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緑化公園へ向かう大通りには渋滞の長い列ができていた。怪異の姿はどうやらないらしく、誰も彼も平和そうに――否、イライラとした様子でハンドルを握っている。頭上を見れば盟友殿が大きな翼を広げて悠々と滑空していた。その姿は見るものが見れば金色の大烏だが、なんの力も持たない目を通しては少し大きな黒い鳥としか映らないと聞く。実際、目に見える範囲の誰も空を舞う盟友殿のことなど気にもかけていなかった。彼らが一様に気にしているのは前方である。気の短いものが混じっているのだろう、路上にはクラクションの音まで鳴り響いていた。まあ、苛立つのもわからないではない。先ほどから横を走っているかぎり、車の列は大雪の日でもこうはならないだろうというくらい、びたりと止まって数ミリも動かなかった。
そんな行列を横目に走り、そろそろ緑化公園までの距離を示す看板でも見えてこようかという時だった。盟友殿が大きく何度か羽ばたいたかと思うと、その場でぐるぐると旋回し始めた。何かあったかと思うまに曲がり角が見えてくる。そこに黒山の人だかりができていた。耳をすませば微かに警笛らしき甲高い音が聞こえる。走るスピードを緩めて近づいてみると、緑化公園に続く道の途中に警察車両が横向きに停められているのが見えた。警察官も何人かいて、人だかりを押しとどめたり車の列にサインを送ったりしている。が、本人たちも事情をよくは知らないと見えて、通行人に詰め寄られた婦警が明らかに困った様子で迂回を呼びかけていた。長身を活かして曲がり角の向こうを覗きこんでみると、そこにも車の列がある。立ち往生の原因はどうやらこれらしかった。しかし、どうしたものか。弓月は考えた。緑化公園に向かうにはこのまま道なりに直進する必要があるのだが、それにはこの警察官たちを突破しなければならない。この衆目を前に強行突破は褒められた方法ではないだろう。うっかりカメラに収められてネット上でさらし者にされるというのは、携帯端末の普及台数が増えたここ数年の悩みである。頭上の盟友殿といえば、こちらも困った様子でまだ旋回し続けている。己に彼のような能力があればいいのだが、残念ながら人の目に触れていいような都合のいいものはない。はてと首を捻ったところでポケットの中の携帯端末が震えた。表示された名前を見て即座に応答する。はい、と言う前に相手が怒鳴った。
「今どこ!」
志朗だ。さっと周囲を見渡して信号機横の案内板に目を留める。そのまま読み上げると明らかにほっとしたような息づかいが聞こえた。
「領域! すぐ来て!」
「はっ! 承知しました」
通話はすぐに切れた。背後になにか雑音のようなものが聞こえた気がしたが、まさか戦闘中なのだろうか。青ざめて左右を見まわしたとて状況が変わるわけもない。とにかく、頭上へ向けて叫んだ。
「先に行け! 志朗様がお呼びだ!」
ばさりと羽を打ち鳴らした盟友殿が矢のように飛んでいくのを見送り、さてと弓月は現状に向き直った。公務に励んでいるだけの善良な人間には申し訳ないが、こうなれば仕方あるまい。あとのことも一切合切、知ったことではなかった。大事なものはひとつだ。すでに心に決めている。人と人のわずかな隙間に体を捻り込んでいく。人垣さえ抜けてしまえばあとの警備など弓月にしてみればザルもいいところだった。警察官の横をすり抜けて数瞬後、慌てた声が背後でしたかと思うとわずかに数歩追いかけてきたようだったが、警察車両を軽々と飛び越えて目の端に緑を捉えた頃には足音もざわめきも遠いものとなっていた。
これは選択を誤ったと思った時にはもう遅かった。
