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1.6 この命にかえても

 セオドリックは淡々と語ったが、その声色は悲しみに満ちていた。


「アシェリーは僕との結婚はできないと言い出し、ハイラント公から頬を打たれ、動揺して部屋を飛び出した。それで――」


 ブライトウェル家の宏壮な邸宅の大階段で足を踏みはずし、アシェリーは転落。頭を打ったが、幸いにも命に別状はなく、骨折等の大きな怪我もなかった。しかし一時的に気を失っていたアシェリーは、目を覚ました時には記憶を失っていたという。


「……記憶、とはいつからいつまでの?」


 ウィルフレッドがようやく掠れた声を出せば、セオドリックは力なく首を左右に振った。


「全てだ。自分のことも、家族のことも、自身の立場も、学院のことも、何もかも全て」

「そんな……」

「このことは、公表されることはない。公式には肺の病気になったということにして、ハイラント公はアシェリーを王都から離れた場所で静養させると」

「……それで婚約が破棄に?」

「そうだ。回復にどれくらい時間がかかるかわからない。公務を行うのは無理だろう、というのが医師達の結論だ。僕としては待つこともできたが、記憶の失う前のアシェリーが、そうは望んでいなかった」

「…………」


 何も言えないでいるウィルフレッドに、セオドリックは長い溜息をついた。

 それから、いつもの冷静な様子を取り戻すように、視線を上げてウィルフレッドをまっすぐに見据えた。


「静養地は、ヴェリタール辺境伯領に決まった」


 故郷の名に、ウィルフレッドは息を呑む。


「北の地は、これから気候も良くなる。ヴェリタールでは、温泉も湧くだろう。心と体を休めるには良いだろうと、ハイラント公が決めた。それで、ウィルフレッド」


 伝えられる事実を理解するのに必死で、ウィルフレッドは返事をすることもできない。セオドリックはやはり淡々と続けた。


「僕の護衛は解任する。お前はヴェリタールに戻り、アシェリーを守ってくれ」

「……今、何と?」

「ハイラント公も承諾している」


 ウィルフレッドは理解ができなくて、信じられないように首を横に振った。無礼を承知で、セオドリックに質問を浴びせる。


「しかしアシェリー嬢の気持ちは? そもそも何故、アシェリー嬢はセオドリック殿下と結婚ができないと言い出したのですか? ハイラント公爵閣下が頬を打ったというのは本当ですか?」

「……アシェリーの気持ちを今、僕が言うべきではないだろう。だが、どんな理由があるにせよ、王家との決まった結婚ができないなどと無理を言うなと、そんな馬鹿げたことを言う娘に育てた覚えはないと、ハイラント公はアシェリーを叱責した。……聡明なアシェリーがそんなことを言い出した原因は、僕にもあるのだろう。だからハイラント公が、哀れにも記憶を失った娘の我侭をどうか許して欲しいと頭を下げた時、僕も一緒に国王陛下にお願いした」

「…………」

「ウィルフレッド。アシェリーを頼む。幼き頃から共に過ごして、僕にとって彼女はもう、家族と等しい存在だ」


 悲しみを含んだ声には、彼女を心から心配する気持ちがにじみ出ていた。


「……セオドリック殿下は、どうなるのです」


 セオドリックの今後を案じるウィルフレッドの気持ちは、伝わったのだろうか。


「今はまだ分からない。アシェリーとの結婚はなくなったが、閣僚たちは既に新しい婚約者の選考に入っている。時がくれば、相応しい相手と一緒になるだろう」

「セオドリック殿下のお気持ちは?」


 その問いには答えず、セオドリックはゆるやかにほほえんだ。ウィルフレッドはアシェリーの言葉を思い出していた。生きるべき姿を定められ、身動きが取れない。それでも、たぶんセオドリック自身が、そうあるべきだと信じているのだ。


「正しく生きようとして、思いがすべて、報われるとは限らない。何もかもが、思い通りになどいかないさ」

「…………」

「ウィルフレッド、アシェリーと共に行ってくれるか」


 ウィルフレッドは心を決める。もう迷わないと、決意を込めた眼差しで見つめ返してうなずくと、セオドリックはほっとしたような笑みを見せた。


「落ち着いたら連絡をくれ。アシェリーを頼む」


 ウィルフレッドは、敬意を表して片膝をつき、胸に手を当てて頭を下げた。


「この命にかえても、必ずお守りします」

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