十七話 求める者
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ヴェールガ王国王都にある古びれた宿屋の一室に、一組の夫婦を装った男女が、机を挟んで向き合って座っている。
女は金貨の入った袋を男へと差し出すと、男は代わりに口を開いた。
「第一王子の暗殺は失敗に終わった。原因としては二つ。一つ目は突然現れた聖水によって第一王子が体力を取り戻したこと。二つ目はルート魔法使い長が突然第一王子の部屋に行った事で、ルナ草が発見され、毒だと特定されてしまった事があげられる。」
その言葉に女は思案するように顎に手を置くと、男を切れ長の瞳でじっと見つめて尋ねた。
「その聖女とは?」
「何でもまだ見つかっていないらしい。だが、噴水を聖水に変えてしまうほどの力を持つそうだ。」
おとぎ話のようなその言葉に、女は目を瞬かせると苦笑を浮かべた。
「まさか。」
「本当らしい。これが手に入れた聖水だ。」
男が水の入った瓶を机の上へと置く。女はそれを受け取ると、瓶を振って中身をじっと見つめた後に言った。
「何故、ルート魔法使い長は、突然第一王子の部屋へ?」
その言葉に、男は腕を組むと大きく唸り声を上げた。
「その情報だけがつかめなかった。ただ、その後ルート魔法使い長はどうやったのか毒の治療薬を作り、第一王子を救ってしまった。」
女は小さく頷くと席を立ち、ローブを羽織った。
「今後もよろしく頼むわね。」
「お客様は大切にするさ。では、また情報を掴んでおくのでご贔屓に。」
にやりとした笑みを浮かべるこの男は、国の危ない部分にも潜入し情報を得る。毒を仕込むなどの実行犯ではないが、金さえ出せば自国の情報を売ってしまう姿に、女は見下すような視線を向けると言った。
「えぇ。よろしくね。」
部屋から出て行く姿を見送った男は、ソファへと沈み込むと先ほどの毒を仕込んだ実行犯の末路を思いため息をついた。
「俺も、いつまでこうして生きられるかねぇ。はぁ、仕事仕事。今日からは潜入調査だ。」
男は立ち上がると、部屋を出て仕立て屋へ。そして仕立て屋で服装を燕尾服へと着替えると地下へと降りて、秘密の通路を進んで行く。
そして次に出た場所の掘っ建て小屋にて偽物の身分証明書と執事として必要な道具や着替えなどの一式の入ったカバンを受け取る。
こうやって順々に進んで行けば、誰もかれもが世界の歯車のようである。
裏社会には裏社会の歯車があり、それにカチリとはまって皆が働くしかない。
自分達のような裏社会の人間は決して表の世界へは出られないのだ。たとえそのほとんどが、実際には血で手を濡らしたこともなく、言われた仕事を淡々とこなさなければ生きられない、善人であっても。
「さぁ、お仕事といきますか。」
アッシュブロンドの髪を頭に撫でつけ、伊達眼鏡を掛けるとそこにいるのはチンピラではない。見た目は優秀そうな執事であり、パリッとした服をかっちりと着込む姿は様になっている。
途中で乗り合いの馬車に揺られながら目指すのはステフ男爵家である。
おそらくはあの男爵家に何かがある。
今回第一王子の暗殺が失敗した原因はそこにあるのではないかと、男は予想している。ただ、ステフ男爵家の情報があまりにも少なすぎるために、基本的な情報以外何もつかめない。
しかも暗殺の一件があって以来王宮内もさらに警備が厳しくなっており、いくら男であっても王宮内に探りを入れるのが難しくなった。はっきり言って、暗殺に失敗した実行犯に文句を言いたいくらいである。
ステフ男爵家の使用人用の扉の前へと到着した男は、その外装を見て眉を寄せた。
「・・・これは・・」
ぼろい。
貴族なのにもかかわらず、なんとぼろ・・いや、質素な家だろうか。男は今日からここが職場なのだからしっかりと情報を得なければと気合を入れるとノックした。
しかし、一向に誰も来る気配がない。
仕方がないと扉を開けて中に入ると、空気が一変した。
男はこれまでたくさんの修羅場をくぐってきた。しかし、これほど空気が一変する場所へと足を踏み入れた事はない。
一体何だと振り返ったそこには、一人の老婆がいた。
「も・・」
「も?」
「もももももおーしや・・・本日から来た、新しい執事かい?」
目をぎょろっと見開いた老婆が自分の眼前へと迫ってくるのは恐怖しかない。男は一歩後ろへと後ずさりながらも、どうにか頷いた。
「は、はい。紹介状と、身分証明書もあります・・えっと・・・」
「お嬢様ぁぁぁっぁあ!来られましたぁぁぁっぁあ!」
耳をつんざくようなその声に、男は耳を塞ぎ、今目の前で奇声を発した老婆を奇異の目で見る。
だがしかし、次の瞬間現れた少女に、目を奪われる。
「あぁ。こっちが使用人用の扉だったわね。使われ過ぎなくて忘れていたわ。こんにちは!待っていたのよ。」
天使がいた。
ふわりとした髪をなびかせて、にっこりとほほ笑む姿はまさに天使である。
あぁ。自分のような悪党に、天使が引導を渡しに来たのだ。だが、このように可憐な天使に引導を渡されるのであればそれも本望である。
そして次の瞬間、天使の後ろから現れた第二王子であるローワンが冷ややかな視線を男に向ける。そして次の瞬間、男は魔法使い達に杖を向けられ囲まれる。
