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造花街・吉原の陰謀  作者: 野風まひる
傾城・松ノ位編
102/180

36:吉原絶景、花魁道中上格

 次の日の夜。宵の言う通り、主郭の階段の上で高尾を待っていた。

 高い場所から見下ろす吉原の街は絶景だった。暖色が幾重にもなり飽和している。温かさと同時に感じる、艶めかしさ。夏祭りで見世の前に出している屋台が一層、街を賑やかに魅せていた。

 以前主郭に来たときは、旭が死んだと知らされた時。こんな風に吉原の街をゆっくり眺める余裕は一秒だってなかった。

 主郭の最上階。そこから見る吉原の眺めはきっと格別なのだろう。だけどその景色を常に見る事が出来るであろう裏の頭領は、この街の外には出られない。この美しい街を眺めながら何を思うのだろう。

 その未来を見るのは、誰なんだろうか。


 吉原の中に〝主郭〟という城の様な建物がある理由を公式では、〝吉原という一つの場所で江戸という時代の風情を感じてほしいから〟としているらしい。実際、江戸の吉原遊郭の中にはこんな立派な城なんてないし、妓楼一つ一つの造りはそれぞれで、吉原遊郭を模倣しているとは口が裂けても言えない有様。

 〝造花街〟

 これ以上この場所に似合う言葉は、誰も見つけられないだろう。


 そんなことを考えて、明依は深く息を吐いた。

 ここは主郭に続く石段の上。

 それは主郭の門の前という事で。

 つまりその前には門番がいるという事だ。


「……お前はさっきからそこで何をしているんだ」


 だからそれはつまり、門番二人とこの上なく気まずい雰囲気を味わっているという事になる。

 言われて当然だと明依は思った。しれっとした顔で石段を上がってきて、目も合わせずに吉原の街をじーっと眺めているだけなんだから。


「待ち合わせしているんです」

「お前、位は竹か?」

「……はい」

「だったらここがどういう場所かわかってるはずだ。なんでよりにもよって待ち合わせ場所がここなんだよ」


 もう本当にごもっともです。としか言いようがなかった。

 しかし自分は宵を通じて待ち合わせ場所を言われただけだ。弁解したい気持ちにはなったが、ややこしい事になりそうだったのでやめておいた。


「あれ、もしかしてアンタ……。旭さまに会わせろって騒いで、終夜さまと一緒に中に入って行った遊女じゃないのか」


 もう一人の門番はじっと明依の顔を見てから、目を見開いてそう言った。

 もしかして、あの日二人いた門番の石段の上から突き落とした方のヤツじゃないだろうな。と明依は記憶からあの日を呼び起こそうとしたが、残念ながらそんな些細なことを覚えているほど高機能の脳みそは持っていなかった。


「そうです」

「まだ生きてたのか」


 心底驚いたという様子で、石段から突き落とした疑惑がかかっている門番は言う。驚くのも無理はないかもしれないと明依は思った。終夜がその気になればない命だという事は、いやという程よくわかっているから。


「元気に生きてます」

「で。待ち合わせの相手はどこのどいつだよ」


 疑惑がかかっていない方の門番は呆れた様な口調でそう言った。明依は少しためらった後、結局素直にいう事にした。


「……三浦屋の高尾大夫です」

「つくならもっと現実的な嘘をつこうな」


 それが普通の反応だと思う。この吉原の街で、松ノ位と待ち合わせていると言って信じてくれる人間はきっといないだろう。

 しかし小馬鹿にされたのは悔しかったので、今に見てろよ。と心の中で思った。


 しかし現実はそう甘くない様だ。

 遠くから聞こえた三味線の音に明依と二人の門番は視線を移した。


「三浦楼か……?珍しいな。高尾大夫の花魁道中か」

「おお、こりゃ凄い。いいモン見れたな」


 確かに珍しい。高尾の花魁道中が見られるなんて自分は幸運に違いない。高尾は相変わらず凛とした姿で、先を歩く派手な着物を着た梅雨の肩に手を乗せて歩いている。

 だが、話が違う。

 高尾は今日、この場所で自分と待ち合わせをしているはずなのだ。宵が嘘を言うはずがない。しかしそうなると、花魁道中をしている事の説明はつかない訳で。もしかすると急に予定が入ったとか。そんなことが頭の中でぐるぐると回っていた。


