入道雲を見上げて
見上げた空は、どこまでも透き通った群青色。
浮かぶ入道雲の純白が、やけに目に眩しい。
もうすっかり夏だな――もくもく、巨大なその姿を眺めて、私は額の汗を拭いながら呑気に考えた。
「これからどうする?」
蝉の声に混じって聞こえた問いに、振り返る。
見ればボロボロの縁石に腰を下ろした彼が、茫洋とこちらを見つめていた。
「どこに行く?」
重ねられた質問に、私はうーん、と少しだけ思案して。
そしてふとひらめいて、入道雲を指差した。
「あの雲の下はどう? 何かいい事ありそう」
つとめて明るく発した声に、彼は小さく鼻で笑う。
子供のくせに、可愛げのない現実主義者。とはいえ、こんな世界で何年も生きていたら、そうなるのも仕方のない事だった。
「とりあえず、ここを離れよう」
縁石から立ち上がって、彼が手元に視線を落とす。
「濃度が上がってきた。長居するのは危ない」
右手に握られているのは、小さな測定器。
感情の薄い瞳を細めてその画面を見下ろしながら、「それに」と彼は言葉を続ける。
「こいつらの仲間が、来るかもしれないし」
「そうだね」
頷いて、私は足下に目を向けた。
そこに広がるのは一面の赤と、少しの白。
その中に、さっきまで人間だったものが三つ、無造作に転がっている。
鼻をつく鉄の臭いに、私は思わず顔をしかめた。
若い女と年端も行かぬ少年の身ぐるみを剥がす事などたやすいと、たかをくくって襲って来たのだろう。
だけどこっちだって、伊達に何年も生き延びてはいない。だから遠慮なく、返り討ちにさせてもらった。
死体を漁って探し出した戦利品を詰め込んだバックパック。それを背負い直して、私は彼の元に歩み寄る。
少しの薬品と弾薬、そして沢山の食料を入手できたのは僥倖だった。これで数日、食べるものには困らないだろう。
朽ちかけた高層ビル群の向こうに広がる空は、どこまでも透き通った群青色。
純白の入道雲は、やっぱり目に眩しい。
数年前のあの日を境に、世界の在り方は随分と変わってしまった。
けれど、空だけは美しい姿のまま、変わらずそこに在り続けている。
だから、私は――世界が終わった今もなお、生きようとあがき続けているのだ。
「行こう」
私が差し出した手を、小さく頷いた彼がしっかりと握り返す。
そうして手を取り合いながら、入道雲を見上げて。
私達は再び、ひび割れたアスファルトの上を歩き出したのだった。
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