【短編版】騎士好き聖女は今日も幸せ
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「シベル・ヴィアス! 今このときをもって君との婚約は破棄させてもらう!」
王宮内にある大ホールに、この国の第一王子、マルクス殿下の声が響き渡った。
今はパーティーのまっただ中だったのだけど、婚約者の私ではなく、私の義理の妹と一緒にいる殿下に声をかけた途端、興奮気味にこう言われたのだ。
「……どうしてですか?」
婚約破棄を言い渡された私、シベルは殿下の突然の言葉に、首を傾げて理由を問う。
「君は義理の妹であるアニカが真の聖女だとわかった途端、彼女をいじめるようになったな」
「いじめ……?」
更に続けられた殿下の言葉と、涙目で殿下に寄り添う妹、アニカを見て、思い当たることがあっただろうかと私は頭を悩ませた。
私が幼い頃に実の母が亡くなって、父は再婚している。その連れ子が私と同い年の妹、アニカだ。
この国には約百年に一度、聖女が誕生する。聖女は、いるだけでこの国に平和をもたらすとされている。
その聖女が、我がヴィアス伯爵家の娘であると、王宮の予言者からお告げが出たのはもう七年前。私が十歳のときだった。
ヴィアス伯爵の正式な娘は私一人。それもあって私が殿下の婚約者に決まったのだけど、数週間前、突然本当の聖女は義理の妹であるアニカのほうだと、ヴィアス伯爵の後妻である継母が言い出したのだ。
何を根拠に言っているのかは知らないけど、聖女らしいことをまったくしないから、私は偽物らしい。
それに、私は見たことがないけれど、継母は聖女だけが使える聖なる力をアニカが使っているのを見たらしい。
私が真似をして嘘をつくかもしれないと言い、具体的にどのようなものだったのかは教えてくれなかったけど。
「とぼけるな。階段から突き落としたり、ドレスにワインをかけたりしただろう!」
「ああ……」
「目撃者も多数いるんだぞ!!」
殿下の言葉に、そのときのことを思い出す。
確かにそんなこともあったわね。
けれどあれは確か、階段でアニカのほうから肩をぶつけてきて、彼女が勝手に転んだだけだ。
それに、私がすぐアニカの腕を掴んだから、落ちてはいない。
目撃者がいるんじゃないのかしら?
ワインだって、やっぱり向こうからぶつかってきて、私が持っていたグラスからワインがこぼれて彼女のドレスに少しかかってしまったけど、私のドレスのほうがもっと汚れたのよね。
「他にも色々聞いているぞ。とにかく君のような女はもうここにはおいておけない! 聖女であるアニカに何をするかわからないからな! よって君は辺境の地・トーリへ追放する!」
「……まあ! トーリへですか!?」
婚約破棄を言い渡されても動じなかった私だけど、その地名には思わず大きく反応してしまった。
ああ……そんな、まさかトーリだなんて……!
トーリは魔物が多く発生している危険な地域。そして今は第一騎士団が派遣されている場所。
「そうだ。君には騎士団の寮で働いてもらうことになる。人手が足りていないからな」
「まあ、騎士団の寮で!?」
ああ……なんということでしょう。
「ああ、これは決定したことだ。今更謝ったってもう取り消すことはできな――」
「ありがとうございます!」
「……は?」
嬉しくて嬉しくて、飛び上がってしまいそう。
そんな気持ちを抑えて、伯爵令嬢らしく精一杯落ち着かせた声で殿下にお礼を言った。
それでもやはり声が弾んでしまっていたような気がするけれど。
「あ、ありがとうだと!? 君は何を言っているんだ!? トーリは今、魔物の脅威にさらされている危険区域だぞ? わかっているのか!?」
「ええ、第一騎士団が派遣されているところですよね」
「そうよ、お姉様はその騎士団の寮で働かされるのよ!? 野蛮な男ばかりの、騎士団の寮で……!!」
「喜んで!!」
「……は?」
今度はアニカが殿下にくっつきながら言った。
この子って、か弱い見た目に反して気が強いのよね。皆気がついていないようだけど。
五年前に父が亡くなってからは、ヴィアス家の古くからの使用人が一掃され、継母に言いつけられた新しい使用人は私のお世話をしてくれなくなった。
継母は、自分の娘ではなく、私が聖女で王子の婚約者に選ばれたことが、相当面白くなかったらしい。
だから私は、食事や洗濯、掃除も自分でやらなければならなくなった。
まあ、やってみたらそんなに苦ではなかったのだけど。
そういうわけで、確かにトーリは危険なところだけれど、それよりなにより、魔物の脅威を食い止めるために派遣されている第一騎士団の寮で働けるなんて……!!
