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造花街・吉原の陰謀  作者: 野風まひる
双子の幽霊編
41/180

16:どこまでも広い

 次の日、明依は食欲すらなく自室に籠っていた。

 結局ほとんど眠れなかった上に、解決策は何一つおもい浮かばないという生産性のかけらもない一晩を過ごした。


 昨日の夜から今日の朝にかけて、終夜と大門で出会ってから、清澄に満月屋に送ってもらうまでの流れを飽きもせず何度も何度も思い出し、もっとこうしていれば、と自分を責める工程を繰り返していた。考える事を、やめられない。


 正午過ぎ。まあ仕方ないか。なんて割り切れるわけもないが、何か行動しなければと意味もなく焦っていた。

 そしてたどり着いた結論は、たまには丁寧に自分の座敷を掃除しようという悩みを間接的にさえ解決できそうにないものだった。


 そう思い立って清掃用具室の前に来たまではよかった。

 しかし、戸の鍵は開いていなかった。


 いつも昼過ぎには利用者が増える為、清掃用具室の鍵は開けっ放しになっている。鍵を取りに行けばいいだけの話だが、その肝心の鍵は楼主の部屋、つまり宵が管理している。


 正直に言えば、宵に会うのが怖い。あの日の夜、明依は自分の座敷で中途半端に宵に縋り、次の日に宵と終夜が揉めた事で完全に距離感を掴み損ねた。


 さっさと関係性を明確にしておけばよかったものを、放置した結果、何一つ解決しないまま終夜と蕎麦屋の二階に上がり込んでしまった。

 その時点で明依の気持ち的には、宵に合わせる顔がない。だからもう、宵との関係性がどうのという話の次元ではない様な気さえしてくるのだから、堪ったものじゃない。


 おそらく、松ノ位推薦の話を明依が知っていることも、首を縦に振らなかった事も宵はまだ知らない。もし次に会った時にその話をされたら、どんな返答をすればいい。さあ、宵に会いに行きますか。と言われて、この状況の中〝はい〟と答えられる人間がいるのなら、その真意をぜひとも聞いてみたいと本気で思うくらいには、宵に会うのが怖かった。


 いっそ素直に話してみてはと頭をよぎったが、それは本当に一瞬の事だった。まず何より、そんな状況になった事を絶対に知られたくない。

 それから思い浮かんだのは、終夜の言った『〝終夜と蕎麦屋の二階に行った〟って言ってみなよ。きっとこの前以上に怖い()()()()が見られるよ』という言葉だ。


 吉野の身請け延期の話をしに来た時にもそうだったが、もしかすると終夜は宵が自分から手を出すのを待っているんじゃないかと思った。そうすればきっと、正当防衛だと正面から宵を消す事が出来るから。


 考えすぎだろうか。無実の罪で拷問にかけられた相手にさえなるべく冷静を保って接しようとする宵が、この件を聞いて激昂するとは考えにくい。しかし、〝終夜がそういうのなら〟もしかしたら。と思っている自分がいる。


「開けてあげる」

「うわッ!」


 急に気配もなく隣から聞こえた声に、明依は思わず声を上げた。すぐ横には、双子の幽霊がこっちを見て立っていた。


「びっくりさせないでよ」

「人をお化けみたいに言わないで」

「いや……狙ってたじゃん、絶対」

「宵に会うのが嫌なんでしょ」


 少女は感情の読めない表情でそう言った。心を読まれたのかと驚いて言葉が出なかった。

 しかし、あの一連の流れを見られていたのだとしたら、大して驚く事でもないのかと、明依はすでに自分の感覚が普通とずれている事を気に留めないよう努めた。


「もう少し隠密行動出来ないのか」


 少年はそう呆れた様に言ったが、少女は気に留める事もなくその場に自分の持っていた革張りのアタッシュケースを下ろしてしゃがみ込んだ。


「開けてあげる。お団子のお礼」


 少女はそう言うと、アタッシュケースを開けた。大量の鍵が、薄い板に均等に打ち付けられた金具に落ちない様に固定されて並んでいる。本のページの様に薄い板を(めく)ると、同じように均等に整理された鍵が並んでいた。


