表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/23

3.1 どうせ諦められない

 重厚な鐘の音。清涼な空気。金木犀の香り。

 ウィルフレッドは目を見開いて、大きく息を呑んでいた。


 ゆっくりと呼吸をする。……生きている、また。


「ウィルフレッド・フェアファクス。聖騎士に叙す」


 騎士の証であるサーベルを受取り、儀式の終了と同時にウィルフレッドは歩き出す。まっすぐに向かって、視線の先に確かめたのは、セオドリックとアシェリーだった。

 二度目の時のように、涙は出なかった。再び始まった人生に、ウィルフレッドの心は麻痺したかのようだった。


 一度目は、思いを告げずに、彼女を見守った。

 二度目は、抑えることができず、彼女に気持ちを告白した。

 ウィルフレッドはもはやこの運命に、どう立ち向かえば良いのか分からなかった。


『……あなたの記憶の中の人と、私が、同じ人だと言えるの?』


 アシェリーの困惑したような顔が目に浮かんだ。ウィルフレッドは、その問いに明確な答えを出せなかった。今だって、まだ。


「ウィルフレッド、置いていくなよ」


 後ろから肩を抱かれた。人懐っこい笑みを浮かべたテレンスと目が合う。


「……ああ、すまない」

「いいよ。じゃあ、セオドリック殿下に挨拶に行こう」


 促されて、二人の前に立ったウィルフレッドに、セオドリックは鷹揚にほほえんだ。


「君がヴェリタール辺境伯の息子か。テレンスから聞いているよ。ヴェリタール辺境伯と同じく、とても腕が立つと。これから君が王立学院に通う間、僕の護衛を頼めるか?」

「……セオドリック殿下のお役に立てる機会に恵まれ、光栄です」

「そう言って貰えて嬉しいよ。よろしく頼む」

「誠心誠意、お仕えします」


 ウィルフレッドはいつかと同じように、敬意を表して片膝をつき、胸に手を当てて頭を下げた。


「顔を上げてくれ。そう固くなくていい。僕達は共に学ぶ友でもあるんだ。護衛も頼むが、君とは友人でありたい」

「……ありがとうございます」


 立ち上がってウィルフレッドは、ゆっくりとセオドリックの隣に立つアシェリーを見つめた。

 ウィルフレッドの視線に気がついてセオドリックが、紹介してくれた。


「彼女は僕の婚約者だ」

「アシェリー・ブライトウェルと申します。どうかアシェリーと呼んでください」


 スカートを軽く持ち上げて優雅に挨拶をしてからアシェリーは、ふわりと花のようにほほえむ。

 ウィルフレッドは一瞬、眩暈がした。何もかもを忘れて彼女に思いを告げたくなった。

 だがセオドリックとテレンスの存在があったおかげで、ウィルフレッドは理性を失わずにすんだ。


「では、どうかウィルフレッドとお呼びください」

「はい。ウィルフレッド様。私も王立学院に通っています。どうかよろしくお願いします」


 ウィルフレッドは今一度、二人に頭を下げた。


 それから適当な理由をつけて彼等から離れ、ウィルフレッドは建物の外へ出た。

 ウィルフレッドは顔を上げる。空は高く雲が軽やかで、時折吹く風は爽やかだ。かつてと少しも変わらない、晴れた秋の日だった。


 どこまでも青い空。澄んだ水のような、アシェリーの瞳の色。

 ウィルフレッドは麻痺した心を、もう一度奮い立たせる。

 報われることがないと分かっていても、どうせ諦められない。

 説明はできなくても、ウィルフレッドにとってアシェリーは、たった一人のアシェリーだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