……ああ、神様っていたのね!!
今までずっと、誰にも言えずにいたのだけど、私は筋肉が……いいえ、騎士が大好きなのだ。
高位貴族の令嬢なのに、気持ち悪いとか、悪趣味だとか、はしたないと思われるということはわかっている。
だから今まで、誰にも言わずに生きてきたのだ。
でも、これからはそんな大好きな騎士の方たちのところで働けるの……?
きっとこのために私はこの五年間、家事をやらされていたんだわ。そうとすら思える。
だって騎士の皆様に料理が下手だとか、掃除もろくにできない役立たずだと思われずに済むものね!
ああ、殿下……そしてお義母様、アニカも。ありがとう!!
殿下のことも嫌いではなかったけれど、興味はなかった。
だって殿下って、とても細いんだもの。
殿下のことをすらっとしていて素敵だと言うご令嬢もいるけれど、私の好みはそれではない。
ああ、そういえばアニカは殿下のことを素敵だと言っていた気がする。
けれど私は、騎士のように男らしく鍛えられた筋肉と、たくましく大きな体躯が好み。
王宮騎士団――その中でもとくに第一騎士団の方たちは選りすぐりのエリート部隊。
子供の頃に、今は亡き父について騎士団の演習を見学して以来、私は騎士団の虜。
国を守るために命をかけて戦う姿も、光る汗も、服の上からでもわかる引き締まった筋肉と体躯も……すべてが格好いい!!
あれはまさに芸術品。
見ているだけで心が満たされるの。今まで誰にも言えなかったんだけどね。
その後まもなく、線の細い王子との婚約が決まってしまい、とてもがっかりしたけれど、まさか今になって第一騎士団がいる寮で働けるなんて……!
「ありがとうございます、殿下! アニカ、妃教育は大変だと思うけど頑張ってね! それから、真の聖女としてよろしく! それじゃあ」
そうと決まればすぐにうちに帰って出立の準備をしなくては。
こんなつまらない、堅苦しい貴族のパーティーなんてさっさと帰ろう。
そうして翌日には辺境の地、トーリ行きの馬車に乗りこんだ。
そして私は、うきうきと弾む気持ちを抑えて数週間をかけてトーリへとやって来たのだった。
*
「シベルちゃん、いつも美味しい食事をありがとう!」
「シベルちゃんの作る料理は本当に美味しいよ!」
「うふふ、よかったです。私も皆さんに喜んでいただけて本当に嬉しいわ」
トーリにやって来て、予定通り騎士団の寮で働くようになり、ひと月はあっという間に過ぎた。
この五年で鍛えた料理の腕で騎士の方たちは私が作る食事を喜んで食べてくれる。
その食べっぷりがまた本当に男らしくて、見ているだけで楽しい。
マルクス殿下との食事はいつも静かで、お上品で、とてもつまらなかった。
まあ、王族や高位貴族はそれが普通なのだろうけれど、私が好きなのはやっぱりこっちだ。
その爽やかな笑顔を向けてくれて、男らしい声で名前を呼んでくれるだけで、私はとても幸せ。
ここに来てよかったと思える。
殿下とアニカは、男ばかりの騎士団に若い私が放り込まれたら酷い目に遭うとでも思っていたのだろうけど……第一騎士団の方たちは皆とても紳士。それでいて気さくで、私に優しくしてくださるのだから、言うことなし!