領域のある川べりが見えてきたところで志朗とりりは足を止めた。遊歩道の辺りか、もう少し手前の駐車場出口の辺りだろうか。正確なところまではよく見えなかったが怪異たちの姿があった。数は十字路と同じくらい、戦意のほどはよくわからない。真面目に見張りをやっているとおぼしき怪異の背後ではぶらぶらと脚を遊ばせているものがいたり、槍を抱えて柵に腰掛けたりしているものがいる。少々判断に困る様子だった。とはいえ、彼らの根城の目と鼻の先である。通してくださいはいそうですかで済む可能性は極めて低いのではないかと思われた。低い声でどうするか尋ねられ、志朗は答えた。
「奇襲すればいけると思う」
「わかったわ。さっきと同じ感じで行きましょう」
「ああ、背後は任せてくれ」
囁きあい、駐車場の管理小屋や精算機の陰に隠れながら進んだ。ギリギリまで接近し、互いに頷きあう。直後、低く駆けだしたりりに志朗は続いた。遊歩道に走りこんだ時にはもう一体目が斬り伏せられている。道幅がようやく人がすれ違えるほどと狭かったのが幸いした。気を抜いていた怪異たちがおのおの得物を手に駆けつけようとしても、互いが邪魔で身動きが取れないのだ。焦るあまりに抜刀に手間取るものまでいて、戦いは終始有利に進んだ――ように思われた。あっと思った時には何か小さな光るものが怪異たちの背後から飛び立っていた。淡いオレンジ色の中にやはり小さな手足を認めて志朗は焦った。幻日人、幼い頃に見たきりだがその時手を握ってくれていた全が教えてくれたのだ。別名は惑わし火。夜道を一人歩く人をみつけると提灯のようにふらふら揺れてそれを惑わす怪異だが、その機動力と飛行能力から怪異たちの間では伝令代わりに使われることがあるのだという。
「其は矢!」
とっさに放った言葉である。ろくなイメージを纏わせられなかった矢は志朗の頭上に生じはしたものの、ひょろひょろと情けない軌道を描いて目の前の地面に落ちた。幻日人はと見れば、光の通ったあとが細いオレンジの線を曳いて領域のほうへ消えていくところだった。
「下がれ、りり!」
そう叫ぶ間はあった。りりは背後をちらりと確認するなり志朗の前まで下がってきて、追って来ようとする怪異の鼻面に剣先を向けた。その、水玉模様のロバに似た怪異が深追いを避ける。どうしたの、とりりが言ったが志朗には答えることができなかった。おそらく増援が来るとは思ったのだが、それがどれほどの数でどのように襲ってくるのか、自分たちはどうしたら有利に立ち回れるのかがまるきりわからなかったのである。
「気をつけろ」となんとか思い浮かんだことを言ったが、この場合、そんな言葉は糞の役にも立たないことは志朗本人がわかっていた。しばしの睨みあい、じりりと砂利を擦るようにしてから志朗は自分が後退したがっていることに気づいた。
「一旦、広いところへ」
低く囁いて志朗は駐車場のほうへ移動しようとした。怪異から目を離さぬまま、りりが不審そうな声をあげる。自ら有利を捨てる愚行に思えたのだろう。言葉を重ねようとした時だ。真横から影が伸び上がったかと思うと片腕を掴まれていた。目の端でりりが太刀を振るって拘束から免れたのが見えたが、それ以上は追えなかった。勢いよく掴みあげられ、ごきんと嫌な音が肩からした。一瞬、目の前が真っ赤になる。それでも叫んだ。
「其は盾! 守りを!」
言葉足らずだったが一番馴染んだイメージだ。金属壁は志朗を掴みあげる怪異の腕を真下から打ってくれ、放り出される形とは言え、なんとか自由になることができた。しかし、体は弾みをつけて回転している。上下がわからなくなったと思ったとほとんど同時に右肩から膝にかけてが強烈な痛みを発した。目から涙がこぼれる。うずくまりそうになった体を無理矢理に伸ばして、つい今し方ぶつかったと思われる駐車場の柵を潜った。しゃにむに手足を動かす頭上で金属を叩く音がし、なんとか駐車場へ這い出たところで振り返ると、ロバが悔しげに刀を持ち上げている様が目に入った。その背後にはわらわらと新手の姿がある。己の名を呼ぶりりの声が聞こえたが手一杯らしく、駆けつけてくる様子はない。とにかく距離を取らねばと下がった背中がすぐに車と思われる金属の感触にぶつかった。わずかな間、そうして志朗と怪異たちは見合い、志朗が身を捻って車伝いに駆け出すと同時に怪異のほうでも柵を跳び越えて躍りかかってきた。車と車の間をジグザグに走りながら志朗はズボンのポケットを探った。携帯端末を取り出して短縮の番号を叩く。どこかでキン、キンと金属の噛みあう音がする。りりがまだ戦えている様子なのは僥倖だった。