「これ、いろんな所の鍵?」

「そう。吉原にある建物全ての鍵。実は同じ鍵で開くところも、結構ある」

「これ、どこの鍵って書いてないけど、全部覚えてるの?」

「当たり前」


 少女はそう言いながら、薄い板をどんどん捲っていく。


「万が一これが誰かの手に渡った時、どれがどこの鍵だってわかったら困る」


 少年は少女が鍵を探す様子を見ながらそういった。明依は少年の持っているアタッシュケースを指さした。


「そっちのケースには何が入ってるの?」

「秘密」

「え~気になる」

「余程の事がないと使う事のないものが入ってる」


 少年は断固として教える気はないらしい。余程というのは一体どういう事なのだろう。無難に武器だろうか。


「RPGじゃないぞ」

「……ロールプレイングゲーム?」

「……話にならないな」


 なぜか呆れた様子の少年とどうして呆れられたか見当もつかない明依をよそに、少女は一つの鍵を明依に手渡した。


「ありがとう」

「自分の座敷も自分の部屋も持ってる位の高い遊女なのに、自分で掃除をするの?」

「満月屋にも清掃員はいるだろ」


 明依は少女から鍵を受け取って清掃用具室の鍵を開けた。双子の幽霊は、明依に続いて部屋の中に入ってきた。


「うん、いるよ。でも、自分の座敷と部屋をもらった時にね、誰かにしてもらう事が当たり前にならない様にって、吉野姐さまに言われたの。だから自分で掃除してる」

「かなり珍しい。ほかの店の遊女は清掃員や遣り手に任せていて、自分では何もしない人が多い」

「へーそうなんだ。考えた事もなかった。吉野姐さまも、自分の部屋は自分で掃除してるから」

「吉野大夫、出来た人」


 少女との会話が終わる頃には、明依は掃除道具が並んだ中から水を入れる桶と雑巾、それから箒を選んで両手に持った。


「それにしてもさァ……掃除道具なんて誰も取らないんだから、わざわざ鍵なんてかけなくてもいいのにね」

「酔った客が間違って入り込むことを防ぐ為に鍵をかける。妓楼ではよく、酔った客が迷子になって彷徨ってる。いろんな場所を解放していると、探すときにも面倒だから。これは満月屋だけじゃない」

「……確かに」


 確かに妓楼では毎日毎日客が迷子になって廊下を彷徨っている。ただの愚痴のつもりだったが、納得しか出来ない内容に明依は苦笑いをこぼした。


「鍵、後で取りに行く」


 双子の幽霊はそう言うと清掃用具室を去っていった。明依は一旦掃除道具を座敷に置いた後、桶に水を入れる為に客に開放していない風呂場に移動して、蛇口から桶に水を入れて持ち上げた。


 プラスチックでつくられた軽いバケツがいいというわがままは言わないし、雰囲気が大切なことは否定しない。ただ、この水桶の持ち手くらい木じゃなくてもう少し手に負担がかからない素材に出来ないものか。


 毎回毎回そう思いながら、明依は重い桶から水が零れない様にバランスを取って運んでいた。


「持ちますよ」


 声の主が誰か確認するより前に明依の持っていた水桶は強引に、しかし一滴も水が零れる事なく奪われた。


「晴朗さん」

「二階の座敷ですか?」

「はい、そうですけど、」

「行きましょうか」


 明依が遠慮の言葉を口にするより前に、晴朗は歩き出した。明依はさっさと先を歩いている晴朗に追いつくよう、小走りで走った。


「ありがとうございます。助かります」

「いえいえ。あなたが険しい顔で水桶を運んでいる所が見えたものですから。退屈していたので、どうせならと思いまして」


 明依は晴朗の隣を歩くと、彼は真っ直ぐに前を向いたままそう答えた。遊女の手伝いを進んでやるなんて、どうやら晴朗は本当に退屈で仕方ないらしい。


「バケツとは言わないから、この水桶に手が痛くならない持ち手をつけてくれないかなって思ってました」

「いろいろな所が雑なくせに、変な所に強いこだわりがありますからね」


 最初こそ強引で変人だという印象を受けたが、今となっては物静かで穏やかな人だと思う。最初のあの雰囲気は何だったんだろう。

 しかし一つ当初と変わらないのは、おそらく明依の顔は覚えているが名前は覚える気がないという事だ。


「ところで、終夜に随分と入れ込まれている様ですね」


 終夜という単語が心臓が大きく跳ねさせた後、恐怖心を掻き立てて焦燥感を煽った。


「主郭の中でちょっとした噂になっていますよ。〝あの終夜がなんだかんだと世話をやいているお気に入りの遊女がいるらしい〟って。旭といい終夜といい、あなたには他人を惹き付ける魅力があるのでしょうか。僕にはわかりませんが」