先輩寮母の方も、この危険な辺境の地にやって来た私を歓迎して仲良くしてくれているし、危険なことは今のところ何一つ起きていない。
きっと騎士の方たちが守ってくれているからだと思う。
「シベルちゃん、食器を下げるのは俺たちがやるから!」
「まあ、すごい!」
騎士の方たちは皆力持ち。私だったら一苦労な大きな食器を数枚重ねて、軽々と運んでしまう。
ああ……捲りあげた袖から覗くたくましい腕や筋が本当に美しいわ。
「ありがとうございます……」
「なぁに? シベルちゃん」
「いいえ、本当に助かります!」
憧れの筋肉を拝ませてもらいながら、私は今日も幸せな気持ちで仕事をこなす。
国を守る重要な役割を果たしている第一騎士団には、惜しみなく精のつく食材が送り届けられている。だから私もそのおこぼれでとても贅沢させてもらえている。
今までは伯爵家の残りものを食べるだけだったから、本当にありがたいことだ。
とにかく、父が亡くなってからのあの家で、私は使用人たちから無視されて、妃教育と家事をするだけの日々だったのだから、今はまるで天国。
「シベルちゃん、手伝うよ」
「レオさん」
昼食を終えて洗濯物を干していたら、今日もレオさんが手伝いにきてくれた。
レオさんは二十五歳の、優秀な騎士。
自分のことを気さくに「レオ」と呼んでほしいと強く希望したので、私はそう呼ばせてもらっている。
黒々とした髪と青い瞳、私より頭ひとつ分以上大きな身長。ひょろひょろだったマルクス殿下とは違い、騎士らしくしっかりと鍛えられた身体と、服の上からでもわかるたくましい筋肉……!
とはいえ、そこまでガチムチということもなくて、すごくちょうどいい。すごく理想的!
それに、とても優しい笑顔をされる方。
あ、優しいのは笑顔だけではなく、その性格もね。
いつもこうして、洗濯物を干す係の私の手伝いをしにきてくれるもの。
「いつも言ってますが、ゆっくり休んでいてくれていいのですよ?」
「いいっていいって。ただでさえここは人手不足だからね。俺たちもできるだけ自分たちのことは自分たちでやりたいんだ。君たちにはいつも本当に助けられているが」
「ですが、お疲れでしょう?」
「いや、最近は魔物もおとなしい。そういえば、それは君が来てからのような気がするな」
「たまたまですよ」
洗ったばかりの洗濯物を、高いところに干そうと背伸びをしていた私からさりげなくそれを受け取り、簡単にかけてしまうレオさん。
ああ……背が高いっていいわねぇ。
「まあ、もし魔物が襲ってきても、俺たちが必ず君を守るから、安心してほしい」
「騎士団の方たちは本当に心強いですね。ありがとうございます」
そのあとも、結局レオさんはいつものように世間話をしながらどんどん高い位置にある竿に洗濯物を干していってくれた。
「今日もありがとうございました」
「いや、俺も君と話ができて楽しいよ」
「まあ」
レオさんは本当にお優しい方ね。私が気を使わないようにそう言ってくれているのね。
「でも、今度何かお礼をしなければなりませんね」
「じゃあ――」
洗濯物を干し終わり、別れ際。
何気なく発した言葉に、レオさんが力強く反応した。
なんだか少しお顔が強張っているように見えるのは気のせいかしら?
