土の性質変化じゃなくてよかったよ①
「きみ、剣道部に興味はないか?」
「すいません、もう入る部活、決めてるんですよ」
目の前で繰り返される1年生と上級生のやりとりを眺めながら、小野桂は時間を潰していた。
同じ制服だよな? どうして1年生だって見分けがつくのだろう。というか、見分けがつくはずなら、自分にも声をかけてきてほしい。
入学式を終えたのはつい昨日のことで、今日からは早くも部活動見学の期間となっていた。
第3校舎の1階から3階、多くの部活がブースを設けて説明会を実施していた校舎の階段を上下に行き来して品定めをしている1年生と、それを取り合う上級生の構図が出来上がっている。
2階の階段隅で桂は人の流れを見つめることしかできなかった。
「おーい、歩行の邪魔になるから、部活勧誘は各ブースで実施しろぉー!」
教師の掛け声などお構いなしに廊下は勧誘する生徒で埋め尽くされていた。
それほど人混みで溢れかえった場所に、1人で突っ込めるほどの勇気はない。かといって階を移動したところで、どこも風景は同じだろう。
ここで、村瀬雄一郎を待ってから、かれこれ20分ほど経過しているが、それまで桂に部活勧誘を試みたのは電子基盤研究部と、生徒生活支援研究部の2つだけだ。
自分と同じように、階段隅で待ち合わせをしていそうな他の1年生でもひっきりなしに勧誘されているにも拘わらず、桂はわずか2つ。
電子基盤研は名前のとおり、パソコン類をいじいじする部活だろう、とすぐに察した。だって勧誘してきた部員が、それっぽかったからだ。それっぽいというのは、いささか失礼なはなしだが、そのなんというか、うん、眼鏡の感じがそれっぽかったのだ。
しかし、生徒生活応援研究部に関しては、なんなん? って感じである。はなしを聞くためだからとブースに誘われたが、低調にお断りした。
桂はマニアックな部活にしか勧誘されないことに対して軽く不安を覚えた。
どうせ、勧誘されるならもっとメジャーな部活に勧誘されてみたかった。
サッカー部とか……
いや、さすがにそれは嘘だ。サッカーは好きだが、サッカー部は好かん。ボールは友達になれるが、ボールと友達のやつらとは友達になれそうにないのは、中学のときにしっかりと学んでいた。
まあ、まず勧誘されるはずもないか。
「いgさkkー部に興味はないか?」
目の前には、サッカーボールを小脇に抱えたガタイの良い生徒が立っていた。
「え?」
「囲碁サッカーにはきょうm」
「あ、ないです。大丈夫です」
そうか、といって、生徒は人込みの中へ消えていった。
大丈夫、大丈夫。サッカー部。今のはサッカー部だ。断じて囲碁サッカー部ではない。いたって普通の部活だ。ふつうの部活にようやく誘われたのだ。わけのわからない部活にしか誘われないというジンクスを破ったのだ。
「ねえ、かるた部、興味ない?」
女子生徒の集団が袴姿で、自分と同じようなパッとしないタイプ男子グループに群がっている。
かるた部か。そういえばこの学校のかるた部は全国大会常連校だったけかな。
桂は横目でかるた部の勧誘を伺った。
あのかるたの漫画読んでましたよ。袴可愛いっすね。一緒に写真撮っていいすか。
パッとしない男子グループの会話から、俺たち女子と会話するの慣れてますよ、という雰囲気が滲み出ていて、少しイラッとした。
すると、「やってんねえ。宮祭りレベルに混んでるじゃねぇか」明らかに桂に向かってはなしかけているような声のボリュームですぐ横から声がする。
ようやく待ち合わせ相手の雄一郎が来たのかと、察して安心する。
ったく、おせーよ。
桂はあえて雄一郎の声に気づいていない風を装う。そうすることで、1人で待っていても全く心細くなかったということをアピールした。
「もしくは、鬼怒川の花火大会か」
わかった。わかった。もう下手な地元の例えはいいから。
すっかり安心しきってから桂は顔を横に向ける。そこには待ち合わせ相手の村瀬雄一郎が……
だれだ!
そこには仮面ライダーの敵戦闘員であるショッカーの全身タイツに身を包んだ男が立っていた。しかし、マスクは付けずに、顔から上だけは出している。しかもただ顔を出しているだけではなく、金髪にオールバック、しかもピアスまで開けているという、見るからに不良といった感じの男子生徒だった。
「最近の特撮について、どう思う?」
諸々の会話をはしょりすぎだろ!
「五代雄介って誰か知ってる?」
まず、お前が誰なんだよ!
「そうだ、これやるよ」
男子生徒がタイツの首元に手を入れてから、折りたたまれたチラシと、手のひらに収まる大きさのビニール袋を取り出した。
チラシとジッパー付きのビニール袋を拒否する暇も与えず桂に握らせる。
チラシはどこか湿気っており、蛍光灯の光に当てれば反対側が見えそうだった。加えて、袋の表面もどこか湿っており、妙に生暖かい。べとべとという擬音語が頭の中を這いずり回ってくるような不快感を覚える。
「安心しろ、おれの汗で湿っているだけだから」
よかったー、安心したー。この人の汗なんだー、とは当然ならない。
桂は冷静さ保とうと必死だった。今の状況を整理する。
入学して2日目。慣れない高校生活。恐らく上級生。今まで無縁であった不良という人種。あらゆる不利な条件が揃っている。
逃げられる気がしない。
「それ、岩船山の砂。地元が栃木だから、やっぱ1度は行かなきゃって思って」
心なしか桂と同じように待ち合わせをしている1年生が、桂とこの金髪から目を反らしているように見える。どうか、そのチビメガネは犠牲になってもいいから、わたしたちには絡まないで、と無言で語っているように見えて仕方がない。
自分だってこんな人知らないです。と桂は弁明したい気持ちでいっぱいだった。
「砂、嬉しい?」
嬉しくねえ―よ!
砂、嬉しい? っていう日本語がまずおかしい。
「特撮研究部入れば、そのうち岩船山行くから」
「え、はー」
桂はようやくこの男が特撮研究部の部員であることに気がつく。気がついたからといってどうするというわけではないが、このショッカーのコスプレに合点がいく。
「岩船山知らない?」
「え、まあ、はー」
「特撮の聖地だから。よかったら、来てね」
男はその場を離れる様子を見せ始める。桂は胸を撫で下ろす。
「砂、あ、ありがとうございます」
安心しきって桂はよくわからない感謝の言葉を口にした。この場を立ち去ってくれることに対する感謝も含まれていた。
「うん」
満足そうに言ってから、男は2階の廊下を奥へと進んでいった。心なしかどの生徒もその男を見ようともしない。やはりなるべく関わり合いたくないのだろう。
「おい、そこの特撮研究部! 今年もグラウンドの砂を勝手に配るなー」
教師の怒声が、人込みの中から聞こえた。
金髪にピアスは注意されないんだ、と素直に考えている自分がいた。
未熟者ですが、評価、感想等いただけましたら幸いでございます。