「余計な一言……」

「ああ、すみません。他意はないんです」


 他意がない事がそもそもの問題なんだけどね、と明依は深いため息をついた。事実無根なら堂々としておけばいいのに、その噂話が宵の耳に入る事すら嫌だと思っている。


 思ったよりも重症だな。なんて他人事のようにそう思うのに、そのまま割り切る事の出来ないこの感情は一体、どうしたらいい。


「その様子だと、噂は嘘みたいですね。僕はてっきり、終夜と恋仲なのかと思いました」

「あんな男と恋仲なんて、冗談じゃないです」

「しかし、火のない所に煙は立たないといいますし」

「……どういう事ですか?」


 晴朗は片手で水桶を持ったまま軽々と座敷の襖を開けると、畳の上に水桶を置いて明依に向き直った。


「期待しています」


 晴朗はそう言うと、座敷から出て襖を閉め切った。明依はしばらく晴朗が出て行った襖を見つめていた。晴朗は何に期待しているというのだろう。意味深に言葉を残して去るのは、気になるからやめてほしい。


「……やっぱり、変な人」


 思わずそう本音を漏らした後、明依は座敷に放っておいた雑巾を手に取ると、晴朗が運んだ桶に溜まった水の中に沈めて固く絞り、高い所から順に拭き上げていく。


 晴朗の『期待しています』という発言が何を意味しているのかという疑問がない訳ではないが、それほど気にならないくらいに今回の状況をどうしたらいいのか考えあぐねていた。


 一晩明けて『宵がお前に特別な配慮をしてきたのは、お前に大夫の素質があると思っての判断だと聞いた』という叢雲の言葉をやっと飲み込むことが出来ていた。

 宵はそういう事を直接口にしては言わない。負担になるかもしれないという配慮だろう。できる事なら、その期待に応えたい。

 宵の為に努力を惜しんだつもりはなかったし、何より自分自身が吉野大夫という圧倒的な存在に憧れているから。


 しかしそんな一見すれば綺麗だとばかり思っていた気持ちは今、荒んで古ぼけて見えた。宵の〝役に立ちたい〟という自らの意思を塗り替えて、宵の〝役に立たなければ〟という他人本位の思考に切り替わっている。


 これがいい兆候であるはずがないし、たどり着く先はまさに似て非なるものだ。

 わかっている。わかっているのに、その衝動はあまりに激しい。


 突き詰めればそれは自分の意志に反することをしてでも嫌われたくない、宵を繋ぎ止めていたいという執着が招く最悪の結末の様に思えた。そしてまた、分からなくなる。一体自分はどうして、どんな理由があって、大夫になりたかったのか。もうこれ以上、自分を見失いたくないのに。


 そんな事を考えながら、明依は雑巾片手に押し入れの戸を開けた。そこには、小さな隙間に膝を抱えて座り込んでこっちを見ている双子の幽霊がいた。


「ひッ、」

「うるさい」

「まだ何も言ってなかっただろ」


 明依が叫び声をあげるより先に少女が明依の口元を手のひらでふさいだ。明依が少しは落ち着いた事を確認したのか、少女は明依の口元から手を離した。少年は何食わぬ顔で押し入れから出ると少女の隣に立った。


「ちょっと、やめてよ……!びっくりしすぎて死ぬかと思った!!」

「じゃあ、生きてるから無礼講」


 騒ぎ立てる明依とは対照的に、少女は至極落ち着いた口調でそういう。


 いや、さすがにそれは大げさでしょ。と思った明依だったが、大げさだったのはお互い様か。と思い直してから、言葉にするのは難しいやるせなさに頭を悩ませて、大きなため息を吐きながら肩の力を抜いた。


