仏と管理者
庭のダンジョンから帰還し、大賀さんも十分涼んで落ち着いたところで、話が進みだした。
まずは大賀さんのこの一言から。
「お前何もしなかったな、カスミ」
霞ヶ丘先生に言い逃れは許されない。あんなに張り切って「誕生―――破壊の魔導書」とか言ってたりしたのに、その後やったことと言えばピュアな少年を揶揄って仏に導いたことだけ。
「………許してもいいのかな?」
その時その少年が動揺していたことは確かだし、やり方はともかく仏に導いたなら許されて然るべき?むしろ讃えて然るべき?
「双葉は自分を導いてくれた恩人を責めるような道理に反したことをする子じゃないと先生は思ってます」
なんだか急に霞ヶ丘先生が都合のいいことを言いだした。霞ヶ丘先生は自分の立場を利用して言い逃れしようとする道理に反した人じゃないと僕は思ってました。
でもこれは霞ヶ丘先生があえてこう言うことで自分を責める気持ちを掻き立てようとしての発言だったりするのかもしれない。むしろ普段の霞ヶ丘先生ならそういうことをやっても不思議じゃない。きっとそうだ。
ならば僕がここで言うべき言葉、返すべき言葉は
「霞ヶ丘先生、ギルティです」
「よく言った双葉くん」
「な、なんでなのっ!?先生は自分の言葉が生徒たちの心に響いてくれるいい言葉だと、先生信じてたのにっ……!!」
わかってます、先生。そう言うあなたが本心のところでは狙い通りの結果に満足しているのだということを。
僕は仏の心を開いた。しかし仏になった今の僕でもこの先生からは学ぶことが多い。本当にいい教師だ。
そんな最高の先生にせめてもの僕の成長を見て欲しい。だから僕は笑う。きっと人はこの笑みのことをこう呼ぶのだろう。
「アルカイックスマイル」
「ただの優しい笑顔に大仰な技名つけるのやめてっ!双葉あなた個性ですぎよ!?」
わかってます。仏の僕はすべてを悟り、受け入れる。霞ヶ丘先生のダメな一面を見ても、あなたを嫌いになったりしない。むしろ自分から嫌われ役を買って出るあなたに、仏は笑いかけるでしょう……。
「私が悪かったからその優しい笑みやめてーーーっ!?」
「アルカイックスマイル」
「アルカイックスマイルやめてーーーっ!?」
本当に霞ヶ丘先生は愉快な人だ。こんな僕でも楽しく会話ができる。でもそろそろ話を本題に戻そう。
「それで、結局霞ヶ丘先生の異能ってなんだったんですか?」
「ふふふ、あそこまで見せてあげたのだからそれで我慢なさい。双葉ならそのうちまた見る機会でもくるわよ」
「……なんだかこうなる気はしてました。霞ヶ丘先生は秘密大好きですもんね」
「女は謎が多いほうが美しく見えるのよ」
まあ予想通りの結果だったので少しだけでも見られたことで満足しよう。そもそもどうしても知りたいことというわけでもなかったし。
それよりもう時刻は9時を回ろうとしている。話すべき議題をさっさと進めてしまおう。
そう思って大賀さんのほうに視線を向けると、彼女はこちらをじっと見ていた。でも目が合うとちょっと首を傾げて笑って、そこからまた話し出した。
なんか今の笑みにはちょっとドキドキします……。
「それで庭のダンジョンについてだが、大体の確認も済んだことだしここでダンジョン登録の書類を書いてしまおう。タイプは領界型、常時真昼の砂漠地帯。危険度は今の時点ではDと言ったところか。歪みの周辺にはあのミミズしかいなかったし、あいつらが外に出ても他のダンジョンに比べれば大分マシだ。あとは……」
なんだかすごい速さで書類が書き進められていく。危険度って言ってたけどDってどれくらいなんだろう?そんな高くはない気がする。まああのミミズが外に出ても砂がないから何もできない気もする。大賀さんが判断したなら妥当な評価なんだろう。
でも領界型とかについてちょっと聞いてみたい気もする。ダンジョン内では結局聞けなかったし。
「あの、大賀さん。領界型とか危険度って?」
「ああ、その説明がまだだったな。ダンジョンは現時点で確認されている限り、大まかに二つのタイプに分かれる。
明らかに建造物の中のような造りで、階層ごとに出現するモンスターが強くなっていくダンジョン、これが迷宮型と言われている。これの特徴はモンスターを倒すと死体は消えてドロップする仕様であったり、所々に宝箱があることだな。あとは階層ごとにボスのようなモンスターもいるが……まあ良くも悪くもゲームのようなダンジョンだな。
領界型は歪みの先に大自然が広がっているタイプ。特徴はまだ確定ではないが、今確認されている領界型すべて、尖った地形である、ということか。海だったり火山だったり、ここの砂漠だったりね。ただこっちは数が少ない。今確認されてる領界型のダンジョンは、ここで5つ目だったか。世界中で既に100以上のダンジョンが発見されているのを考えると、ここはダンジョン的には貴重、ということになるな」
そこまで話して大賀さんはコップのお茶を飲んだ。色々話してくれてホントありがたいです。
でも庭のダンジョンが珍しいタイプなら、これからうちにいっぱい知らない人たちが押し寄せてくるのだろうか?それは普通に嫌だな……この家は両親が残してくれた大切な家だし、手放したくない。でも庭にそんなダンジョンができたんじゃ、諦めるしかないのかな……?
「そんな心配そうな顔をするな、双葉くん。確かにダンジョンができた以上、国としても放っておくことはできないが、かといってあの地形だ、探索も楽じゃない。準備が必要だろう。だがその間ダンジョン内のモンスターを駆除して外に出さないようにする役目もしっかり果たさねばならない。準備が必要なあのダンジョンで、だ。そらできる奴はいるだろうが、適任と言える人材を探すのは楽じゃない。そこで、だ、双葉くん」
そこで言葉を一度区切った大賀さんは、しかしお茶を飲むわけでもなく僕の目をまっすぐ覗き込んでいた。
今までの話でこれから大賀さんが提案してくれる内容に期待が持てる。僕の大切な家を守れるかもしれないと、期待から大賀さんの目を離せない。
たっぷり5秒ほど見つめ合ったあと、大賀さんはふっと笑って、こう言った。
「まだ会って間もないが、見定めた結果君は十分戦力として期待できると判断した。庭のダンジョンの危険度はD。そして君の能力はあのダンジョンに適合している。故に――」
ごくり、と唾を飲む。ここまできたらもう期待値はMAXだ。
「双葉 雛鳥。君に、この庭のダンジョンの管理者の役目を頼みたい」
管理者。それが具体的になにをするのかの説明もまだ受けてないけど、ここまでの話の流れと大賀さんへの信頼から、僕は一も二もなく頷いていた。
「はい!その役目、僕に任せてください!」