「弓ちゃん! 弓ちゃん、今どこ!」
自分で自分の目玉がぎょろつくのがわかった。振り向くことさえ惜しい。電話の向こうから声が聞こえて、それが妙にほっとして足がもつれそうになる。片手で地面を捉えつつ、目に留まった角を危うく曲がってなお走る。
「領域! すぐ来て!」
それ以上は息が上がってきて言えなかった。携帯端末を耳に当て続けることも難しく、手の中で握りしめたまま走り続ける。なにか使えそうなイメージ。頭の中を引っかき回したがもうごちゃごちゃになっていた。びゅっとなにかが耳元で音をたてたような気がした。
「壁!」
身を捻りながら叫んだ弾みでついに地面に投げ出される。振り仰いだ先には鋼の壁の代わりに透明な天蓋が現れていた。その向こうから刀が落ちてくる。パキンと心許ない音をたてて天蓋は崩れ去った。再度、白刃のきらめきが天を指し――振り下ろされる時はなぜだかひどくゆっくりだった。目を逸らすこともできず、立ち上がることもできない。転がったまま、そのひどく美しい軌跡を見ていた。ああ、と志朗は思った。めちゃくちゃ痛いんだろうな。痛くて痛くて、今度はそれを抱えて生きるんだ。視界の外側から金色の光が差し込み、端から白く灼けていく。志朗は目を閉じた。また迷惑かけるな。ごめんな、全、弓ちゃん。
「待たせたね!」
そんな声が聞こえた――と思った直後、轟音が鳴り響いた。恐る恐る目を開けてみた頭上には人間型の立派な体躯がある。そうと認識した志朗が口を開き駆けた途端、続けざまに爆発音が轟いた。鼓膜が破れるかと思うほどのそれに思わず耳を塞ぐ。そんな志朗を面白そうに見下ろしているのは全だ。身を縮めながら志朗はその名を呼んだつもりだったが、それも爆風に飲み込まれる。バサバサとジャケットの裾をはためかせた全が、周囲の有様にはまったく構う様子もなく手を伸ばしてきた。子猫を扱うように襟首をつかまれ、強引に立たされる。目を白黒させながらも志朗は必死で状況の理解に努めた。全が炎とともに空から降ってきた。その炎が車を巻き込んで、現在は誘爆かなにかの真っ最中、怪異が見えないのは炎だか爆発だかで吹き飛んだからであろう。絶句する志朗が面白かったのかどうか、その頬をつついて全がなにか言った。が、なにも聞こえない。なぜか自分たち二人に炎の累が及ぶことはなさそうだが、それでいいという話でもないだろう。途端に志朗はざっと青ざめて叫んだ。
「りり!」
全は首を傾げている。ちょんちょんと自身の耳を指差して、なにも聞こえないと言っているようだった。
「加減があるだろ、バカ!」
聞こえないことを承知で志朗は叫んだ。周囲を業火と爆音に押し包まれて戦況はまったく見通せないが、りりは大丈夫だろうか。無事に炎から逃げていてくれたらいいのだが。というか、火勢が強すぎではないかと志朗は引きつった顔で駐車場を見渡した。車が爆発する理屈は知らないが、少なくともガソリンに引火してそれが燃焼しているのは間違いなさそうだ。このままでは大火事に発展しかねない。消防車はあんなことになっていたし、はたして公園が燃え上がったとしたら消火できるのだろうか。
「火、なんとかして!」と叫んでみるも全は首を傾げている。背伸びをしてその胸ぐら――というには低い位置だったが――を掴んで史郎は叫んだ。「火だよ! 火! お前がやったんだろ! なんとかして! 消して!」
