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――今でも覚えている。己の意識が始まった瞬間のことを。
雪のちらつく寒い夜だった。彼の胸の中には何の感情も存在せず、庭に転がる死体をただぼうっと眺めていた。二つとも女性のようだ。
知っている、と思う。その先刻まで命だったものたちを。ただ、それが誰だったのかは全くわからない。知っている、とだけ思う。妙な気分だ。
寒さに悴む手の中には冷たい銀色の刃があり、ついさっき肉を切り裂いたように紅い血液が滴っていた。その赤も凍りかけている。
ああ、自分が殺したんだな。彼はようやく自覚する。
ひとごろし。誰かが糾弾する声が聞こえる。彼は確かに罪を犯した。それなのに抵抗も罪悪感も気持ち悪さも感じないのは、きっと自分がどこかおかしいからなのだろう。
屋敷の前で立ち尽くす青年に歩み寄り、だいぶ高いところにある目と視線を合わせて、そこからまた彼の記憶は暗闇に沈んでいる。
ああそうだ、あの時自分は青年に何と呼びかけたのだったか?
思い出せない。何も。今まで関わってきたはずの誰のことも。
ただ意識だけがそこにあった。今この瞬間の思考と頭の中の知識だけが彼のものだった。心は痛いと叫んでいたが、それが自分なのだとはどうしても思えなかった。
雪が舞って、風が吹きつけて、知らない青年が涙も流さず泣いていて。
そんな、誕生の瞬間を。