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造花街・吉原の陰謀  作者: 野風まひる
吉原の陰謀編
122/180

16:少しだけ先の未来を話そう

 人間はやはり土壇場で力を発揮できるようになっている様で、明依は断固として止まるつもりのない終夜の腰にしっかりと片手を絡ませて四苦八苦しながら、とうとうどれだけ風になびいてもスカートの中が見えない方法を編み出した。


 ネオンの眩しい繁華街の中を走り、大きな通りに出た。広い道に、圧倒されるほどの車の量。バイクは大渋滞なんて関係が無いように、車の左側を走ってスピードを落とさずにどんどん追い越していく。


 大通りから逸れた道は、比較的車が少ない。

 一台の車とすれ違った。その車には、鳴海とその部下、それから時雨と先ほどスマホを弾き飛ばされた終夜の監視役の男が乗っていた。鳴海は助手席から手を振っていて、時雨は後部座席で目を見開いていた。監視役の男はその隣で咄嗟に、といった様子でポケットを探っていた。

 その様子を最後に、バイクは車の隣をあっと言う間に過ぎ去る。


「さっきあんなに派手にスマホ壊れたのに、焦ったら咄嗟に手が出るんだもん。慣れって怖いよね」


 スピードを緩めて信号で止まりながら終夜は感心した様にそういう。


「そのスマホで何するつもりだったのかな」

「炎天に連絡しようと思ったんだろ。多分今もどっかで自分の足で走りまわりながら俺の事探してるよ」


 確かに炎天なら走りまわって終夜を探していそうだ。この車の量だ。もしかすると、今乗っているのがバイクではなく車だったら、誰かに見つかった時に逃げきれなかったかもしれない。


「これからどこ行くの?」

「とりあえず、海の方」


 信号が青になり、またバイクが進む。

 車通りは段々と少なくなっていき、信号の間隔も広くなっていく。視界が開けてより感じるようになった、冷たい風が心地いい。


「いいよね。こうやってテキトーに走るのって。今日は風も気持ちいいし」


 明依は挨拶回りの夕霧の言葉を思い出していた。


 『終夜はこの街からあなたを出そうと躍起になっていたのよ。終夜も時機にこの街から命を狙われる。それならこんな街はさっさと捨てて、一緒に外界に逃げるなんて結末はどう?なんだかロマンチックじゃない』


「そうだね」


 脳内に浮いた夕霧の言葉を無理やり押し付ける様に、明依は同意の言葉を吐いた。


 そんなことがあっていいはずがない。吉原の中には今この瞬間にだって、希望一つ見つけられずに苦しんでいる人がたくさんいる。雪はまた道標をなくしてしまうし、吉原の解放は叶わない。


 だからそんなことがあっていいはずがないのに、終夜が今夜連れ出してくれなければ、この風の心地よさを知らなかった。

 きっと外の世界には、こんな風に知らない事が山ほどある。


 それから少しして、終夜はバイクを止めた。そこから歩くと、神社を中心にたくさんの屋台が並んでいた。


「せっかくだから、ちょっと寄って行こう」

「お祭り?」

「そう、縁日。吉原の夏祭りみたいなもの。吉原と外界の祭りじゃ、雰囲気違うけど」


 吉原より派手な色。その光の色は、眼球を刺すような眩しさだった。

 吉原の夏祭りでは見る事が出来ないものがたくさんある。二人で食べられるものを買って、食べながら歩いた。こうしていると本当にただのデートみたいだ。きっと周りからも、何の疑問もなくカップルだと思われているんだろうなと思うと、なんだか気恥ずかしい。


