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造花街・吉原の陰謀  作者: 野風まひる
双子の幽霊編
44/180

19:三竦み

 一瞬感じた晴朗の威圧感は、既に消え去っていた。そしてこのギスギスとした雰囲気。明依は変に冷静になっていた。


 隣には〝吉原の厄災〟と呼ばれて恐れられる終夜。逆側にはその終夜すら面倒だという言動が謎で、顔以外の肌が露出していない警備員、晴朗が肩を抱いて離さない。その向こうにはいろいろとミステリアスな満月屋の楼主、宵がいる。


 こんなん、ほぼ乙ゲーじゃん。みんな、キャラ濃すぎじゃん。


 いやでも、メタ思考すれば、キャラ三分の二と危うくベッドインしかける乙ゲーなんて泥沼すぎるだろ。

 それはもはや乙ゲーではなく、展開としては間違いなくエロゲーじゃないか。


 そう思った明依は、冷静という言葉の解釈を間違っているだけだ、考え直せ。と言い聞かせて深く息を吐き捨てた。


 笑えない程その泥沼に悩んでいたくせに、そう俯瞰(ふかん)して見てみれば他人事のように思えてきて、考えても仕方のない事だと思えてくる。


 結局自分の事なので同じように悩むのだが、少し気が楽になった気がした。それにしても考えた内容が低レベルな事については否定できないが。


 そのままではなんだかもやもやしたので、今ここにいるのは、ゲームで課金しまくって大金と大人として大切な何かを失った代わりに、ガチャで見事に引き当てた強キャラ3人だと思う事にした。明依の周りはいい意味でも悪い意味でも華やかだ。


「あの、晴朗さん」

「はい」

「これに何の意味があるんでしょうか」


 明依は未だに肩を掴んではなす気のない晴朗に向かってそう問いかけた。


 気があるなんて微塵も思っていない。晴朗から、仕事ですよね。と言われればそれで納得する。

 これは様々な男性を見てきた勘だとしか言えないが、どうしても晴朗が羽目を外して女に(うつつ)を抜かすタイプだとは思えなかった。


 だからこの行動がどうして必要なのか全く理解できない。『期待しています』と意味深に言葉を残して去っていったのは、否定してもなお終夜が明依に好意を寄せていると思っての事で、今もまだその考えを改めてはいないのだろうか。


「死にたくなかったら、黙ってその男に酒でも注いでなよ」


 終夜は冷たい口調でそう言い放つと、酒をあおった。なんでちょっと喋っただけでアンタに殺されないといけないの。という疑問が頭の中に浮かんだが、ややこしくなりそうだったので必死に飲み込んだ。


「黙って酒を注ぐなんてつまらないじゃないですか。ここは妓楼です。イチャイチャしましょう」

「……は?」


 晴朗の発言に声を上げたのは、明依ではなく終夜だった。


 明依はと言えばいろいろと驚きすぎて声も出なかった。晴朗は涼しい顔で毒を吐き散らかして、ことごとく終夜のペースを崩していく。アプローチの仕方は違えど、終夜のペースを崩すことが出来るのは、丹楓屋の勝山に次いで二人目だ。貴重な人材であることには違いないと思った。


 それに、今まで『イチャイチャしましょう』なんて誘われ方をした事はない。イチャイチャって具体的にどうしたらいいの。ひと様に見せていいイチャイチャってどのあたりまでなの。そもそも、イチャイチャの行きつく先なんて一つに決まってるじゃん。と、明依の脳内で〝イチャイチャ〟がゲシュタルト崩壊したあたりで、終夜は深くため息をついた。


「頼むから、他所でやってよ」

「終夜は目の届かない部分は守備範囲外のタイプでしたか」

「もう勝手に言ってなよ」

「骨抜きにされているという噂は尾鰭(おひれ)が付いただけなのだとしても、あなたは何か理由があってこの遊女に干渉している事実は変わらない。僕にとっては、理由なんてどうでもいいんですよ。ただそれが使()()()()なのであれば」


 人の事をまるでモノみたいに。そう思ったが、雑な扱いを受ける事は終夜で慣れていてとっくに耐性がついている様だ。慣れというのは恐ろしい。


 終夜が明依に絡んでくる理由なんて、十中八九宵への嫌がらせだろう。〝今まで通り目立たず騒がずしていろ〟という理由だって、宵を頭領に推薦させないための手段の一つでしかない事は分かっている。それを随分と前から想定して動いていたなら、悔しいがさすがという他言葉は出てこない。


