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等価交換  作者: 青山えむ
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第4話 事情

「まぁここまでれてきたなら業者を呼んで清掃を依頼しますけれどもね」

 サングラス女のこの一言が決め手になり、職員は二階には上がらないと言った。

「大変失礼いたしました。あの、失礼ですが確認のためにお名前をおうかがいしたいのですが」

 今度はメモじゃないほうの女の人が、自分の身分証を見せながら言った。


峰浜(みねはま)です。免許証もありますよ」

 峰浜と名乗るその女性は、バッグから免許証を取り出す。そしてサングラスを外した。美人だ。市役所の人間が三人全員、確認をする。免許証の写真と本人の顔。そして免許証と、持参した書類を見比べている。多分この家の住所と住民が記載されている(たぐい)の書類だろう。



「ありがとうございます、本人確認ができました」

 峰浜と名乗る女性は免許証をバッグにしまい、サングラスをかけ直す。


「あとこちらの石野さんとは、どういったご関係ですか?」

 私は再び心臓をどきどきさせた。ご関係も何も、知らない。この家の持ち主が出てくるなんて、完全に警察が呼ばれるんじゃないか。もうおしまいだ。


「ちょっと知っている子なんですよ。私が県外に行っている間に住んでもらっていたんです」

 峰浜と名乗る女はそう言った。


「ほら、家って誰も住まないと悪くなっちゃうでしょ? それに北国だと水道管の破裂とか怖いし。まだ何か?」

「そうだったんですね。事情が分かったので私どもの用は終わりました。お忙しいなかお手数をおかけしました」

 市役所の人間は笑顔で去って行った。

 急な展開だったけれども、ピンチは脱出したと思っていいのだろうか。峰浜と名乗る女は笑顔で市役所の人間を見送り、玄関のドアを閉めた。ばたん。

 玄関には私と、峰浜と名乗る女だけになった。峰浜はもう笑っていない。


「さて、事情を説明してくれる?」



    〇〇



 去年の正月、私はこの〇〇県に来ました。当時つきあっていた彼氏と駆け落ちしました。私の出身地は隣の✕✕県です。

 彼氏のツテで、安アパートを借りました。私はスナックで働きました。彼氏は知り合いを頼り仕事をしていました。


 三月になったある日、アパートに帰るともぬけの空でした。彼氏の携帯にかけても「おかけになった電話番号は現在使われておりません」が流れてくるだけでした。メールも通じません。

 通帳はなくなっていましたが、残高に変化はありませんでした。暗証番号は私の誕生日だったのですが、彼は私の誕生日を知りません。おかげでお金を取られませんでした。きっと私の荷物を売ってお金に換えたのだと思いました。

 スナックで働いていたので、いくらかお金がありました。アパートに戻れなくなってからはネットカフェで寝泊まりをしていました。


 ネットカフェで、平谷ひらたに淳弥じゅんやに会いました。

「クラブロマンで働いている子だよね?」


 クラブロマンは、私が働いているスナックの名前です。

 平谷淳弥は昔ホストをしていたそうで、今でも時々夜の街に飲みに行くそうです。

 平谷は昔の職業柄、人の顔を覚えるのは得意だと言っていました。


「可愛いからすぐ覚えたよ」

 平谷は昔の職業柄、私にもそんなことを言いました。以前の私ならそんな台詞にどきどきしたかもしれません。けれども数ヶ月といえ夜の女になったのです。それに男に裏切られたばかりです。だまされません。


 平谷は私に、どうしてネットカフェで寝泊まりしているのか聞きました。

 事情を話したら、平谷に「俺が今住んでる家に来てみなよ」と言われました。

 平谷の家、それがこの、大きくてきれいな空き家です。

 そう、最初は空き家だったそうです。けれども電気も水道も通っていて、こっそり住むなら大丈夫だと、誰かに聞いたそうです。

 平谷はこの家に、一人で住んでいると言いました。そして、私が住んでもいいと言いました。

 部屋がたくさんあるし、私が帰宅する朝方に平谷は寝ているし、私が寝る時間には外出すると言いました。

 平谷には恋人がいるけれども、事情があってこの家には呼べないと言っていました。どうして私なら呼べるのか?

「同じ夜の人間だから」

 納得できるようなできないような答えでしたが、ネットカフェ暮らしの私には夢のような話でした。


 私はその日のうちに、ここに住むことを決めました。

 平谷の言う通り、私が帰宅した時に平谷は寝ていて、私がベッドに入る時間には外出して行きました。

 私が休みの日は、平谷は恋人の家に行くと言っていました。私はこの家で平谷に会うことはほとんどありませんでした。


 そのせいか平谷がいなくなったことに、すぐには気づきませんでした。



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