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2.5 変わってしまった

 ウィルフレッドの所属する師団の師団長へ、三か月後の遠征に行かせて欲しいと志願すれば、師団長は賛成しかねるように眉を寄せた。ウィルフレッドはまだ若く、経験も足りないとはっきりと言われる。しかし今回の遠征では、特に氷魔法の使い手が必要とされていた。聖騎士団に入ってから、ウィルフレッドが忠実、真面目に任務を遂行していることも評価されて、師団長会議の結果、ウィルフレッドは参加を許された。


 遠征の準備の途中、聖騎士団内に訪れていたシンシアを見かけた。幾人かの聖女達の中にいたシンシアを、ウィルフレッドは、知らず知らずに、注意深く見ていた。彼女はその視線に気がつき、こちらを向いた。

 思い切り目が合ってしまったが、ウィルフレッドは会釈だけをして、すぐに背中を向けた。が、一緒にいた聖女達と別れ、彼女の方からこちらに駆け寄ってきた。


「……あの、すみません。ウィルフレッド・フェアファクス様ですよね。わたしは王立学院に通っている、シンシア・グリーンフィールドと申します」


 ウィルフレッドは振り返り、うなずく。


「ああ。ウィルフレッドでいい」

「はい、ウィルフレッド様。わたしのことはどうぞシンシアと」

「よろしく、シンシア嬢。……すまない、先程は。君を不躾に見てしまった。学院の生徒だと思ったから」

「いいえ、そんな」

「他の聖女達は行ってしまったが、いいのか?」

「はい。仕事は終わりましたから。わたしも、学院に戻るところです」

「それで、俺に何か?」

「はい。あの……」


 シンシアは多少言いづらそうに、しかし、ややして意を決したように言った。


「ウィルフレッド様に、何か強い魔法が、説明はできませんが、異質な魔法がかけられているのを感じます」

「…………」

「実は、学院でウィルフレッド様を初めて見た時から気になっていたんです。でもなかなか、話し掛ける機会もなくて」


 驚きながらウィルフレッドは、自分の両手を見る。魔力を込めれば、冷気が周囲に漂った。夏の高い日差しに照らされて暑くなった聖騎士団の回廊が、ほんの少し温度を下げた。


「特に問題は、ないが……」

「ウィルフレッド様の使う魔法とは違うものです。上手く説明はできませんが……。わたしは感じるだけなので、もう少し魔法に詳しい人でないと。相談できる人がいますから、良ければ一緒に行きませんか? 多分、今すぐに悪い影響があるとか、そういう魔法ではないと思いますが、一応調べた方が……」


 自覚はないが、ウィルフレッドは一度死んだという、普通ではない状態だ。何か関係があるのかもしれないと、ウィルフレッドも内心で考える。

 シンシアが、ウィルフレッドを心配してくれているのは分かった。かつての人生では、挨拶以外ほとんど話したことのなかったシンシアと、こんな形で接点ができるとは思っていなかった。


「二週間後には遠征に出る。それから戻ってくるまで、最短でも一週間はかかると思う。遠征が終わるまでは時間が取れない。自分の都合で、他の聖騎士に迷惑を掛けるわけにはいかない」

「はい、ではお戻りになってからでも」

「分かった。ありがとう。わざわざ声を掛けてくれて」


 素直に感謝を述べると、シンシアは嬉しそうに笑みを浮かべた。


「いえ、そんな。突然声を掛けたのに、信じてくださってありがとうございます」

「信じるよ。君はとても才能のある人だと聞いた」

「そんなことは、ないです」


 恥ずかしそうに謙遜したシンシアと、ウィルフレッドは学院に戻る。

 敷地に入ったところで、セオドリックとテレンス、そしてアシェリーと出会った。シンシアはセオドリックを前にして、あわててスカートを軽く持ち上げて、挨拶をした。ウィルフレッドも無言で頭を下げた。


「……ウィルフレッド。彼女か?」


 シンシアに興味津々な様子で言ったのは、テレンスだ。顔を上げたウィルフレッドは、テレンスを少し睨む。


「違う」

「冗談だって」


 笑ってテレンスは、シンシアを覗き込む。


「こんにちは、シンシア嬢。同じ学年だから、君のことは知ってるよ。噂通り、すごく可愛いね」


 にこっと笑うテレンスに、シンシアは逃げるようにウィルフレッドの後ろに隠れてしまった。ウィルフレッドはやれやれと溜息をついた。

 テレンスはこんな風に、誰とでも距離感がなくて、気安い。つい堅苦しくなるウィルフレッドとは、丁度良いバランスだなと、かつてのセオドリックが笑ったことを思い出す。

 そんな記憶がまた、ウィルフレッドの胸をちくりと刺した。運命が変わってしまったから、もう手にすることのない優しい記憶。


「テレンス、彼女が困っている」

「はいはい。ごめんって」


 セオドリックはちらりとシンシアを見ただけで、特に何も言わなかった。あの時のような、熱を含んだ視線はそこにはない。前の人生で、二人がどうやって出会ったかも、ウィルフレッドは知らない。同じ学年だから、学院内のどこで知り合っても不思議ではないが。

 多分セオドリックは、ウィルフレッドを警戒して、アシェリーの側にいる時間が多くなっているのだと思う。知り合って間もなく、人間性もまだ分からないウィルフレッドから、突然告白された婚約者を守ろうとするのは当然だ。かつてだってセオドリックはアシェリーを、家族と等しい存在だと、大切に思っていた。もしかしたらアシェリーに対するセオドリックの気持ちも、今は変容しているのかもしれない。


 すっかり変わってしまった運命。それはシンシアも同じだ。ウィルフレッドは自分の背中に隠れるシンシアに、肩越しに視線を送った。

 もしかしたら、セオドリックから愛されるというシンシアの未来を、ウィルフレッドは潰してしまったのかもしれない。だが高位貴族ではない彼女が、セオドリックの配偶者として選ばれるとも思えない。そしてかつて、シンシア自身が、セオドリックをどう思っていたかも、ウィルフレッドは知らない。


 無力な自分に、ウィルフレッドはどうしようもなく気持ちが落ちるのを感じながらも、それを顔には出さずに、気を取り直すように息をついた。


「セオドリック殿下、失礼します。行こう、シンシア嬢」

「はい。失礼いたします」


 もう一度礼をして、ウィルフレッドはシンシアと一緒に彼等の前から立ち去る。アシェリーの隣を通り過ぎる際、一瞬、アシェリーと視線が交わる。


 彼女はすぐに目を逸らした。ウィルフレッドも僅かに目を伏せて、胸の奥底の感情に目を向けないようにした。

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