 押し入れを開けたら双子の幽霊がいるなんて、ほとんど心霊現象だ。明依はドクドクうるさい胸に手を当てながら、ここしばらくは押し入れを開けるときに双子がよぎる事を覚悟した。


 双子の幽霊が人間だと分かった今でも、不思議な能力を持っているものだと何となく思ってしまっている。いろんな場所に出入りする為に鍵を持っている事も、人目を避ける為に隠れる事も、明依にとってはなんだか予想外の事だった。


「また変な事考えてる」

「別に考えてないよ。そんな事より、ここで何してるの?」

「鍵、貸すって言ったけど、あなたすぐに失くしそうだから。見張っておこうって話になった」


 いい大人が子どもの信用すら得られていない事にショックを受けている明依の隣で、少年は明依が驚きのあまり放り投げた雑巾を拾い差し出した。


「ああ、ごめん。ありがとう」

「物の見事に絡め捕られたな、終夜に」


 明依は少年の言葉に動揺を隠せなかった。今回の様にあの部屋の押し入れに隠れて、話を聞いていたんだろうか。


「終夜、窓開けてただろ」

「……開けてた、かも」


 あの状況を見られていたなんて最悪だ。という気持ちが生まれてすぐ、諦めが支配して、その後なぜか安心感の様な感覚があった。


「私、どうしたらいい?」


 こんな風に聞くとき、人間は大体欲しい答えは決まっている。この年齢の子どもに聞かせていい話でもなければ、相談を持ち掛けていい話ではない事なんて分かっている。縋る様な気持ちだった。終夜をよく知る人間なら、何かいい案があるのではないかと。


 少年と少女は顔を見合せた後、二人して明依を見た。


「この世の中には、死より辛くて苦しい事が案外山ほどある」


 きっと〝終夜はきっと脅しているだけで、実際宵にいう事はないと思う。だから安心していい〟という言葉が欲しかった。しかし、そういう少女の発言で明依の頭の中にまず浮かんだのは、終夜に拷問されていたであろう男の怯えた姿だった。


 それから地下につながれていた宵。そして、旭と日奈を失い、色のない世界で生きるという行為を押し付けられているかの様な明依自身の人生。


「俺達が助言してやれる事があるとすれば、たった一つだ。この吉原で一番敵に回しちゃいけないのは他の誰でもない、終夜だ。あの男の言う通りにしていればいい。年季が明けるまで、目立たず騒がず。難しい事じゃないだろ」

「……でも、」

「手が届かないから、虚しくなるの。人生が始まる時に配られる手札じゃ、到底及ばないモノを欲しがっているから。抵抗するから、苦しいの。自分自身を縛っているものに、深く食い込んでしまうから。受け入れて生きていくしかない。この世の中には理不尽が当たり前に存在していて、それにまともに向き合って戦う選択肢を導き出すには、人生が始まる時に配られる手札がアタリじゃないといけない」


 そういう少女に、明依は何も言えずに俯いた。それは決して、少女の言葉で自分の立場に絶望したからではない。まるで少女自身の事を語っている様だと思った。


 まだ子どもじゃないか。大人に甘えていい年齢じゃないか。それなのに、この街の理不尽が少年少女を無理矢理大人にして、何食わぬ顔で存在している事に腹が立って仕方なかった。


「配られた手札がハズレでも、幸せになれるよ」


 大丈夫、間違っていない。絶対に間違っていないはずだ。だからどうか、ほんの少しだけでもいいから、その考えを改めてくれないだろうか。という少女に対する希望だ。


 自分自身がそれを体現できていない事に気付いていながらそう言い聞かせたのは、自分自身に対してなのかもしれない。

 俯いている三人の間には、沈黙が生まれた。


「終夜が抜きん出ているだけで、主郭の人間だってバカじゃない。通常作戦というのは、失敗したときに備えて複数用意するものだ。お前を大夫にする話が第一候補だったとして、それが叶わなかったかったとすれば、次の方法は必ずある」