「今度……休みの日に、一緒に出かけないか? 最近は本当に魔物も落ち着いているし……いや、君がよかったらで構わないのだが……!」
「まあ」
レオさんとお出かけ? なんて素敵なのかしら。
こんなに素敵な騎士様と長い時間一緒にいられるなんて、これ以上ないご褒美だわ。
「私はもちろん構いませんが……そんなことでよろしいのですか?」
「もちろん! ぜひ君と出かけたいんだ!」
レオさんは凜々しい眉を優しげに下げ、嬉しそうに笑った。なんだかとても可愛いわ。
「それでしたら、ぜひ」
私もにこりと微笑んで答えると、レオさんの頰がほんのりと赤くなった気がしたけれど……きっと気のせいね。
「よかった。それにしてもシベルちゃんが来てくれてとても助かっているが、どうして君のような伯爵令嬢が王子に婚約破棄されてこんなところに追放されたのか、本当に不思議だな」
「真の聖女である妹をいじめたからだそうですよ」
ふぅと息を吐いて、力んでいた肩の力を抜いたレオさんは、もう少しお話を続けたいようだ。
レオさんが洗濯物を干すのを手伝ってくれたおかげで、私も次の仕事までまだ時間があるから、そのまま付き合う。
「はは、いつもそう言うが……君がいじめなんて、やはり信じられないな。伯爵令嬢でありながらこんなに家事ができて、健気で優しい君が、妹をいじめた?」
レオさんはいつもそう言ってくれる。十歳のときに婚約したマルクス殿下は、妹の言葉をあっさり信じたというのに。
「それに、君の妹が真の聖女というのも、本当なのかな。マルクス王子は一体何を根拠にそう言っているのだろうか」
「さぁ? 義母の言葉を信じているようです。ですが、殿下がそうおっしゃるのですから、そうなのだと思いますよ」
予言者がそう新たに告げたわけではないけれど、確かにはっきり私が聖女だと言われたわけでもない。
アニカだって、お告げが下りたときは一応ヴィアス伯爵家の娘だったのだし。
「だが、聞いた話だと新しくマルクス王子の婚約者になった君の妹は、妃教育に早々に音を上げて、我儘放題言って皆を困らせているらしいな」
「まあ……それは大変ですね」
今となってはどうでもいいことだけど、その様子は容易に想像できる。
マルクス殿下もなかなか自分勝手な方だったけど、アニカも相当我儘だった。
だから、ある意味お似合いの二人だと思った。まあ、性格が似ていればうまくいくとも限らないのだろうけど。
「……ともかく、そのおかげで君がここに来てくれたのだから、俺たちは本当に助かっているのだがな」
「ふふ。私も、以前の生活より今のほうがずっと楽しくて充実していますよ」
「噂では、マルクス王子が近いうち廃嫡されるのではないかとも言われているよ」
「まあ」
それも、そうだろうなと、想像できる。
お会いしたことはないけれど、正妃の子ではない、王位継承権第二位の彼の兄のほうが優秀であるという話は何度も耳にしていたし。
マルクス殿下はそのせいでろくに調べもせずに、焦って妹や継母の言葉を信じてしまったのでしょうけど。
だけど、「そういうところよ」という言葉を贈りたいと、強く思う。
これでもし……もしも、アニカが真の聖女ではなく、やっぱり私が聖女だったら……マルクス殿下は聖女を勝手に追放した責任を取らされて、間違いなく廃嫡されるだろう。
それに、嘘を殿下に吹き込んだ継母とアニカだってどうなるかわからない。
でもそれも、彼らが自分で選んだことなのだから……自業自得ね。
「できることなら、俺はこれからもずっと君と一緒にいたいな」
「え?」
あまりに真剣なレオさんの声色に、ぱっと彼を見上げると、とても熱を孕んだ瞳でこちらを見つめていた。
「もちろん! 私はこれからもずっと第一騎士団の皆さんのお役に立ちたいです」
「……ああ、そういう意味ではないのだが」
「?」
レオさんは少し照れたような顔で笑って、頭をかいた。
どういう意味なのかはわからないけれど、きっとこれからも私はとても幸せで充実した毎日を送れることになるだろう。
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作者、他にも騎士多めの恋愛メインのお話を書いておりますので、騎士好きさんはぜひぜひ他のお話も覗いてみてください(*^^*)