 車に乗っているときは、外界の人間はみんな楽しくなさそうな顔をしていると思ったが、ここに居る人たちは楽しそうだ。


 こんなに自由な世界に、一体何の不満があるんだろう。自分から吉原に来たくせに、明依はそんなことを本気で考えていた。

 外の世界は、何でもできるように見える。しかしきっと、想像できない様な苦労があるんだろう。


 帰り際に水風船の屋台を見つけた。やはりそこに、白い水風船はない。その屋台を通り過ぎて、祭りを背に歩く終夜に続く。明るい光はだんだんと遠くなって行く。


「ねえ、終夜」

「なに?」

「終夜から貰った水風船、なくしちゃったの。ごめん」

「別にいいよ、そんなの。放っておいたらどうせ萎むんだから」


 確かにそうだが、あの水風船にはたくさんの思い出が詰まっていた。日奈と旭の思い出。それから、終夜と吉原の夏祭りを回った思い出。主郭の人や叢雲から逃げていたから、回ったとは言えないかもしれないが。

 ちょうど歩道の信号が青になり、終夜は立ち止まることなく横断歩道を歩いた。

 

「そんなに、大切?」


 終夜はどこか、真剣な口調でそういう。それはきっとなくなった水風船の事ではなくて、日奈と旭の思い出という事。


「大切だよ。今でも一緒にいられたら、どれだけ幸せなんだろうって思うから」


 日奈と旭が生きていたら、一体どれだけ幸せなんだろう。そうなるときっと、終夜とは深く関わっていないだろうから、いつも通り日奈と旭と三人でいるのかもしれない。そして旭が吉原を解放したら、終夜と初めて話をする。

 そんな未来だったかもしれない。その未来なら、誰もが笑っていられただろうか。


「だけど、あの二人がいたら気付かないうちに甘えて、松ノ位になんて上がれなかったかも」

「確実に上がってないね」

「でも私、今の自分は嫌いじゃないって思う」

「そう。なら、いいんじゃない」


 真剣な口調で聞いたくせに、テキトーな口調でそういう終夜は、それから喋らずに黙々と歩いた。十分ほど歩くと、暖色に彩られたおしゃれなカフェがあった。


「何か飲む?」


 終夜はカフェの前で立ち止まる。外のメニューに書かれているのは、吉原では見る事のないカタカナだ。そういえば日奈と宵とうどんを食べた時、そんな会話をした。

 しかし五年もカタカナに触れていなかったし、もともとカフェなんておしゃれな所には縁がなかったので、目の前のメニューに味のイメージがつかめなかった。


「……何飲めばいいのか見当もつかないんだけど」

「五年でコレだもんね。やっぱ吉原解放するならちゃんと遊女を教育しないと。明らかに世捨て人だもん」


 自分たちが金儲けの為にあんな場所作って閉じ込めておいて、かつ今回に限ってはほとんど無理矢理連れてきておいて(けな)される事に心底納得いかなかったが、明依が文句を言うより先に終夜は店の中に入っていった。


 店内の雰囲気は、吉原のどこにもない。店内の壁の一部にはレンガが使われていて、机は淡い色をしている。


「店内でお召し上がりですか?」

「持って、」

「テイクアウトで!」


 おそらく〝持って帰ります〟と言おうとした終夜の言葉を遮って、明依はここぞとばかりにそう言った。可愛らしい笑顔で「かしこまりました」と言う女性店員をよそに、終夜は不審者を見るような目で明依を見る。


「ご注文をお伺いします」


 しかし可愛らしい店員のその問いかけには、聞こえないフリをして終夜の後ろに隠れた。終夜が訳の分からない呪文のようなカタカナを唱えている。

 商品を受け取って、やはり可愛らしい笑顔で「ありがとうございました」と言う店員に癒されながら店を出た。

 こんなことになるなら事前に言っておいてほしかった。一円も持ってきていないので、何から何まで全部終夜に出してもらっていてさすがに申し訳なくなってくる。


「さっきのお祭りのもあるし、さすがに払いたいんだけど……」

「じゃあ身体で払って」


 テキトーな口調でそう言いながら、終夜は先を歩く。さすが男の底辺。と思ったが、全部ごちそうになっている身分でさすがにそこまでは言えなかった。

 払わせる気がないならそう言えばいいのに。どうしてそういう所は不器用なんだと思いながら、明依はカップを見た。


「じゃあ、ありがたく頂くね。で、何これ」

「牛乳」

「……牛乳?」

「味のついた牛乳」

「……味のついた、牛乳?」


 あれだけ長いカタカナ唱えて出てくるのが味のついた牛乳。とてもではないが五年前まで自分がこの世界にいたことが信じられなかった。しかし、きっと当たり前の様にこの世界で生活していれば、こんなカタカナも当たり前に使うようになっていたんだろうな、なんて。別の未来を考えていた。