「晴朗さん。俺には今のあなたの発言が、彼女を一人の人間として尊重した言葉には聞こえなかったのですが」


 今まで黙っていた宵が発した声色は、とても重い。


「返答によっては、」

「えっ宴会というのは……!」


 宵の言葉を遮り明依がそう切り出した事によって、辺りは再び静かになった。

 宵と終夜の関係が悪いのは当然だが、どうして三人でこんなにギスギスしていて、ややこしい事になっているんだ。


 しかし、もう考えたって仕方ない。ここは妓楼の座敷だ。客の好き勝手にさせていいのか、遊女がコントロールしなくてどうするんだと、明依は自分に落ち着けと言い聞かせた後、ゆっくりと息を吐き捨てた。それからはいつものように、薄い笑顔を張り付けた。


「宴会という言葉は、〝(うたげ)〟の〝(かい)〟と書きます。〝(うたげ)〟と言う漢字は、〝(たの)しむ〟と読みますし、その一文字で酒を飲みながら楽しむ事という意味があります。ご存じでしたか?」


 誰に向かってこんな丁寧な口調で話しているのか、明依自身にもよくわかっていなかった。しかし座敷で使う廓言葉とも違う口調にも関わらず迷わず言葉が出てくるこの感覚は、酔った質の悪い客を相手にしている感覚と似ていた。


 明依はすでに空になっている三人の猪口に順番に酒を注いだ。


「大人数が集まって酒を楽しむ場を〝(うたげ)〟というのです。羽目を外して嫌な事を忘れる場で、嫌な気持ちになるなんて馬鹿げています。まずは、飲みましょう」

「明依ちゃんの言う通り」


 清澄は頷きながらそう言うと、明依の元に歩み寄って持っていた猪口を差し出した。


「終夜くん、晴朗くん。この宴会は、主郭が妓楼に権力をひけらかす為のものでも、我々だけが楽しむ為のものでもない。妓楼と主郭の間にある溝を少しでも小さくして、繋がりを今一度確かめる貴重な機会。特に満月楼は、吉原指折りの妓楼だ。どちらが欠けても、吉原は円滑にまわってはいかない」


 明依が猪口を両手で受け取ると、清澄は穏やかな顔で酒を注いだ。


「満月楼、竹ノ位の別嬪さんがこれだけ集まって顔をゆっくり見せてくれる機会なんて、そうあるモンじゃないさ。無粋な事を言うのはやめて、我々も少しくらいいい顔をするとしよう」


 清澄は自分の席に戻ると、猪口を持ち上げた。


「気を取り直して。吉原の未来に」


 その声に、明依も同じ様に猪口を少し高い位置まで持ち上げた。口々に「吉原の未来に」と言いながら男達は猪口を持ち上げている。


「吉原の未来に」


 宵もそう告げて、猪口を持ち上げた。


 『もしも、俺か終夜か。どちらか一人しかこの吉原に存在することが許されないとしても』

 あの時、宵は何を思ったのだろうか。終夜が気に入らない宵を消すつもりなら、自分も終夜を消すつもりでいる。そんな意味なのだろうか。


 だったら終夜は一体今、何を思っているんだろうか。明依は横に座る終夜を盗み見た。


「吉原の未来に」


 終夜はそう言って、例に漏れず猪口を持ち上げた。そして顎を引いて横目で明依を見ると、ニヤリと挑発的でバカにした様な笑みを浮かべた。明依の心臓は、嫌な音を立てた。まるで心の内を見透かされている様な気がして、すぐに視線を逸らした。


 それから徐々に、座敷の中には会話が増えてきた。本来、酒の場というのはこういうものであるべきなのだ。その雰囲気の中、三人は未だに口を噤んだままだが。


 きっとこの場に晴朗がいなければ、挑発的な終夜の発言を宵が大人の余裕で受け流すという形で会話が成立していたのだろう。


 明依はふと、雪と双子の幽霊を見た。「こうやって書くんだよ」と言いながら雪が紙に書いた字を、海が真似して書いている様だ。その様子を空が見ている。


 『外部に漏れたら困る情報を、文字で残すにはリスクがデカすぎる』と以前空が言っていたが、そもそも双子は字を書くことが出来ない様だ。そして誰も、子ども達を気にかけない。