終わりだ。
そう思った時、天使が口を開いた。
「もう。皆さんそんなドッキリ止めてあげてください。さぁ、あっちで仕事の確認をしましょう。」
天使ことココレットがそう言って歩き出すと、魔法使い達は杖を懐へと片付ける。だが、その視線は冷ややかなものであり、明らかに男を敵として見ている。
ローワンは男の肩に手を置くと、小さな声で言った。
「ココレットの前では、その執事の仮面をしっかりと被っておくことだ。・・後で、しっかり、話をしようではないか。」
どこから情報が漏れたのだろうか。考えられるのは第一王子暗殺に失敗した実行犯からだろう。この様子からして自分は泳がされ、そしてここに招かれたのだ。
しくじったなと、男は自嘲する。
これほど多くの魔法使いがいては、自分はもう逃げられないと覚悟を決める。
個室へと案内され、ここで拷問でもされるのだろうかと男が考えていると、ココレットは書類を取り出して印鑑を押す場所を示していく。
「一応、契約はこの内容で。あまり給料は高くないけれど、頑張りに応じてちゃんとお給料を出すから心配しないで。本当は私の両親が貴方の面談もする予定だったのだけれど、親戚に不幸があって、そちらへ出向いているの。娘の私でごめんなさいね。あ、挨拶が遅れたけれど、私はココレット・ステフ。よろしくね?」
きらきらと輝く様な微笑に、男はちらりとローワンへと視線を向けた。すると、顎でちゃんと答えろと指示される。
「はい。お嬢様。私はロンと申します。誠心誠意男爵家に使えてまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします。」
「お願いね。ふふ。この男爵家にはシシリーしかいないから仕事は大変かもしれないけれど、よろしくね。」
「え?シシリー?」
「私でございますぅぅぅ。」
ココレットの後ろから顔を出す老婆シシリーに、ロンは顔を引きつらせた。
「よ、よろしくお願いいたします。」
「はいぃ。」
ロンは自分は一体どうなるのだろうかと頬を引きつらせるしかない。
そして、その後何だかんだと理由をつけられて、第二王子であるローワンと魔法使いだけの部屋へと連れて行かれたロンは、自白魔法を掛けられて自分の持っている情報だけを口にする。
だが、それのどれもこれもが役に立たないものばかりである。
それもそうだ。魔法使いという存在はどこにでもいるものであり、よって捕まれば自白魔法がかけられると分かっている。故に情報自体を出来る限り知らないでおくのは鉄則である。
しかし、その後にローワンからかけられた言葉は、ロンの度肝を抜くものであった。
「君の今後については私に一任されている。道は二つ。牢屋に入るか、私の仲間になり誠心誠意使えるか。」
「え?」
その日、裏社会にしか生きる道がなかった一人の男の運命が変わった。
「まぁ、仲間とは言っても魔法によって命令違反しないように制約は付く。それでも、一生牢屋暮らしよりはましだと思うが?」
にやりと笑うローワンの顔は、王子様のそれではない。だが、嫌な笑い方ではなかった。
自分を見下しているわけでも、馬鹿にしているわけでもない。そんな笑みを向けられたのは、初めてであった。
「・・失礼ですが、第二王子殿下・・何故ですか?貴方ならば正規の騎士を容易く操れるはず。」
ローワンは腕を組むと、鼻で笑った。
「私は第二王子だ。いずれ王となる兄上を支えるのが役目。その為には、正規の騎士では役に立たない部分がある。故に、私はお前に声をかけている。」
「裏切るかもしれませんよ?」
「言っただろう。魔法で制約はつける。それに。」
ローワンは真っ直ぐにロンを見つめると言った。
「私は力が欲しい。兄上を民を陰から支えられるような。だから、お前のように優秀な悪が必要なのだ。」
ローワンが進もうとしている道は修羅の道。一歩間違えば自分自身が闇へと飲み込まれてしまう危うい道だ。
しかしそれは支える者さえいれば、踏み外すことはない。
ロンはこれまで色々な者達に出会ってきた。非道な人間にも、善良な顔をして悪に手を染める者にも。富豪や他国の王族にだってであったことがある。
けれどこれほどまでに真っ直ぐに自分を見てくれる人間はいなかった。
もし、死ぬならば、この人の為に死ぬのもいいかもしれない。
ロンはそう思うと、ローワンの手を取った。
男の、ただただ金を稼ぎ、裏の世界で歯車として働くだけと言う、その運命が、今、大きく変わったのであった。
その頃ココレットは、庭でお茶の準備をしながら妄想を広げていた。
妄想の中にはロンもいる。
執事に優雅にお茶を注いでもらいながら、あははうふふとローワンとアフターヌーンティーを楽しむ自分を想像して、ココレットはだらしない笑みを浮かべる。
「ムフフ~。」
鼻歌を歌い始めたココレットの音痴なその歌声に、庭に残っていた魔法使い達はローワンのいない今を楽しもうと幸せそうな笑みを浮かべるのであった。
王子様があくどくなっていきます。でもきっとココレットは気づきません。
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