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造花街・吉原の陰謀  作者: 野風まひる
吉原の陰謀編
128/180

22:独壇場

 吉原、修繕工事の為の全面休園。

 満月屋の中は、しんと静まり返っていた。


「明依お姉ちゃん、どこに行くの?」


 満月屋を出ようとする明依の後ろから、雪は心配そうに声をかけた。


「少し出かけてくるだけだよ」


 明依が振り返ってそう言うと、雪はすこし俯いて悲しそうな顔をした。


 昨日、あの後宵は満月屋に帰ってから、遊女や従業員たちに妓楼の中から、可能な限り部屋から出ない様に。と言った。満月屋の人間は律儀にそれを守っている。おそらくほかの妓楼でもそうだろう。


 いつもと違う吉原の雰囲気と昨日の話。それからこんな状況で出かけようとする明依の行動から、何かを察しているのかもしれない。


「明依お姉ちゃん、」

「ついてきたらダメだよ、雪」

「ちゃんと、帰ってくる?」


 帰ってこられるのだろうか。そんな疑問が咄嗟に浮かんだが、気付かないふりをする。

 この気持ちは、宵を助ける為に丹楓屋に向かう前と似ていた。


「帰ってくるよ。だから満月屋の中にいて」


 頷くことも言葉を発することもない雪を置いて、明依は満月屋を出た。


 外は驚く程に静かだ。雑踏、喧騒。そんなものはまるで無縁とでも言わんばかりに静まり返っている。

 吉原はこれほどどっしりとした面構えだったのだろうかと思う程、厳かな雰囲気。

 子どもの頃、外界の正月に外を歩くと、冷たい空気の中でピンと一本糸が張っているような錯覚を覚えた。同じ景色の別世界に放り出された様な、神聖な雰囲気。その様子によく似ていた。


 主郭はおそらく終夜を殺す目撃者も被害者も出したくないのだろう。

 宵はもう、主郭に向かったのだろうか。


 そんな事を考えながら細道に身を潜めて、大門の様子を伺った。


「私の目はどこ?」

「ひっ……!」


 すぐそばで聞こえた、小さくも大きくもない声。たった一言。恨めしそうにも、悲しそうにも聞こえるその声に明依は息を呑んで、きゅっと締まってドクドクなっている心臓の上を掴んだ。