 本当にこの街は、時代に取り残された様な場所だ。


「雪をそろそろ施設に戻すよ」

「……雪はここを気に入っている。無理に引き離すのは可哀想だ。それに、うちの妓楼にはまだ吉野大夫もいる」

「雪は日奈が吉原にいる事が前提で、満月楼に来たんだ。いつ去るかもわからない人の世話役こそ、可哀想だろ。吉野大夫が想定よりもずっと早く吉原から出たら、雪はその時点で別の場所に移動しなければいけない。だったら最初から、って考えるのは当然だと思うけどね」


 日奈が亡くなった時点で、雪は本来この妓楼にはいられないのだ。行動が遅くなったのは、主郭が旭と日奈が死亡した事で混乱し、後処理に追われていたからに違いない。


 終夜の言葉に、宵は押し黙った。このまま見て見ぬふりをして、本当にいいのか。『明依お姉ちゃんの事が大好き』と言ってくれた雪に対して、何一つ出来ないままでいいのか。


「どうしたら雪は、ここにいられるの?」


 答えは当然わかっていた。何かひとつくらい他に方法がないのだろうか。そんな縋る様な気持ちもあった。

 終夜は明依の顔を見て、ニコリと笑った。


「吉野大夫以外の、松ノ位がいれば」


 わかっていた事だ。雪は特別なのだ。日奈や明依同様、大夫と呼ばれる人間の側で学ぶことで、吉原で生きていくための道が約束されている。わかっている。自分自身の失態が原因で、終夜によってその道が閉ざされた事も。


「終夜、私まだここにいたい」


 少し遠くから聞こえた声に、明依と宵、それから終夜は顔を向けた。


「まだ明依お姉ちゃんと一緒にいたい」

「ダメだ。わがままは聞かない」


 どこか叱るような口調でそう言い切る終夜に、雪は俯いて肩を落とした。


「アンタ、本当に人たらしだね」


 終夜はそう言って、雪から明依へ視線を移した。

 自分の無力さを、ただ憎んだ。


 あの時、あんな失態を犯さなかったら。でもきっと、明依を松ノ位にさせない事が目的なら、終夜はあの手この手で明依の手段を封じていただろう。だからただ、無力だと思った。


 終夜さえ(しの)ぐ力も頭脳もあれば、この状況を打開して雪と一緒にいられる選択肢があったかもしれないのに。


「でも安心していい。アンタに大夫は、荷が重すぎる。最初から無理な話だったんだよ」

「可能性の芽を(みずか)ら摘んだからこそできる断言だ。明依、耳を貸さなくていい」


 そう言うと宵は、終夜を睨んだ。


「終夜、お前に何が分かる。明依の努力も、覚悟の程も、何も見ていないお前に何がわかるんだ」

「甘いんだよ、宵。努力しようが覚悟しようが、結果が全て。断言してもいい。この人は、主郭さえ一目を置く〝松ノ位〟にふさわしい器じゃない。努力というのは継続し、平均して一定以上の質を保って初めて形になる。これは〝才能〟の一種だ」

「だったらどうして放っておかなかった。怖かったんじゃないのか。可能性があると思ったから」

「何事も、可能性がゼロというのはありえない。ただ、それだけの話だよ。俺が見ている限り、松ノ位に上がる事が出来る人間のパターンはある程度決まっている。規則性があるんだよ。この人は何も満たしていない」


 この状況を何とか納めないと。そう思っているのに、なんと声をかけて場を納めたらいいのか見当もつかなかった。今更この男の発言に胸を痛めてなんの得になるというんだ。


 晴朗に肩を引き寄せられたかと思えば、彼は催促するように自分の持っている猪口を差し出した。はっとした明依は、徳利を傾けた。酒をこぼす粗相はしなかったが、震える自分の手が酷くみっともなく思えて、すぐにその手を引っ込めた。晴朗はその酒を勢いよく煽った。


「アンタもわかってるはずだ、宵。この人に〝才能〟はない」

「謝るんだ、終夜」

「謝る必要はありません」


 晴朗がそう言った後、右側のすぐ側で大きな音がした。間もなく、視界の端では刀の(さや)が重い音を立てて畳に落ちた。それから空になった猪口が、コトンと音を立てて膝元に転がった。


 顔を上げて視線が絡むはずだった晴朗はいない。変わりにその向こうに座っている宵が、目を見開いて明依の後ろに視線をやっていた。


「今の発言は満月楼への侮辱(ぶじょく)とみなします。つまり終夜は今、晴れて()()粛清対象となっている訳です。おめでとうございます」


 明依は振り向いた。そこには刀身剥き出しの刀を振り下ろしている晴朗と、片手で台を持って身を守っている終夜の姿があった。

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