十六話 聖女を求めるのは
いつも読んで下さりありがとうございます。
私的にお気に入りのヴィアン君回です。よろしくお願いします。
聖女の力は、人の傷を癒す。また、力の強い聖女であれば、人体の欠損すらも癒して元に戻してしまう。
病は医者では治せないものも、その力は癒してしまう。
ただ、毒というものには何故か効かない。その理由は未だに解明されていない。そして毒という弱点があるからこそ、聖女は神殿に囲われるのだ。
毒によって、その命を奪われないように。
ココレットは夜中目が覚めてしまい、小さく息を吐くとショールを羽織、庭へと出た。
月の光が庭の植物達を照らしている。
風に葉は揺れ、蛙の鳴き声が静かな夜に響いて聞こえた。
ココレットは庭で育つ植物に指で触れながら、小さな声で鼻唄を歌う。
「ふんふんふーん。ふへへんふーん。」
その姿は、かつての聖女だった頃を彷彿とさせ、そして、音痴な所も同じだった。相変わらず、実に残念。
「ぶっ・・・」
不意に吹き出すような笑い声が聞こえて、ココレットが驚いて声のした方へと視線を向けた。
庭の端に植えられた、精霊の木と呼ばれる白銀色の木の下にヴィシアンドルが立っており、口許を押さえている。
夜中に人の家に何の用だろうかと、一瞬体を強張らせたが、そういえばと思い出す。
王宮から、夜の庭も調べたいと要請があり、夕方一度ヴィシアンドルが挨拶に来たのである。
「はじめてお目にかかります。最高神官長のヴィシアンドルと申します。また夜に調査をさせていただきますので、よろしくお願いいたします。」
そう挨拶された。
寝ぼけていたために、すっかり頭から抜けていた。
ココレットは肩にかけているショールをぎゅっと握ると、ヴィシアンドルをじっと見つめた。
ヴィシアンドルを見た時、初め自分の目を疑った。
彼のことをココレットは知っている。
彼は、ココレットの薬草を安値で買い取っていた子どもの神官である。
そんな子どもだったヴィアンことヴィシアンドルは大きくなり、なんと最高神官長になっていた。
「し、失礼ですよ?」
鼻唄を笑われたことにココレットが苛立つが、ヴィシアンドルは未だに口許を押さえて肩を震わせている。
「も・・申し訳ありません。」
ココレットは、むっとしながらもヴィシアンドルを見つめて、そして頭の中で十歳の頃のヴィシアンドルを思い出す。
あの頃はこんなにも立派な神官になるなど想像もしていなかった。
どちらかといえば口が悪くて、目付きも悪くて、可愛げの欠片もない子どもだった。
それが優しげな神官となり、最高神官長にまで上り詰めているとは。大人になったのだなと、何故か親目線で思いに更ける。
「こんばんは。神官長様自ら調査ですか?」
どうにか笑いを引っ込めると、ヴィシアンドルは頷いた。
「こんばんは。えぇ。夜の庭は精霊の力が強まるかどうか、調べに来ました。でもまさか、こんな夜中に、素敵な歌を聴けるとは。得をしました。」
嫌みなところは、変わらないらしい。
「それは良かったですね。では、失礼します。」
ココレットはそう言って足早にその場を去ろうとしたが、足を止めると、尋ねた。
「夜は・・眠れないんですか?」
「え?」
昔のヴィシアンドルは、夜いつも一人で散歩していた。その理由を尋ねた事が、一度だけあった。
いつもは生意気で、可愛げの欠片もない子どもがその時だけは泣きそうな顔で答えた。
『夜の暗闇に、呑み込まれそうになるから。』
それは、お化けが怖いとか、そういういもしない何かを怖がって出た言葉ではなかった。
神官になる者も、聖女と呼ばれる者も、その目には恐ろしいモノを見る力を持つ。
力が強ければ、強いほどに。
ヴィシアンドルのその言葉に、あぁ、まだ子どもなのだなと、当たり前だけれどもそう思った。
『おいで。一緒に散歩しましょうか。』
いつもは生意気な口が、閉じ、私の服をぎゅっと掴んできたのが懐かしい。その時だけは可愛いと思った。
それからたまに夜の散歩をした。
今の大きくなったヴィシアンドルを見ると、微かに耳が赤くなっている。どうしたのかと思うと、小さな声で何か呟いた。
「え?なんて?」
けれど、次の瞬間にはヴィシアンドルはいつもの優しげな笑みを浮かべると、ココレットに歩みより言った。
「貴方こそ眠れないのですか?でも、女性が夜中に外に出るのはあぶないので、あまりおすすめしませんよ。ほら、屋敷までエスコートしますから、お戻りください。」
手を差し出され、ココレットは少し照れ臭くなりながらもその手をとり歩き出す。
昔と大きさが逆転したなと、ココレットは内心で思う。
扉まですぐにつく距離で、エスコートされる必要もなかったのだが、と思っていると、急に抱き上げられた。
「あわわっ!な、何ですか!?」
「眠れないのでしょう?ちょっと遊びたいのかなと?」
そのままくるくると回され、あやされ、子ども扱いされているのだと悟る。
「私は、私は子どもじゃありませんよ!」
すると、ヴィシアンドルら回るのをやめて、抱き上げたまま、私の顔を覗き込んできた。
「子どもではないんですか?」
ヴィシアンドルの瞳が月の光を反射して煌めいて見える。
何だかんだと言っても、糸目を開きこちらを見つめるヴィシアンドルも美形なのだ。
ココレットは視線をさ迷わせて顔を赤らめながら答えた。
「こ、子どもじゃ・・ない・・です!」
「ふーん?なら。」
ヴィシアンドルはぎゅっとココレットを抱き締める手に力を入れると、顔を近付けた。
「なおさら、夜の散歩は気を付けなくてはいけませんね?」
ボフッと、ココレットの顔は茹で蛸のように赤くなり、目を回してしまう。
美形に耐久性を持ち得ないココレットの限界たった。
そんなココレットを見てヴィシアンドルは笑い声をもらすと、屋敷の扉を開けて、ココレットを下ろし言った。
「おやすみなさい。」
「え?あ、はい。おやすみなさい。」
扉をパタンと閉めると、ヴィシアンドルは庭へと戻り、片手で顔を覆い、項垂れると溜め息をついた。
「はぁ・・何をやってるんだ。」
自分の手を見れば、先ほど抱き締めた小さな体を思い出す。
あまりに華奢で、細い体だった。
「もう、子どもじゃない。貴方を抱き上げることも出来る・・はぁ。何をやってるんだ。諦めろよ・・自分。彼女は僕では幸せに出来ない。」
そう思うけれど、ヴィシアンドルは、自分の手の感触を忘れられそうになかった。
ヴィアン君、こじらせています。王子より好きなキャラです。
これから少しずつ本編へと進んで行きます。楽しんで読んでいただけたらとても嬉しいです。
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