1.2 この日から
一年程前の、秋の日のことだ。
重厚な鐘の音が、清涼な空気の支配する建物の中に響き渡る。
「ウィルフレッド・フェアファクス。聖騎士に叙す」
ウィルフレッドは聖ローエンベルク王国の聖騎士に叙任され、王国に力を尽くすことを誓った。
それまでは父の領地であるヴェリタール辺境伯領で暮らしていたウィルフレッドだが、聖騎士として中央で腕を磨くようにと父から言われ、王都にある王立学院に通うことになった。国境防衛という要職に就く父のことは兄が支えている。父は国内で『銀色の守護者』という二つ名で呼ばれていた。
銀色の守護者である、ヴェリタール辺境伯の息子ということで、セオドリックの護衛を任ぜられたのが叙任式の後のことだ。もともと身辺調査もされていたのだろう。
セオドリックに直接「よろしく頼む」と朗らかに言われて、従う以外の思考をウィルフレッドは持っていなかった。
学院に入ってすぐの頃、秋の新入学生を歓迎する舞踏会が催された。生徒達はみな美しい装いで身を飾り、華やかな会場で思い思いに過ごしている。
ウィルフレッドはというと、王都の華やかな流行からは遠く離れた場所で育ったため、その雰囲気に慣れることもできず、壁に背中を預けて、ただ時間が過ぎるのを待っていた。
セオドリックは楽しそうに学友達と談笑し、また時折は女生徒のダンスパートナーを務めていた。
「ウィルフレッド様」
優しく柔らかい声で呼ばれ、ウィルフレッドはそちらを振り向いた。目の前には、その美しい瞳と同じ淡い青色のドレスを着たアシェリーがいた。
セオドリックの婚約者であるアシェリーとは、既に何度も顔を合わせている。だが親しく私語を交わすということはなく、たいていは挨拶程度で終わっていた。しかし少ないその会話の中で、同学年の学友として互いに敬語は不要、ということぐらいは話をしていた。
「私と踊ってもらえないかしら」
ウィルフレッドは申し訳なく思いながらも、小さく首を横に振る。
「すまないが、ダンスは上手くない」
するとアシェリーは、くすりと笑った。
「心配しないで。あなたのように背が高くて、すっと姿勢が良い方は、そこにいるだけで美しいのよ。私に合わせて、動いてくれるだけで大丈夫」
そう言ってアシェリーは、ウィルフレッドに手を差し出す。ウィルフレッドは抗えず、不思議な力に誘われるようにアシェリーの手をとって、生徒達の中へと進んだ。何とか彼女にあわせながら、慣れないダンスをする。
「上手くないだなんて、そんなことないわ」
優しくほほえんでアシェリーは、ウィルフレッドを見上げて言った。
「あなたのお父様は、銀色の守護者と言われているけれど、その美しい銀色の髪が由来なのね。そうでしょう?」
「……確かに父も兄も、同じ色をしている」
「やっぱり! あなたの髪型は短くて素敵だけど、伸ばしてもきっと綺麗ね」
アシェリーは、ウィルフレッドをその美しい双眸でじっと見つめた。アシェリーからこんな風に、かつ至近距離で見つめられるのは初めてで、ウィルフレッドの心は、一瞬本気で奪われそうになる。
顔が赤くなった気がして、ウィルフレッドは懸命に平静を装いながら言った。
「……伸ばせば、戦闘の邪魔になる」
「そうね。ウィルフレッド様には聖騎士として、この国を守る大切な使命があるもの」
それからアシェリーは曲の終わりに、優雅にほほえんで言った。
「私の後にも、あなたと踊りたいと思っている御令嬢が沢山いるの。ぜひ、踊って差し上げて」
そうしてアシェリーは離れていった。その後は男女問わずちらほらと声をかけられて、彼女の言った通り時折は女生徒に頼まれてダンスパートナーを務め、いつのまにか退屈だと思う時間は終了していた。
たぶんあのまま壁を背にして突っ立って、そこから動かなかったのなら、社交性の乏しい田舎者として、周囲から距離を置かれたままだっただろう。
セオドリックの護衛兼友人として皆と馴染むことができるように、アシェリーは踊ってくれたのだろうと、ウィルフレッドは結論づけた。
つまりアシェリーは、セオドリックのために行動したのだと思う。
けれどこの日からウィルフレッドは、アシェリーのことを忘れることができなくなっていた。