵抗することを諦めた訳では無かった。

生き残った国同士が力を合わせて魔物に立ち向かうべく、人材を掻き集めて自衛のための組織を作った。

それが、防衛団と呼ばれる組織である。


防衛団は、第一部隊から第七部隊まである。

それぞれが訓練したり見回りをしたりして、人間に残された小さな各都市を魔物から守っている。

魔物と戦闘になっても防戦一方だが、彼らのおかげで、人間は何とか今日まで生き残れている。



そして、七つある部隊の中で最もパッとしなくて、補欠部隊だなんて呼ばれている第七部隊も、一応、ベンレムという田舎町を守ってきた。(まあ、ベンレムは人も少なくて静かな地域だから魔物の出現率も極端に低く、守ると言える程の戦闘は少ないのだけれど)


それはさておき、そんな第七部隊の本部は、元々学校だった古い建物を改修して作られている。

運動場だったところには訓練場だけでなく畑が作られたり、馬小屋が建っていたりもするし、兵士たちは生徒寮だったところで寝泊まりしている。

周りには畑と牧場があり、村人がチラホラと住んでいる。

世界は魔物の侵略で殺伐としているが、第七部隊の拠点付近では、のどかな鳥の声が聞こえることもある。


そしてこの日も朝は、平和だった。


カーンカーン。


鳥の声に交じって、鐘の音が聞こえて来る。

これは、第七部隊本部の東塔のてっぺんにある鐘の音。朝食の準備ができたという合図だ。

支度を済ませた兵士たちが、それぞれの部屋から出てきて、ぞろぞろと食堂に向かって移動をする時間だ。




「うーん……」


したっぱ兵士のギルは、布団の上でごろりと寝返りをうった。

昨日、馬小屋が壊れたので居残りで仕事をするように言われて、深夜まで作業をしていた。

足元が暗かったので屋根から落ちそうになって腰を打ったし、馬に蹴られたし、散々だった。

大変だったのだから、もう少し寝かせて欲しい。


「……って、もう朝か!!」


ギルはもう一度布団をかぶり直してから、慌てて飛び起きた。

もう朝食の鐘が鳴っている。

早く行かなくては。ギルは下っ端だから遅刻すれば容赦なく朝食は撤収され、食いっぱぐれてしまうだろう。


ギルは急いで作業服に着替えて、顔を洗う暇もないまま部屋の外に飛び出した。


廊下に人はもういない。

しかし全速力で走って、ギルはなんとか時間ギリギリに食堂へ到着した。

そして食事受け取りのカウンターに、トレーを持って滑り込んだ。


「はあはあ……お願いします」


カウンタ―の年増の女性はチッと舌打ちをして時計を顎でしゃくった。


「ギリギリ、大丈夫ですよね」

「大丈夫じゃないよ。ハア、何様のつもりなんだろうねえ。もうキッチンを閉めるところだってのに」

「……すみません」

「いいかい、あんたはいい年して万年下級兵のただ飯食らいの役立たずなんだよ。本当は遅刻していてもいなくてもあんたにやる飯なんてないってのに」

「……」


ぎろりとギルを睨み、女性は硬そうなパンと切れ端のチーズを投げて寄越した。

明らかに量の少ない朝食だ。

しかしギルは何も言わなかった。

下っ端兵士は昼食が出ないので、これだけで夕食まで持つのかは不安だが、仕方がない。


諦めたギルがテーブル席へと移動しようとした時、後ろから正規兵の数人が話しながらカウンターへやって来た。


「おばちゃん、スープ大盛りで」

「俺はチーズ二つにしてよ」

「じゃあ俺はパン二つ」


「ああ、今日も頑張ってね。はいよ、サービスしとくからね」


キッチンの女性はぱっと満面の笑顔になり、遅刻してきた正規兵達に大盛りの朝食を用意していた。

ギルに対応していた時とは、もはや別人のような変わりようだ。


「……」


まあそれも仕方のない事かと思いながら、トレーを両手に持ったギルが小さく溜息を吐くと、正規兵達にドンとぶつかられた。


「あ、わりーわりー……って、万年見習いのおに―さんじゃん。いやもうオッサンか。何年もずっと昇格できてないんでしょ。ははは」

「てかこいつ、俺等より先に防衛団にいたよな?年下にもどんどん追い抜かれて恥ずかしー」

「ほんと、どんだけ才能ないんだよ。最近は見限られて雑用しかしてないらしいじゃん」


「……」


ぎゃはははと笑われても言い返さず、ギルは一礼してその場を去った。

彼らはギルより多分二つくらい若くて、ギルより後に防衛団に入ったけどギルよりも先に昇格した兵士だ。

正規の兵士だから、見習い兵士という名の雑用でしかないギルよりは数段偉くて、ギルは彼らには逆らえない立場にある。


「よくまだ防衛団にいるよな。俺だったら耐えられねえわ」

「ほんと、恥ずかしくないのかよ。ぎゃはは」


笑う正規兵達に背を向けて、ギルは食堂の隅の席へと移動した。


椅子に座ってから、すっとパンを口に運ぶ。

ああやって笑われるのは、もう慣れた。


自分には、みっともないくらい才能がない。

ギルは兵士を志願して防衛団に入ってもう何年も経つが、見習い兵士のまま昇格できていない。

雑魚とか万年見習いとか呼ばれて、毎日夜遅くまでの雑用で疲弊するだけ。何もできないまま月日が流れるばかり。

後から入ってきた者に軽々と追い抜かれて、己の無能さを実感させられる惨めな日々。


「やっぱり俺には才能、無いんだろうな……」


小さかったパンを食べきってしまうと何となく虚無感に襲われて、呟きがふとギルの口から洩れた。

ハア、と再び溜息を吐く。


「でも魔物のことは、俺が誰よりも憎く思ってるはずなのにな……」


今でも悪夢に見るような酷い出来事を経て生き残ったギルは、魔物を強く憎んでいる。

温厚なはずのギルが、この手で魔物に復讐を果たしてやるとさえ思った。

あの時は、腹の底から湧き上がる怒りと憎しみがギルを奮い立たせて強くしてくれた気がした。

だからすぐにでも兵士になって、魔物を片っ端から八つ裂きにしてやると思っていた。


しかし、現実はそううまくはいかなくて、このざまだ。

あんなに強く魔物を許さないと決意をしたのに、結局、才能は気持ちではどうにもならないという訳だ。


「俺みたいな、特別でも何でもないただの農民上りの凡人は、どんな目にあってどんな決意をしたって、やっぱり何も変わらないんだな……」


選ばれた勇者ならばともかく、モブの悲劇は伝説の序章にはならないということだ。


あーあ。

少しでいいから特別になりたい人生だった。


などと考えながらふと時計を見ると、もう朝礼の時間が迫っていた。


「しまった!見習い兵士の俺なんかが遅刻は出来ない」


慌てて残ったチーズを口に押し込み、ギルはトレーを片付けて走り出した。

食堂にはまだ兵士たちが残ってガヤガヤとしていたが、隊長は下級の兵士たちに妙に厳しい人なので、ギルは集合時間の10分前には訓練場にいた方がいい。

今日こそは深夜労働を避けたいので、難癖をつけられないように急がねば。


遅刻をしない事だけを考えていたこの時のギルは、この朝礼から自分の運命を変える出来事が始まるなんて、これっぽっちも考えてはいなかった。






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