 少年はゆっくり息を吐き捨てた後、俯いたままそう言った。その様子はどこか、その話題から話を逸らしたいと思っている様だった。それから少年は、明依を見た。


「度を越した感謝や忠義は身を亡ぼす」


 少年は無表情ながら、どこか厳しい顔つきで明依にそう言い放った。


「宵は宵の意思でお前を満月屋に迎えた。受け入れた時点で、どう転ぼうとその責任は宵にある。お前はもう、充分苦しんだよ。こんな状況になったのは、別に誰のせいでもない。ただ、タイミングが悪かっただけだ。受け入れればいい」

「……私は、宵兄さんの力になりたかった」

「もう一度言ってあげる。わかっていないみたいだから。この世の中には、死より辛くて苦しい事が案外山ほどある。これ以上過酷な地獄を見たくないと本気で思っているなら、終夜には逆らわない方がいい。……きっと今のあなたには、これ以上は堪えられない」


 最後の言葉は、小さな小さな声だった。それがまるで、少女の本心を覗いた様な気がした。もしかすると、心配してくれているんだろうかという確かではない疑問が浮かんでいた。


「ねえ、」


 明依は少女に話しかけたつもりだったが、双子の幽霊は同じタイミングで顔を上げた。


「……不便じゃない?」

「……何が?」

「名前、ないって」


 少女は相変わらず無表情だが、少年は(いぶか)し気に明依を見た。


「お前、自分の状況わかってるか?」

「今すぐ終夜に差し出してやりたい」


 少年と少女はそう言うと、静かに目を細めて明依を見ていた。

 自分が可愛くない訳ない。情けない話、できる事なら解決策を考えてほしいと縋りたい気持ちでいっぱいだ。双子の幽霊が本当に現状を打開できる案を知らないのか、知っていてあえて教えないのか明依には分からないが、どちらにしても終夜に抗った先は〝これ以上過酷な地獄〟。


 少女のもの寂し気な雰囲気に触発されている事は分かっている。勘違いかもしれない。ただ何となく今の少女は本当にただの〝少女〟の様で、子どもの前で大人が弱みを見せずに堂々としているのは当たり前の事の様に思えた。


「わかってるよ。でもさっき、女の子の方に話しかけようとして『ねえ』って呼んだんだけど、二人とも振り向くんだもん。今後の為にも、必要じゃない?」

「お前が話しかけなきゃ関わる事はないんだよ」

「でも今回は、女の子の方が私に話しかけてくれたでしょ」


 少年はどこか責める様に少女を見たが、少女はどこ吹く風と無表情を崩さない。


「あだ名つけてもいい?」

「いいですいいです。大丈夫です。遠慮します」

「絶対に嫌だ。子どもにこけしのマトリョーシカ渡すようなヤツがセンス良い訳ない」


 少年と少女は、おそらくそれぞれ持ち得る最大限の方法で明依のあだ名付けを回避しようとしている。どんだけ信用ないんだよ、と思った明依はショックを通り越してあっと言う間に悲しくなった。


 それよりなんで、雪にプレゼントしたこけしのマトリョーシカの事知ってるの?という疑問は、いつもの事ながらあっという間に解決するが、決してイケていると思っていたわけじゃない事だけは是が非でも伝えなければと思った。


「違うから。あれは、あっちがこっち見てたから買っただけだから」


 明依の必死の言い訳に、少年は冷たい視線を寄越していた。それから少年と少女はいつもの様に顔を見合わせた。それから二人同時に頷くと、明依に向き直った。


「私は(うみ)でいい」

「じゃあ、俺は(そら)


 明依は一瞬、何の話だか分からなかったが、それぞれ自分達の呼び名を言ったのだと理解した。しかし『でいい』と言われて引っかからない人間がいるはずない。


「え、何その今テキトーに付けましたみたいな感じ」

「嫌なら呼ばなくていい」

「いや、呼ぶんだけどね!……空くんに海ちゃんね」


 少年の言葉に被せる様にそう言うと、二人はこくりと一度頷いた。


「俺達としては、今後関わらないでいられるならそれに越したことはない。……そんな事より、手止まってる。さっさと掃除しろよ。そしてさっさと鍵返せ」


 そういう少年に苦笑いを作った明依は、再び掃除に取り掛かった。手伝ってもらおうだなんて思っていなかったが、双子の幽霊、空と海のどちらも「遅い」「早くしろ」と(はや)し立てるばかりで、やはり何一つ手伝いはしなかった。

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