全はといえばおどけたように目を丸くし、それからうんうんと頷いてもはや派手すぎるキャンプファイアーのようになっている炎に向き直った。指揮者のように手を掲げてぐるりと円を描く。二周、三周したところで炎の一部がごおっと音をたてて形を崩し、全と志朗のほうへ倒れかかってきた。ぎょっとして身をかばおうと志朗はしたが、全は動じることなくそのまま手を回し続けている。倒れてきた炎はすうっと細い糸になって全の手の周りで円を描いた。手が回転を増すごとに炎はそうして糸紡ぎでもするように全の手の周りに集まっていき、最終的に両掌に収まるくらいの小さな球になった。
「これでお気に召したかな?」
そう言って振り返った全の背後には、車の屍としか言い表せない黒々とした塊が点々と横たわっている。
「助けてくれてありがとう! でもやりすぎだ!」
志朗はわめいたが、全のほうはというとなにか響いた様子もない。
「でも、痛い思いしなかったよね」
「それはそうなんだけどさ!」
「じゃあ、問題ないんじゃないかな」
にっこりと全は言ってのけたが、問題は大ありな気がする。車の持ち主たちが駐車場に帰ってきて、丸焦げになっているそれを見たらどう思うだろう。せめて大事なものとか思い出とかが載っていなかったことを願うのみだ。
「八千原君!」
「雛君!」
同時に違う方から声が聞こえて見まわすと、りりが駐車場の奥の茂みから、弓月が大通りのほうから駆け寄ってくるところだった。
「良かった! 無事だったのね。急に爆発したからあなたが巻き込まれたと思って。でも、そうよね、あなたの力があればあんなのなんてことないのよね」
「ご無事だったのですね! 先ほどの火はあなたが呼んだのですか? それほどの戦いをなさっていたのに私ときたら。遅参、申し訳もございません」
両者、なにかを変な方向に勘違いしているようである。全のほうを伺ってみると、こちらはにこにこと相変わらず機嫌が良さそうだった。誤解を解くのも面倒になって志朗は鈍い肯定でふたりを迎えた。
ともかくも双方の見聞きしたことをすりあわせてみたところ、弓月が難しい顔になって腕を組んだ。
「首領が何者か、わかっていないんでしたね。おそらくはかなりの大物だと思います。あの怪異――蛾王でしたか、あれは以前は仏道を護持するものであったはずです。それが大災害を経たことで怪異になった。仏教といえばこの国では根強い信仰がありますから、もともとそれなりの力を持っていたはずです。怪異に堕ちたとしても力のほどは変わりないでしょう。それほどの怪異に妖気を供給し、それ以外のものにも同様のことをし、なおかつ彼らの姿が唯人に見えるほどの力まで与えているとなれば」
「ううん、でもさあ」と横から全が遮った。「そんなに強い怪異に僕たちが気づかないってことあるかな」
僕たちと言って指で示したのは自身と弓月である。
「りりが聞いた話では、四月の時点でおまじないは既にあったんだよな?」
志朗に聞かれてりりは頷いた。
「ええ。どの時点が始まりかはわからないけれど」
「病院の怪異は、手下が集まったのはここ数ヶ月のことだって言ってた。とすると、奴の行動が活発になったのは四月あたりからこっちの最近ってことか?」
「そうですね……それまで黙殺にも値しない雑魚だったものが、何らかの影響を受けて急激に力を手にしたのかもしれません。我々の感覚に引っかかるギリギリの線で力を蓄え、そうなる直前で行動を起こしたのだとすれば理屈は通ります。ご存じの通り、現在の怪異は個人的な存在です。通常ではそれほどの変化が起こることは考えづらいですし、そんなに繊細な微調整ができるとも思えません。しかし、領域の側に村雨流星の姿があったことを併せればない話でもなくなるかと」
「そのムラサメリュウセイってどんな怪異なの?」
りりの疑問に志朗たちは三者三様の目配せをした。