「もう!やめてよ!こんな時に!」


 つい数秒前に明依をからかった事なんてなかったように、双子の幽霊、空と海は明依と壁の隙間から大門を眺めていた。


 この二人がここに居る理由なんて一つしかない。

 吉原の大きな出来事を記憶する為だ。


「二人とも。危ないから帰りなよ」

「お気遣いなく」

「俺達はお前みたいに職務放棄はしない。それに、危ないのはどう考えてもお前の方だよ、黎明。何の能もないんだから」


 空の言葉に、それは確かに。と思ったが、認め切るのは悔しかったので黙っておいた。


 しゃがんでいる海と中腰の空の上から顔を出して大門を覗き見る。そこには終夜がいて、大門の方向を見つめていた。

 自分のこの身体はあと何度、終夜と関われば慣れるのだろうと疑問に思うくらい、うるさく心臓が鳴っている。


「終夜を助けに来たの?」


 海は大門から視線を外して明依を見上げた。


「そうだよ」

「でも、あなたは終夜より宵を選んだ」


 きっと海は無意識。

 しかしその言葉は、他人から言われるその事実は、胸を深く刺した。


「終夜を選んだから、宵を選んだ。って言う方が正しいんだろ」


 何も返事が出来ない明依に、空は大門から視線を逸らす事なく、何の興味もないとでも言うように、しかし明らかに何か感情を含んだ口調でそういう。


「難しい。大人って面倒。好きなら好きって言ったらいい」


 海はそう言った後、大門の方へと視線を移す。しかしそれは、現実を見ている様子ではなくて。何かを考えているように見えた。


「お前の選択は間違ってないよ。何を基準にするかって話だけど」


 『だからアンタの選択は大正解。まァ、何を基準に判断するかって話だけど』

 蕎麦屋の二階から降りてそう言った終夜を思い出して、それから終夜の方向を見る二人を見た。

 やっぱりこの二人の考え方は、どこか終夜に似ている。だからと言って、特別何かある訳ではない。きっとこの二人は、終夜の敵でも味方でもないだろうから。


「いいって、そういうの。出てきてよ」


 大門を見たままそういう終夜の声に、明依はビクリと肩を浮かせて思わず壁に背をつけて身を隠した。

 しかし空と海は何の動揺もせず、顔を覗かせて終夜の方を見ていた。


 もしかして自分たちの事ではないのかと明依がもう一度そちらを覗くと、どこからかぞろぞろと人が出てくる。


「びっくりした。……てっきり、私達の事かと」

「一緒にするな。俺達は気付かれてない」

「もし気付かれているなら、あなた一人」


 勝手に仲間だと思っていたが、どうやら違うらしい。


 同じ場所にいて気付かれる気付かれないが別れるのなら、ぜひその方法を教えてほしいと思ったが今はそれどころではない。


 ぞろぞろと集まった主郭の人達。その中心には勿論、炎天がいた。

 終夜は大門に背を向けて、大勢の人と向き合った。


「俺一人に寄って集ってさァ。恥ずかしいと思わないの?」

「お前は吉原にとって〝悪〟だ。終夜」


 違う。そうじゃない。炎天は終夜を勘違いしている。終夜は吉原を守ろうとしているんだから。今すぐにでも飛び出して、炎天にそう説明したい。しかし明依は、ぐっと拳を握りしめて耐えた。


「嬉しいね。これ以上評価が下がる事なさそうで。後、上がるだけじゃん」


 終夜のその言葉に、いやどんなポジティブシンキングだよと思った明依だったが、その挑発の仕方がいかにも終夜らしくて。こんな状況なのに、明依は笑みが零れた。


「観念しろよ、終夜。今日でお前の、」

「なんでもいいけど、話は合わせてよ」


 終夜がそう言って大門の方向へ身体を向けると、閉まっている大門が音を立てて開いた。


「人間には得手不得手がある。炎天、ガサツなアンタにこういうのは向いてない」


 その場にいる終夜以外の誰一人として、状況が読み込めていない。

 どうして終夜がこんなことを言っているのかも、大門が開こうとしている理由も。


「このご時世、自分たちの殻に閉じこもっているだけじゃダメなんだよ。世の中は超情報化社会。どんな情報も、指先一つで光の速さで地球の裏側まで届く。この街にまず必要なのは、頭が切れる人間。優秀な参謀の役割が果たせる人材だ。例えば、俺みたいな」