 カフェのすぐ近くには海があった。終夜はスマートフォンで足元を照らす。舗装されていない道を通って、途中から松林の中に入った。当然真っ暗な辺りには誰もおらず、小枝を踏みつける音だけが響いていた。

 くねくねした道を歩くと、一部の木の柵が壊れて海を見渡せる小高い場所に出た。海に点々と見える船が放つ明かりがとても綺麗だ。


「傷、痛んでない?」


 目も合わせることなく、終夜はそういう。自分が付けた傷を一応心配はしていたのかと思うと、なんだかおもしろくなって明依は短く笑った。


「別に。痛くもなんともないよ」

「そう」

「それよりさ、綺麗だね」


 そういう明依の言葉に、終夜は何も答えないまま腰を下ろした。

 明依は終夜の後ろに腰を下ろそうとすると、終夜は自分の隣をポンポンと叩いた。


「そんなところじゃよく見えないよ。こっち」


 終夜の後ろでも、海はよく見える。だから断ってその場に座ればよかったのかもしれない。しかし、明依は終夜の横に移動して腰を下ろした。壊れた木の柵の幅はそんなに広くない。少し動けば、体の一部が当たってしまうくらいの距離だった。

 誰も見ていないという安心感のすぐ横にある、たくさんの罪悪感。でも今は、少しでも近くに。もうすぐ命を狙われる終夜の側にいたいと、明依は心の底から思っていた。


 突然の大きな音に、明依は思わず肩を浮かせた。

 それから、空に綺麗な花が咲く。


「わあ」


 明依は思わず感嘆の声を漏らした。

 花火だ。

 吉原にいて、花火を見る事はない。明依は一度小さいときに両親に連れて行ってもらったきり、花火を直接見たことはなかった。


「綺麗ね」


 そういう明依の言葉には、やはり終夜は何も答えなかった。


「花火の感動も、流行りの店の雰囲気も、バイクの風も。外の世界にはこんな風に、アンタの知らない事ももう忘れている事も山ほどある。……本当に、吉原に戻りたい?」


 終夜は花火を見ながら、はっきりとした口調でそう言った。


「私が吉原に戻らないと、高尾大夫や鳴海さんに合わせる顔がないくせに」

「いいよ、それで」


 そう言うと終夜は花火から視線を逸らして俯いた。


「それでも俺は、吉原から逃げてほしい」


 『一緒に外界に逃げるなんて結末はどう?』

 頭の中の夕霧が、もう一度確かにそういう。

 そんなことが、あっていい訳がないのに。


 終夜は宵を殺そうとしている。明依は宵を頭領にしようとしている。真逆の事だと最初から分かっていた。だからその代わりに、それ以外の全部を終夜にあげると誓った。

 未来、人生。そんな不確かなもの。終夜が無傷でいられる未来。終夜があの街に縛り付けられなくていい未来があるなら、外の世界はいらない。


「終夜。吉原にいると死ぬかもしれないって、ちゃんと分かってるでしょ」

「そうだね」

「じゃあ、私の話を聞いて」

「……いいよ、聴いてあげる。約束だからね」


 やっぱりしっかり約束は覚えていたんじゃないか。と思っているのが伝わったのか、終夜は薄く笑った。


「私は終夜に、吉原から逃げてほしい」


 この言葉に終夜がどんな反応をするのか、今の明依には見当もつかなかった。

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