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ショッピング&クッキング

 奇跡が起きた。

 味噌が、味噌があったのだ。


 神様は俺を見捨てていなかったのだ!!


「あ、いえ、違いますよ」


 そんな俺の喜びなんか知るわけないでしょ、みたいな、事務的な声と表情で言ってきたのは、味噌の存在を俺に教えてくださった女神様――もといミレーヌさん。


「今でこそ普通に買えるようになっていますけど、元々はこの世界には無かったものだそうですよ」


 そういうミレーヌさんの説明は、こうだ。


 昔から異世界転生が行われてきたこの世界には、常に一定数の異世界人が住んでいた。

 大抵はこの世界に順応して、異世界人同士で結婚したりこの世界の異性と結ばれたりして順応していった。

 だけど、一部にはこの世界に馴染めずに生涯苦労したり、非業の死を遂げる人もいたらしい。

 そんな人達が一番苦しんだことが「味の違い」だ。


「特に意見が多かったのが調味料ですね。食材の違いはある程度は許せても、慣れ親しんだ味に二度と会えないと絶望する異世界の方は少なくなかったようです」


 そんな、身近で切実な問題に立ちむかった、タナカという一人の偉大な異世界人がいた。

 彼は強力な魔法の使い手だったそうで、元の世界にあった作物と似た品種を探し出すと、自分の魔法を活用して促成栽培と品種改良に乗り出した。

 彼の賛同者に味見なんかの協力を得た結果、その生涯を終えるまでに味噌や醤油といった日本のものはもちろんのこと、海外の基本的な調味料の再現の道筋をつけてしまったのだそうだ。


「異世界出身の方達の中には、魔王討伐の勇者よりもはるかにその功績をたたえている人も多いくらいでして――って、何で泣いてるんですか!?」


「これが泣かずにいられますか!!」


 決めた。

 これまで特に神に祈ったことなんかなかったけど、これからは毎朝タナカ神に感謝の祈りを捧げることにしよう。


「あ、でもタナカさんの功績はそれだけではなくてですね、かの魔狼将軍ケルディウム討伐で勇者に月光魔法を授けたりとこの世界の住人にとっても」


「そんなことはどうでもいいんです!!」


「え、ええぇ……」


 今はタナカの話はどうでもいい!それよりも味噌だ!


「ミレーヌさん。そういう歴史があるなら、味噌を手に入れるには王都の市場に行けばいいってことなんですよね?」


「は、はい。タナカさんの遺志を引き継いだ子孫や賛同者の方達が、それらの流通を今も行っていますから、王都はもちろん大抵の街で売られているはずですよ」


「法外な値段で売られているとかでもなく?」


「はい。タナカさんの遺言で、生産コストに見合った価格を維持するようになっているそうなので」


「じゃあ行きましょう!!」


「ええっ!?ちょっとシュンイチさん!まだ支度金の説明もしていませんよ!ていうか勝手に外に出ちゃ駄目ですって!ああもう!!」


 後ろでミレーヌさんが何か言っている気がするけど、味噌をこの手にするまでは、豚汁をこの胃袋に収めるまでは、俺は止まらないし止めるつもりもない。

 さあ、市場まで一直線だ。


 レッツショッピング!!






「はあ?金貨五枚が何円かだって?わけのわからないこと言ってんじゃねえぞ!――って言ってやりたいところだが、王都でそれなりの商人のプライドがあるからな、一応、異世界の貨幣の一通りのレートは頭に叩き込んであるんだよ。ずばり、金貨五枚は……あ、なんだよ、連れは王宮の御役人様なんじゃねえか。ちっ、もったいぶりやがって。俺なんかよりもそっちの役人の姉ちゃんの方が詳しいだろうぜ。ほれ、言ってやれよ、こいつが一体何をいくらで買おうとしているのかをよ」


 王宮を出ようとしたところで衛兵に止められ、そこから先は追い付いてきたミレーヌさんの案内で王都の市場へ。

 その中でも「ここならある程度信用が置けますから」というミレーヌさんの言うがままに、市場の中でも目抜き通りにある二階建ての建物の中に入って、さっそく目についた食材の値札『金貨五枚』を見て、にやけ面で近づいてきた中年のオッサンに訊いた。


 ここまでが一連の行動。

 ちなみに、俺の豚汁センサーに引っかかった食材というのが、赤くて、細いドリルのような形をしていて、青青しい葉っぱがついている、子供の嫌いな食べ物の代表みたいな野菜。

 サイズが一回りくらい小さいから同じかどうか自信はないけど、元の世界じゃニンジンと言っていたやつだ。


 そして俺は、オッサンの言うところの役人の姉ちゃん、ミレーヌさんに尋ねた。


「ミレーヌさん、このニンジンの金貨五枚って、何円なんですか?」


「五万円です」


「……ゴエンデース?」


「いえ、五万円です」


「一箱で?」


「いえ、ここにある一本で、五万円です」


「……はああ!?」


 ニンジン一本五万円!?

 なんの冗談?それとも俺を騙そうとしてるのか?

 それとも、噂に聞いた闇の組織、『赤だしシジミの味噌汁こそ至高の一杯』の手がこの世界にも!?


 だが、俺の想像の全部を否定するように、ミレーヌさんの首がはっきりと横に振られた。


「シュンイチさんの世界の食糧事情はよく分かりませんが、この『アカリュウソウ』は食材というよりは薬の原料として使われていまして、これだけ形と大きさがよいものなのに金貨五枚というのは、ちょっと信じがたい値段ですね」


「へっへっへ、そこはまあ、俺の実力と伝手と運がよかった賜物だな。聞いた話によると、アカリュウソウを栽培しているどっかの貴族領で滅多にない大豊作になっちまったらしくてな。そのほとんどは領主がタダ同然で召し上げて倉庫に寝かせてあるって話なんだが、ごく一部が闇のルートを通じてこうして入って来てるってわけよ」


「本当ですか?」


「疑うんなら、王宮の報告書を調べてみるといいさ。少なくとも俺は、真っ当な手段でこいつを手に入れているからな。まあ、命がけで王都くんだりまで運んできた奴は、とっくの昔に帰り路に就いているだろうがな」


「……あとで調べてみます」


 当然、そんな話なんかは俺の耳を右から左へと抜けていくだけだ。


 ニンジン一本五万円!?


「それで、あんちゃんはアカリュソウを買うのかい?買わないのかい?」


「いえ、それは……」


 ちなみに、ミレーヌさんが言うところの「支度金」とやらは、俺が自由に使っていいものらしい。

 その額、なんと金貨百枚。

 今さっき、金貨一枚が一万円くらいだって教えてもらったから、日本円で約百万円だってことは分かる。

 聞いた時には、王宮もずいぶんと太っ腹だなと感心したが、元々の目的はこの世界で何かしらの役に立たせようというもの。

 そう考えると、百万円という金はそんなに高く感じなくなる。

 まだ詳しくは聞いてないが、この王都を一歩出れば魔物やらなにやらそこら中に危険が転がっているとかで、そんな中で活動しようとしたらそれなりの装備と準備が必要になるだろう。

 支度金の金貨百枚は、まさに命の金ってことになる。


 まあ、そんなことよりも豚汁だ。


「あ、あの、シュンイチさん、気持ちはわかりますけど、ここは別の食材で代用した方が……」


「買います。二本」


「毎度アリ!!」


 隣でミレーヌさんが何か言っている気はしたが、まずは豚汁を作ってからだ。


 レッツクッキング!!

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