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1.4 大切な人だから

 その後も、ウィルフレッドはアシェリーと少しずつ距離を縮めた。勿論、友人として。

 それはセオドリックとシンシアも同じで、彼等はあくまで友人として親しくしていた。セオドリックの側には常にウィルフレッド、あるいはもう一人の護衛であるテレンスがついていたし、周囲から心配されるような状況になることはなかった。

 だがセオドリックの秘めた思いに、少なくとも、アシェリーは気がついていたと思う。表向きには、いつも優雅な笑顔を浮かべていたが、ウィルフレッドにはそれが痛々しく感じられた。


 教師の都合で休講になり、ゆったりとした時間が流れる昼下がりの学院。カフェテリアのテラス席で、数人に囲まれてセオドリックが談笑していた。


 ウィルフレッドはセオドリックに気を配りながらも、視線だけでアシェリーの姿を探していた。

 少ししてアシェリーが、セオドリックに合流する。あまり顔色が良くないとはじめに気がついたのは、ウィルフレッドだった。


「アシェリー嬢、顔色が悪い」


 アシェリーがセオドリックに声を掛ける前に、ウィルフレッドはそっと彼女の側に寄る。アシェリーは驚いたようにこちらを向いた。


「いいえ、ウィルフレッド様。大丈夫よ」

「アシェリー、具合が悪いのか?」


 テラス席からセオドリックが立ちあがって心配そうにアシェリーを見れば、彼女は慌てて首を小さく左右に振った。


「セオドリック様。いいえ、そんなことはありません」


 アシェリーは否定したが、既に彼女の目前に立ったセオドリックは、小さく眉間に皺を寄せながら、しげしげと彼女の表情を見る。

 その時、ウィルフレッドと同じくセオドリックの護衛であるテレンスが現れ、セオドリックに王宮からの呼び出しを伝えた。


「……アシェリー、すまない。戻らなければ」

「はい、勿論です。どうぞお急ぎください」

「ウィルフレッド」


 セオドリックはウィルフレッドの方を振り向いた。


「アシェリーを送ってくれ」

「いけません。ウィルフレッド様がセオドリック様の側を離れては――」

「僕ならテレンスがいるから大丈夫だ。ウィルフレッド、頼む」

「はい」


 そのままテレンスを伴って去っていくセオドリックに、それぞれが礼儀正しく挨拶をして、ウィルフレッドはアシェリーの側に寄った。


「送る。今日はもう休んだ方が良い」

「ウィルフレッド様、本当に大丈夫。一人で戻るから――」

「セオドリック殿下のご命令だ。行こう」


 カフェテリアに残っていた他の人間に声をかけて、ウィルフレッドはアシェリーを促して、そこを離れた。

 少し歩き、カフェテリアから離れた場所でアシェリーが僅かにふらついた。覗き込めば、先程より顔色が悪くなっている。


「……失礼する」

「え?」


 次の瞬間、アシェリーは、小さく悲鳴を上げた。

 彼女の許可を得ずにウィルフレッドは、アシェリーを横向きに抱きかかえていた。


「ま、待って! ウィルフレッド様」

「俺は辺境から来た田舎者なので、多少の無礼は許して欲しい」

「そんなことを言っているのではなくて――」

「今朝の授業を欠席していたが、どこへ?」


 アシェリーの抵抗を意に介さず、まっすぐに前を向いて淡々と歩き進めるウィルフレッドに、アシェリーはやがて諦めたように大人しくなった。


「……聖騎士団へ。ハープの演奏に行っていたの」

「ああ、今日は遠征から戻った師団への慰労会があったと」

「ええ、そうなの。声を掛けてもらって、一曲だけ演奏に。他の奏者は私と違って専門家ばかりよ。本当に緊張したわ……」

「それで根を詰めて練習をして、寝不足に?」


 アシェリーは小さく笑った。


「ウィルフレッド様には、何でもお見通しなの?」

「あなたは、休息もとらずに頑張りすぎてしまうところがある」

「…………」

「休息は必要だ。自身の体調に気をつけることも仕事のうちだ」

「……そうね、あなたの言う通りだわ。でも、できることくらいは、やっておきたかったの。私は、聖女のように聖魔法が使えないから」

「肉体を癒す聖魔法は、確かに我々にとって有難いものだ。だがあなたのその気持ちと努力は、戦いから戻ってきた聖騎士達の心を、何よりも癒してくれる」

「…………」

「生まれ持った才能が、全てではない。あなたは聖女ではなくても、素晴らしい人だ」

「…………」


 アシェリーはうつむいて、ウィルフレッドの服を、きゅっと握りしめた。


「……ウィルフレッド様、どうして? どうして、そんな風に、優しいことを言ってくれるの?」

「…………」


 鼓動が早くなって、ウィルフレッドは苦しくなった。ウィルフレッドは努めて冷静に振る舞い、言葉を選ぶ。


「……あなたは、セオドリック殿下の大切な人だから」


 アシェリーは僅かに身じろぎした。そっとウィルフレッドの服から、手が離れていく。


「そう、ありがとう……」


 うつむいて小さく答えたアシェリーがどんな表情をしているのか、ウィルフレッドには分からなかった。

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