「怪異じゃないんだ。たぶんだけど」と志朗が言うとさらにりりは首を傾げる。
「怪異じゃないなら人間なのね?」
「人間と言うには規格外だなあ」と、これは全である。
「前に事件があったって言ったことは覚えてるか? 村雨流星はその容疑者というか、むしろ教唆した奴というか」
「じゃあ、とにかく悪い奴ってことかしら」
「それが悪いとも言い切れないんです」
「へえ、我が盟友は悪事も働いていないものに襲いかかる考えなしだったのかあ」
なんとも言いがたい顔で唸った弓月に横から全が突っ込んだ。バチッと二人の間に――主に弓月のほうから全へ一方的に火花が散ったのをいつものことと流して志朗は言った。
「村雨とは一度戦ったきりだけど、なんていうかな、本人が悪事を働くってタイプじゃないんだ。むしろ焚きつけるタイプっていうのかな。その辺にいるなんでもない奴でも不満や嫉妬、怒りや悲しみは持ってるわけじゃないか。村雨はそういう感情を増幅して、なんでもなくしてしまうんだ」
「繰り返しになりますが、現在は怪異が個人的なものと化していますから。感情と想像力、それはイコール怪異です。もちろん、想像はしていても怪異になるほどではない情念というのが大半ですよ。けれども、村雨の手にかかれば変わってしまう。具体的な怪異として現れることもあるでしょうし、通常の想像をはるかに凌駕してしまうこともまたあるのかもしれません」
「だとしてもだよ」黒焦げになった柵に腰掛けながら全が言った。「前回はアンゴルモア、ひいては恐怖の大王を呼び起こそうっていうのが奴の目的だったじゃないか。今回はどうなんだい? ええと、怪異を育てたかもしれなくて? その怪異が手下を集めて? 手下は閑静な住宅街に突撃して? 駅周辺の道路で大運動会? 一般の皆様を殺した奴もいるんだっけ。でもさ、これがなんになるんだろう。いまいち奴らしくないって感じを僕は受けるんだけどねえ」
たしかにと弓月が呟いて顎に拳を当てた。りりが志朗にこっそりと尋ねる。
「ねえ、あんご……なに? なんのことかしら?」
「そ、そうだな、すっごく面倒くさい怪異と思ってくれ」
答えに窮して志朗はともかくそう言った。
「いや、そうでないとも言えるのではありませんか? そもそも、前回の奴はこの結果になることを予測して動いていたんでしょうか」
「そうじゃなきゃ、なんだって言うんだい?」
「私にはむしろ、奴は興味の塊のように思えてならないのです。幼子が蝶の羽を棒きれで貫いてみて観察するようなものですよ。結果、蝶が飛べなくなってしまうと予想して子供がそうしますか? いいえ、子供はただそうしてみたいんです。結果、どうなるかに目を輝かせるんです。今回のことも前回のことも、騒動の周囲で右往左往する我々や人間や怪異たちを眺めているに過ぎない、私にはそんな気がします」
「それ、弓ちゃんの勘?」
「勘というよりも実感といったほうが近いでしょうか。奴とは二度戦ったことになりますが、その二度とも奴は笑っていたんです。私がなにをするのか、どう選択するのか、自身の障害にならないことを知った上で掌に乗せて愉しんでいるような、そういう感じを受けました」
「ううーん……笑うんで良ければ全もいっつも笑ってるけど」
「否定はしませんが。むしろ我が盟友は殲滅すれば面倒がなくて良いというタイプかと」
「おや、二人して僕の悪口かな?」
にっこりと拳を握ってみせる全を完全に無視して志朗と弓月は領域のほうを見た。守りを務めていた怪異たちは全が車ごと焼き払ってくれたし、騒ぎのおかげで人もいないので、夕刻を過ぎようかという時間帯にしては川べりは静かなものである。
「いるかな?」と志朗が言った。
「お守りします」と弓月は答えた。
歩きだした志朗を先頭に弓月と全が続いた。りりはしばらく物言いたげにつま先で地面を弄っていたが、思い直すように息を吐き出すとその後を追った。