九話 名前
楽しんでもらえたらとても嬉しいです。
「まずは第一王子殿下の部屋にて気づいたことを教えていただけますか?」
ルートの言葉にココレットは視線を泳がせる。
前世の記憶を元に話をしてしまうのは容易いが、どうして知っているのかと聞かれれば困る。下手に答えればそこから突かれて言わなくてもいい事まで言ってしまいそうである。
ココレットは頭がパンクしそうになりながら必死で考えると、顔を引きつらせ、そして答えた。
「第一王子殿下の目が揺れているように見えて・・ゴミでも入ったのではないかと・・それで、慌てて・・・その・・目を見て・・申し訳ありません。あまりにも失礼でした!!!」
その言葉に、ルートは予想とは違う回答に眉間にしわを寄せる。
ローワンは小さくため息をつくと、ココレットの頭をぽんと撫でて言った。
「ココレット。反省しているならば今回は許すけれど、もうしないと約束をしてね。」
「はっはい!」
ココレットの事をまだ幼いと勘違いしているローワンは仕方がないかとそれですませようとした。しかしルートは納得できるものでは無い。
微かな刺激臭の原因は、おそらくは花瓶に活けてあった隣国ドラゴニアに生息する植物による毒素。第一王子は毒による中毒症状の一つである眼光の濁りと揺れが確認された。
ーまさか、毒に気付いて確認したのか?
そうルートは一瞬考えるが、ただの令嬢が、しかも小さな令嬢がそんな事に気付くわけはないと頭を振った。
自分の考え過ぎだと結論を出すと、ルートは言った。
「そうでしたか。ではもう一つ確認したいのですが、あの匂い袋はどうしたのですか?どこかで買ったのですか?」
その言葉に、ココレットは話題がそれた事にホッとして笑顔で答えた。これであれば普通に何の偽りもなく答えられる。
「あぁ、あれは私の育てた薬草や花を使って作ったんです。とっても簡単に作れるんですよ。検品に出しましたが、どうして魔法使い長様がご存じなのですか?」
「ん?」
ルートはココレットの言葉に目を点にすると、自分の聞き間違えだろうと思い、もう一度問いかけた。
「作ったとは、一体誰が、作ったんですか?あと・・どこの植物を使って?」
ココレットは今まで自分の趣味を他人に話す機会などなかったことから、瞳を輝かせると嬉しそうに話し始めた。
「私が一から庭で植物は育てたんです。それを乾燥させて、煎じて、それから匂いを調節しながら作ったんです。結構いい出来かなと思うのですが・・・あれ?もしかして何か問題がありましたか?」
「一から・・庭で・・育てて?・・・乾燥・・させて・・・」
その言葉を頭の中で繰り替えしながら、ルートは額に手を当てる。その姿を見て、ココレットは何か使ってはいけない薬草を入れてしまっただろうかと焦り始める。
「えっと、何か・・問題がありましたか?その、昔知り合いからは、珍しくもなんともない薬草だと聞いていたのですが・・えっと・・。」
「珍しくもなんともない・・・薬草・・・・」
ルートはその言葉に頭を抱えると、大きく息を吐き、そして頭をガシガシと掻くと顔を上げた。
「色々と気になる事はありますが・・取りあえずは置いておきます。」
そう言うと、ルートは視線をレオナルドとローワンへと向けた。
「第一王子殿下。殿下の部屋に毒の花らしきものがありましたので、こちらへ移っていただきました。今部下が調べているはずです。私も一度先ほどの部屋に戻ろうと思います。」
そう言ったところで、ルートの部下の魔法使いが部屋へと現れた。
ルートは部下と何か話をした後に言った。
「第二王子殿下とご令嬢は、私の部下の診察を受けて下さい。部屋の滞在が短い時間であれば問題はないかと思いますが、念のため。第一王子殿下の診察は専属の者が行いますのでしばらくお待ちください。では一度失礼いたします。」
そういうとルートは姿を消した。その後ローワンとココレットも別室でそれぞれが診察を受けたが問題はないとのことであった。結局レオナルドとはその後も会えることはなく、ココレットはローワンに見送られる事となった。
「ココレット嬢。今日は申し訳なかった。今日の埋め合わせは後日必ずするので。」
本来は見送る時間すら惜しいであろうに、ローワンは申し訳なさそうにしながらココレットを馬車までエスコートし見送ってくれるのである。
「いえ、殿下。私の事は気にせず第一王子殿下の所へどうぞ向かわれて下さい。」
ココレットがそう言うと、ローワンは苦笑を浮かべて言った。
「ココレット嬢。心配しないでいいよ。兄上の事は他の者達が対処している。それとココレット嬢、私の事はこれからローワンと名前で呼んでくれ。」
「え?・・その・・・よろしいのですか?」
「あぁ。婚約者だからね。では今日は気を付けて帰ってくれ。来てくれて嬉しかったよ。今日はありがとう。」
手の甲にキスされ、ココレットは顔を真っ赤に染め上げた。手の甲へのキスなど、婚約者であれば当たり前によくあることなのだが、免疫のないココレットにしてみれば大事である。
「ここここ、こちらこそ、ありがとうございまひた!」
ココレットは顔を真っ赤にしたまま馬車んい急いで乗り込んだ。そして小窓からローワンに手をどうにか振ると、ローワンはくすりと笑って手を振りかえしてくれた。
それだけでココレットにとって一日が素敵な思い出に塗り替えられた。ちょろい。
馬車に揺られ、どうにか落ち着きを取り戻したココレットは小さく息をついた。ローワンとの時間をゆっくり過ごせなかったのは残念ではあったが、気になるのはそればかりではない。
レオナルドの部屋に飾られていた花に、ココレットは良い思い出がない。そこにあるだけで毒を少量ずつ空気に放つ花は、少しずつ体の中に毒素を蓄積させていく。
毒と言うものは厄介である。しっかりとその成分を理解し、その上で治療していく必要がある。外傷であれば聖水でどうにかなるが、毒はそうはいかない。
聖水を飲んでも体力は回復するが、毒素そのものを分解できるわけではないのだ。
そして、そもそも何故そんな毒を放つものが部屋に当たり前のように飾られていたのか。考えれば考えるほどに不可解である。
-それに、結局プレゼントも渡せなかったな。せっかく作ったのに。
異性に渡すプレゼントは初めてであった。しかし結局渡せないままに終わり、あの匂い袋は結局どうなるのだろうかと、ココレットはため息をついた。
「まぁ、また作ればいいわね。」
そんな事を想っていたココレットの元に、後日、ローワンと共にルートが大勢の魔法使いを引きつれて来るなど想像もしていない、ココレットである。
読んで下さってありがとうございます。ルートさんは内心大慌てです。
少しでもいいなとおもっていただけたら評価やブクマ、感想をいただけると嬉しいです。感想は時間を見てお返事をするのですが、最近中々時間がとれず、返せず申し訳ないです。でも感想いただけるととても嬉しいです。ありがとうございます。