 何となく、本当に何となくこう思った。

 終夜は多分、炎天にこれから先のアドバイスをしている。どんな人間が、これから先の吉原に必要なのか。

 勘違いならいい。でも、それがどうしても、生き残るつもりがないように思えて仕方がない。


 そういう終夜が見据える大門の向こう側には、大人数の外国人がスーツを着て立っていた。


 炎天たちは目を見開いている。

 そして犯罪組織と思われる男たちも、大門を裂くように真ん中に立つ終夜と、その後ろに集まった人間を見て目を見開いていた。


 唯一、状況を理解している終夜はそれを見て、少し首を傾げて、笑う。


「歓迎するよ。造花街・吉原へようこそ」


 何もかもこの男の望み通り。何もかも見透かされている。

 そう錯覚する程の、圧倒的な余裕。

 大門の向こう側の人間達のほとんどの顔が、恐怖で歪む。


 彼がどんな人物なのかを知った今になって思う。

 〝カリスマ性〟という言語化するのが難しい何かを、この男は持っている。


 それはきっと貪欲に追求し、人間の心理を調べつくしたからこそできる、終夜という男の〝自信〟そのものだった。


「まさかガセとか言わねーよな。吉原ン中は今、揉めていてどんちゃん騒ぎって話で来たんだが。……なに?これ」


 ガタイのいい金髪の男は、呆れた様に笑いながら吉原の街を眺めた。


 そうか。終夜は主郭の人間を自分を殺す目的でここに集めさせることで、統制が取れている様に見せている。


「俺らもさ、そんなに()()じゃないよ」


 〝バカ〟という言葉を強調する終夜。きっとその言葉は、炎天にグサグサ突き刺さってるだろう。


 それにしても、終夜という男は恐ろしい。この男を失った先の吉原が明依は急に不安になった。きっと今までも終夜がはこうやって吉原を見えないところで庇ってきた。

 その役割は、一体誰が果たすのか。


 宵だろうか。終夜が命を狙っている、宵。

 もし二人が死んだ場合。吉原はどうなる。

 どう考えても、今の吉原の状況はまともじゃない。


「黎明大夫も吉野大夫もいないみたいだったんでテキトーに連れてきました」


 急に呼ばれた自分の源氏名に、明依はびくりと肩を浮かせた。


「ほらほら、道開けろや」

「バカかお前。この街に女は腐る程いるんだよ。テキトーな女に価値ある訳ねーだろ」


 主郭の人間が道を開けた先には、和服に身を包んだ男が一人の女の腕を掴んでいた。


「霞さん……!」


 捕まっているのは霞だった。霞は腕を掴まれたまま金髪の男を睨んでいるが、その顔には恐怖が滲んでいた。

 和服を着た男は、この街に潜んでいたスパイだろう。本当にそんな人たちがいるんだな。全然気が付かない。焦る気持ちの裏側で、明依はそんなことを考えていた。


「どうやらあなたの選択は正解だったみたい。どう考えても、あの遊女よりあなたの方が吉原にとって価値が高い」


 そう言われて明依は、唇をぐっと噛みしめた。

 しかし、海の言う通りだった。この状況で松ノ位が捕まれば、相手へリードを許してしまう事になる。


「遊女達はそれぞれの妓楼にいるはずだ。どうしていないんだ」

「……終夜、またお前か?」


 清澄の言葉に少し考えるそぶりを見せてから、炎天がそう終夜に問いかける。しかし終夜はそれに何の返事もしない。


「どこに隠したー?松ノ位」

「非力なお姫様は塔の最上階にいるって、常識じゃない?妓楼なんかにいるはずないだろ」


 相変わらず、誰よりも高みから見物しているかのように余裕の様子でそう答える。


 しかし、終夜は嘘をついている。

 同じ満月屋にいる吉野一人を移動させるのなら、自分も一緒に連れていかれているはずだ。心理戦を持ちかけているのだと気が付いた。


「クソ野郎だな、お前。松ノ位以外の女に、価値はねーって事?」

「そういう事。松ノ位も別に価値があるわけじゃない。後処理が面倒なだけだ。代わりなら、いくらでもいる」


 終夜はやっぱり、嘘つきだ。本当に当たり前の顔をして嘘をつく。

 松ノ位の凄さを、終夜はこの街の誰よりも知っている。

 そして明依は、こんな時終夜が至極合理的な判断をすることを知っていた。


「盾にはならねーなら、不要品だな。……とりあえず一人目、殺しとけ」


 金髪の男の隣にいた男は、そう言われて拳銃を取り出して霞の頭に突き付けた。


 知っている。終夜は絶対に、霞を切り捨てる。


 それが最善の判断だ。終夜は遊女たちを守ろうとしている。これが、一番被害を出さない方法。

 どれだけ遊女を盾にしても吉原は揺らがないという証明。


 今から死ぬ。

 堪らなく怖いはずだ。

 終夜の無鉄砲な言葉に、〝不要品〟と言われた事に傷付いていないはずがないのに、泣きもせず霞はぎゅっと目を閉じて震える手を握りしめて、ただ頭に来る衝撃を待っていた。


 性格が悪いとか、気が強いとか。そんな言葉では片付けられない。

 死ぬ間際には人間の本性が出るという。

 霞は本当に心が強い人なのだろうと思った。


「代わります」


 そう言って細道から外に出るのに、何の勇気も必要なかった。


「誰だ、お前」

「……黎明」


 霞の掠れた声を聞いた男たちの顔は、希望を持った顔をしてこちらを見る。


「満月屋の黎明です」


 男たちの目の色が変わり、顔には晴れ晴れとしたいやらしい笑顔が浮かんでいる。


 胸の中央に隠しきれない傷があるのだ。今更少し身体に傷がついたくらい、別になんて事ない。


 それに利用価値のある〝松ノ位〟なら、殺されない。


 終夜を守るためにこの場所にいるというのに。馬鹿な事をしているという自覚はあった。


 でも、悔しい。

 堪らなく、悔しかった。

 男尊女卑の時代は終わったんじゃないのか。


 だからこれは霞の為ではなく、明らかに自分の為だ。


「霞さんから、手を放して」


 隣を通る明依に、終夜は一つ、舌打ちをした。

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