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3.5 いつか、来てくれたら

 授業が終わった夕方、ウィルフレッドは、カフェテリアで一人、次の試験のための準備をしていた。セオドリックには今日、テレンスがついている。この時期になると図書館は利用者が多いし、多少ざわめきがある場所の方がウィルフレッドは集中できた。


「ウィルフレッド様」


 声を掛けられて顔を上げる。目の前には、教科書を何冊も抱きかかえたシンシアがいた。


「ご一緒しても良いですか?」

「ああ、構わない」

「ありがとうございます」


 シンシアはウィルフレッドの目の前の席に座り、教科書を広げる。ほほえみながらシンシアは、ウィルフレッドに言った。


「前回の試験、成績優秀者のリストでウィルフレッド様のお名前を見ました」

「同じ試験をもう、三回目だからな」

「……そうでした」

「前の時は特に優秀でもなかった」


 そう白状して笑みを浮かべると、シンシアも一緒にくすりと笑った。


「君の名前も見た。今まで気にして見たことがなかったから知らなかったが、君は優秀なんだな。前は良くセオドリック殿下と一緒に図書館にいた。俺はてっきり、他の学友に対してと同じように、セオドリック殿下が勉強を教えていると思っていたが、違ったみたいだな。君なら対等に、セオドリック殿下と会話ができる」

「いいえ、そんな……」


 照れた様子で謙遜してシンシアは、そういえばと話を続けた。


「セオドリック殿下に、今日はじめてお声を掛けていただきました。授業が一緒になって、それで」


 ウィルフレッドは思わず動きを止めて、彼女を見つめる。


「授業の内容についてのお話を少しと、それから、わたしが王立魔法研究所に通っているのを聞いたとおっしゃっていて、そのお話を……。話題がギデオン殿下のことになったので、わたし、つい……。その、しゃべりすぎてしまって。気がついたら、セオドリック殿下が口を挟む余地もないくらい、ギデオン殿下について語ってしまっていたので、若干、困惑されていました……」


 恥ずかしいのだろうか、彼女は少し顔を赤くしていた。


「君はギデオン殿下を、尊敬しているんだな」

「はい。……語りましょうか?」

「……それは、長くなるのか?」

「試験勉強ができなくなります」

「……次の機会に」


 ウィルフレッドの返答に、シンシアはふふっと小さく笑った。それからその大きな瞳をきらきらと輝かせて、シンシアは嬉しそうに言った。


「わたし、今は毎日が本当に楽しいんです。王立魔法研究所で学ぶことができて。ずっと昔から憧れていたギデオン殿下にも、時々ですが直接ご指導していただくこともあって。だからウィルフレッド様には、本当に感謝しています」

「……君は前にもそう言ってくれた。そんな風に言われるとは、思っていなかった。ありがとう」


 ウィルフレッドはシンシアの言葉に、少しだけ救われていた。


 それから二人で、学院の鐘が鳴るまで勉強をした。学院が閉門する時間になってからカフェテリアを出たところで、アシェリーと出くわした。


「わたし、用事を思い出したので、急いで先に帰りますね」


 と、ウィルフレッドに気を使ったのかシンシアは、こちらの返事を待つ前にぱたぱたと走り去ってしまった。

 アシェリーを送ろうと思って声を掛けようとしたら、先にアシェリーが口を開いた。


「試験勉強をしていたの?」

「……ああ。あなたは? セオドリック殿下は一緒では?」

「セオドリック様は、今日は授業が終わったらすぐに王宮へ帰られたわ。私は一人で図書館に」


 アシェリーはじっと、ウィルフレッドを見つめてきた。


「……最近、シンシア様とよく一緒にいるのね」


 よく、と言われる程とは思わなかったが、確かに前よりは会話をしている。


「彼女の力を借りることがあって。それから、話すようになった」

「……シンシア様は、聖女だものね」


 アシェリーは少しうつむきがちに、ぽつりと寂しそうにつぶやいた。


「私も聖魔法が使えたら、良かった」

「誰かと比べる必要はない。あなたが努力していることは、分かってる。セオドリック殿下も。……俺も」


 そう言っても、アシェリーはふるふると首を横に振るだけだった。


「私は属性魔法が使えないから、努力をしてもこの魔力を役立てることができないの。私も聖騎士のように戦うことができたら、魔力の使い道もあったのに」


 ウィルフレッドは、かつてのアシェリーが、早朝に弓の練習をしていたことを思い出す。体を動かすと気持ちが良いからと、彼女はそう言っていたが、心の奥底にはこんな思いがあったのだろう。


「魔力を込めた直接攻撃に、あなたの体が耐えられるとは思わない。だが間接的なものなら、良いと思う。道具を使うのなら、体の負担も少ない」


 ウィルフレッドの言葉に、アシェリーは驚いたように目を見開いた。


「さすがに戦場に出ることはないが、ヴェリタールでは女性も馬に乗り、狩りに出る」


 言いながらウィルフレッドは、ヴェリタールの草原を駆ける、かつてのアシェリーを思い出していた。胸に迫るくらい美しいその光景は、今でも鮮明に思い出すことができる。


「……ヴェリタールに、もし行くことができたら、あなたが教えてくれる?」


 ウィルフレッドを見上げてアシェリーは、少し緊張した様子で尋ねた。


「……教えるよ。乗馬も、狩りも。いつか、来てくれたら」


 その後に言うべき「セオドリック殿下と一緒に」という言葉を、ウィルフレッドは続けることができない。あの舞踏会の日には、言うことができたのに。


「ありがとう。……すごく、嬉しい」


 噛み締めるように言ってアシェリーは、泣き出しそうな顔で笑った。

 ウィルフレッドも小さくほほえみを返した。嬉しいのに、どうしようもなく胸が痛かった。

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