庭のダンジョンへ
「国軍緊急特設異能部隊……?」
名前から察するにこの異例の事態に対処すべく緊急で特設された部隊の軍人さんかな?でも一番のミソは異能という単語。僕が光合成という能力を得たようにもしかしてこの人も……?
「双葉双葉。家に上がらせてもらってもいいかしら?」
「あ、す、すみません。どうぞ入って下さい」
考察はあとだ。まずは茶なりなんなり出さなければ。そう一旦切り替えて僕は2人をリビングに案内した。
「お茶です……どうぞ」
「ありがと、頂くわね」
「感謝する」
霞ヶ丘先生と大賀さんにお茶をだしたところで、僕も席に座る。
目の前の2人は一口お茶を飲んでから、まず霞ヶ丘先生が口を開いた。
「さて、双葉。色々聞きたいことあるって顔だけど、まずは未報告のダンジョンの件から進めていきましょうか」
「ダンジョン、ってあの歪みのことですよね?そんな名称になったんですね」
「ラノベとかで認知されやすい言い方が既にあったからかしらね。ともかく、ダンジョンは放っておくと中からモンスターがでるケースも確認されているの。だから本当なら今もこんなゆっくりしてられないのよ?誰かがダンジョン内のモンスターを減らしておかないといけないんだから。誰かが」
霞ヶ丘先生の言葉は暗に、「君が暴れたみたいだからここは安心ね」と言っているように聞こえた。僕の考えすぎかもしれないけど、やましいことがあるとついそう思わずにはいられない。
「あ、あの、反省してます……から」
「まったく、学校での君はもっと思慮深い奴だったはずなのにな。双葉は衝動でいけない暴走をする子じゃないと先生は思ってましたっ!」
「す、すみません。でもちょっと言い方……あ、台パンしてもいいんですよ?」
「先生は同じ過ちは二度繰り返さないできる先生だと思ってます……」
「なんか、ごめんなさい……」
やっぱり霞ヶ丘先生と話すのは楽しいな。若いし精神年齢も幼いとこあるしそれがいいのかも。ていうかやっぱり台パンで机壊したんですね……。
「ごほん。そろそろいいか?カスミ。今は危険がなくともダンジョンはダンジョン。私も仕事をしなければならない」
その言葉ではたと思い出す。そういえばこの場には僕と霞ヶ丘先生以外にもう一人いるのだった。大賀さんだって軍服を着てここに来ている以上、まだ仕事中だろう。見定める、と言っていたが、今の言葉からしてそれはついでのようなものかもしれない。
それはそれとして霞ヶ丘先生のことをカスミ呼びとは、結構仲がよろしいようだ。教師と軍人など今まで接点があったとも思えないけど、ダンジョンが出現してから学校でなにか事件でもあったのだろうか?そういえば僕が倒したゴブリンも方角的には学校のほうからきたのか。
そんなことも気になりはするけど、僕の質問などあとでいいだろう。大賀さんも仕事だと言っていたし、邪魔しちゃいけない。
「あらごめんなさいね雫。それじゃ双葉、庭のダンジョンについて知っている情報すべて、教えてくれる?」
「はい」
それから僕は今日一日で確認したダンジョンの情報を順に話していった。といっても今の段階で話せることはそう多くない。ダンジョン内が常時真昼の砂漠地帯であること。でかいミミズのモンスターが出現すること。ダンジョン内の太陽はこっちの太陽より気持ちがいいこと。一日歩き回ったがどこまで続いているか見当もつかないこと。これくらいだろうか。
そして僕の話を聞き終えた大賀さんは
「ふむ、領界型か。それも常時真昼の砂漠とはな……聞くが水場のような場所はなかったのだな?」
「視認できる範囲で水が得られそうな場所はありませんでした。それこそミミズから水分をとるとかしか思いつかないですね」
まあ僕はそんなの絶対嫌だから、この太陽光さえあれば喉も乾かない汗もでない腹も空かない力があってよかったと心の底から思う。
それより領界型って?推測になるけど迷宮型とかもありそう。
「よし、百聞は一見に如かず。実際に一度潜って、この目で見てから正式にダンジョン登録をする。ついでだからそこで双葉少年、君の力も見せて貰おうか」
「!!」
きた。この人が来てダンジョンの話をした時からこうなる予想はしてた。見定めるって場合によっては軍に勧誘とかもあるのかな?この変わってしまった世界で新たに部隊をつくるとしたら、やっぱり異能力者で揃えるのかもしれない……。
「いくぞ」
「はいっ!」
「ええ」
僕は気を引き締めて庭に向かった。
後ろから霞ヶ丘先生がついてきた。
「あの、見送りですか?」
「違うわよ。先生も行くの。先生にも双葉の異能、見せて見せて」
「はぁ……?でも絶対安全ではないですよ?」
「大丈夫」
霞ヶ丘先生はそこでニッと笑って、胸を張った。