「約束破られて残念だったな」


 黙れ。石段の上から突き落とすぞ。と反射的に思った明依だったが、むっとするだけにとどめて疑惑のかかっていない門番を見た。


「こっちに来るかもしれないじゃないですか」

「どんな用事があってこっちに来るんだよ」

「おお。扇楼の夕霧大夫も花魁道中をやっているのか」


 馬鹿にした様に言う門番から視線を逸らすと、疑惑ありの門番の言う通り夕霧が花魁道中をしていた。

 三浦屋一行は花魁道中の行きつく先、揚屋を通り過ぎて真っ直ぐに主郭に向かってくる。


「ほら!!」

「うお、本当に来た!!!」


 ほら。なんてわかった風に言ったが、内心パニックに陥っていた。

 盛大に御一行で迎えに来てくれたのなら、正直ありがた迷惑だ。ひっそりと一人で。いやそれは難しいかもしれないので梅雨と二人で来てくれたらよかった。夏祭りの時の様に。


 三味線の音が重なって、真ん中に落ち着く。視線を巡らせればそこには丹楓屋一行、勝山の花魁道中が始まっていた。

 しかもあろうことか、三つの花魁道中は重なって真っ直ぐ主郭に向かって進んでくる。


「どうなってんだ……」


 本当にどうなっているんだと三人で唖然として、もう声を出すことも忘れてただその様子を眺めていた。


 装いの違う三つの花魁道中が重なる様は、この世の美しいものだけを全てここに集めたと思える程。

 吉原最上の景色。


 列の中で目を引く三人。格が違うとひしひしと思い知る。この感覚を過去の出来事から引っ張り出して例えるなら、以前終夜にいいように丸め込まれていた時の様に、一方的に情報を注がれて思考回路が動きを止める感覚と同じ。

 脳が現実世界で実際に起こっている出来事として処理できないくらい、圧倒的な。

 唖然として見つめているのに、無意識に身体中に力をこめていた。気を抜けば、身体中が震えてしまいそうだった。 


 大所帯になった列は主郭に続く石段を埋め尽くす。門の前に立ったのは三人。高尾と勝山と夕霧だった。


「騒がせてすまないな。一つ頼みがあるのだが」


 高尾は待ち合わせの相手であるはずの明依には見向きもせず、門番にそう言った。しかし門番は放心が解けた後も「はい」とか「えっと」とか「あの、どういった……」とか、口にしながらあたふたとしているだけだった。


「松ノ位昇格に決定権を持つ人間を連れてきな」

「はい、……いや、でも」


 勝山がそう言うと、門番はさらに混乱した様でその場を一歩も動かない。その様子を見て舌打ちを一つした勝山は、腰に手を当てて彼らに凄んだ。


「ぼさっとするんじゃないよ!はっきりしな!」

「それが人にものを頼む態度なの?」


 呆れたようにしとやかな息を吐きながらそう言った夕霧は、二人の門番に向かって困ったような笑顔を作った。


「ごめんなさいね、無作法で。悪気はないのよ。許してね」


 そんな夕霧の様子をやっぱり綺麗な人だと明依はぼけっと見ていた。

 案外常識人な夕霧の美しい笑顔に絆されたのか、門番の二人は明らかに先ほどとは違う動揺の色を見せて身を固くした。やはり夕霧の色気は男を狂わせるのだと明依は感心していた。


「炎天。終夜か裏の頭領でもいいわ。呼んできてくれないかしら」


 前言撤回。この人が一番質が悪い。

 炎天はともかくとしても、終夜は吉原の人間にとっての厄災。関われば何をされるかわからない。裏の頭領に至っては普段表に顔を出す事すら稀だ。明らかに吉原では絶対的な立場にいる人間。もしかするとこの二人は話をした事すら、いや会った事すらないかもしれない。

 さすがに二人の門番を哀れに思った。もし石段から突き落とした疑惑がかかっている方の門番が本当に自分を石段から突き落としていたのだとしても、半分くらいなら許してやってもいい。


「何の騒ぎだ」


 そう言って主郭の中から出てきた炎天は、この場の様子に目を丸く見開いている。後から出てきた清澄も同じ顔をした後、それから明依に視線を向けた。


「明依ちゃん、これは一体どういう事だい」

「私もわからなくて……」


 ぞろぞろと主郭から出てきた人間が感嘆の声を漏らす最中、明依と清澄は二人でこの様子に視線を巡らせた。


「頼りないけど、仕方ないわね」


 夕霧がぼそりと、しかし聞こえるくらいの声でそういう。その言葉に炎天はぐっと眉を寄せた。


「扇屋松ノ位、夕霧」

「丹楓屋松ノ位、勝山」

「三浦屋松ノ位、高尾」


 三人はそれぞれ、自分の妓楼と位それから源氏名を口にした。

 これから何が始まるのかと、それぞれが固唾を呑んでその様子を見守っていた。


「満月屋黎明を、松ノ位へ昇格させる」


 高尾の発した思いもよらない言葉に、明依は声も出ずただ口を開けたまま三人の様子を眺めていた。


「ご承知おき願いたい。今、すぐに」


 相変わらず凛と響く高尾の声。

 混乱の最中、夕霧と勝山だけが薄い笑顔を浮かべている。

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