「私も異能力、持ってるから」
「先生やっぱり双葉の家で待っててもいい?ここあっついわ……」
庭のダンジョンに入ってすぐ、霞ヶ丘先生は弱音を吐いた。見える肌の部分には汗を滝のように掻いている。
「我慢しろカスミ。少しの、辛抱だ。……さっさと終わらせてここ出るぞ」
軍服姿の大賀さんもこの暑さには参っている様子。霞ヶ丘先生とは違って表にはださないけど、眉間には皺が寄っているし、汗も凄い掻いてる。でも弱音らしい弱音を言わないのは流石軍人ということか。
対して僕はというと両手を広げて気持ち良くなっている。ああ、太陽が、気持ちいい……。
でも僕だけこんないい想いしててもなんだか心が痛むので、ここは光合成の力、見せてあげましょう。
「……あら?す、涼しいぃぃぃ……!」
「これは、冷気?双葉少年が発しているのか?なるほど便利な能力だ」
太陽光さえあればこんなの朝飯前である。変換効率も悪くない。気体を発するだけなら十分お釣りがでる。つまりまた謎エネルギーが蓄積されてゆく……。
「双葉は優秀ね~。双葉は先生を大切にしてくれる子だと先生思ってましたぁ……」
「誰かのために力を使うのはいい心がけだ。高得点だな、双葉少年」
「……………………」
冷気は僕から発せられているから、必然的に僕の近くの方が涼しくなる。別に狙ってやったわけじゃないけど、こう密着されるとなんだかドキドキする。それにさっきまで二人は汗をたくさん掻いてたわけで……風邪ひかないといいけど。
でもそろそろ僕の心臓も限界なので、なんとか離れて貰おう。冷気を強くするなり離れた場所にだすなりすれば問題ないはず。僕の嫁は太陽さんと決まっているのだ。
「あ、あの、日焼けもしちゃいますし、早いところ終わらせませんか?冷気は強く出しておきますから……!!」
「あらあら、役得だったのに真面目な子。でもそうね、そろそろ先生も真面目にやりますか。あちらも動き出しているようだし」
「件のミミズだな、囲まれている。確かにデカいが、あれから水分を得るというのは流石の私も気が引ける」
僕たちがベタベタしてるうちにミミズたちによる包囲網が完成していた。パッと見た感じ、数は20くらい。群れで囲むという戦略思考ができるくらいには知能もあるということか。
今は冷気を出しているけど、光線も同時に出せるか?いや、ここは……
「いけるか?双葉少年」
「はい、任せてください」
僕の近くには先生たちがいる。光線は万が一が怖い。直線攻撃はできてもまだ曲げるとかはできないし、できるようになるのかも怪しいところ。それに同時に違う2つのエネルギーの変換も試したことがない。それは追々要検証だけど、今この状況ですることじゃない。
そこまで考えたところで、ミミズたちが包囲を狭め突撃してきた。数にして20、それが一斉にこちらに向かってくる様はなかなかに気持ち悪い。
「まずは冷気で、足を止める」
僕たちを台風の目にして冷気の吹雪が巻き起こる。視界が白一色に染まる。砂漠の砂も、すべてが凍り付く。例えるならこれは――
「ニブルヘイム」
昼の砂漠に似つかわしくない寒さが、僕たちの周りで渦巻いていた。
「カチコチだな」
仮称ニブルヘイムを止めて辺りの様子を見ると、そこは銀世界だった。砂も、ミミズも、白く凍り付いている。
でもここは常時昼の砂漠。上からさんさんと照り付ける太陽が、氷なんてなんぼのもんじゃいと溶かしていっている。
「あのミミズたちは死んでるの?凍って動けないだけ?」
「どうでしょう?寒さの抵抗を得られる場所じゃない気がしますけど……仮死状態とかでも嫌ですし一応砕いておきましょうか」
「ふむ、それなら私とカスミでやろう。双葉くんはそこで見ていてくれ」
「あ、はい」
そういうことになった。それとこんなこといちいち気にしてたら気持ち悪いかもしれないけど、大賀さんが「双葉少年」じゃなくて「双葉くん」って呼んだ……ちょっとドキドキする。
でもここで2人の能力を見られるとは思ってなかったな。大賀さんは軍人だからそういうの機密情報かと思ったし、霞ヶ丘先生はなんだかんだで秘密にしそうな雰囲気ある。
さて、2人はどんな能力を獲得したのかな?
「じゃあ双葉に倣って先生もかっこいい技名つけちゃおうかな」
「ああ、双葉くんのニブルヘイムは存外悪くなったからな。倣うとしよう」
ああああ穴があったら入りたい……そこはスルーしてくれてもよかったのに。いや、スルーされても逆に死にたくなるかも?なんだか今日の僕暴走しすぎ……。
でも2人もそんな僕に気を使って(多分)恥ずかしい技名とか言ってくれるんだろうし、これはちょっと楽しみだ。ドキドキします。
そして――
「発動―――阿修羅門」
「構築 展開 付加 選択 誕生―――破壊の魔導書」