実際私が答えられることは少ないんです
ひとつの魂が目の前に浮かび上がる。
その朧気な光の塊はゆっくりと形を整え、やがて一人の青年の姿へと形を変えた。
そろそろ散髪したほうがいいのではといった印象を受けるくせっ毛の黒髪、濁りとも呼べない微かな陰りが見える瞳は茶色、見て察するに最近接する機会が増えた疲れた日本人なのだろうか。
そんな事を考えながらも一度合いかけた目線を反らされたその青年に語りかける。えー、彼の名前は。
「小森悠平さん、聞こえますか?どうか落ち着いて聞いてください。ここは世界のハザマ。あなたは死亡し転生を控えるこの刹那に意識を覚醒させた状態なのです」
「…。」
「悠平さん?」
返事が全く無いので問いかける。
反応は見てとれた。ユウヘイ氏の瞳に力がこもり徐々に輝き出してきた。…ような気がする。
「…ふっ」
「ふぅ?」
「ふ、ふぅぉぉぉおおおーー!!ゴフッ、ゴッホ!!」
唐突に叫び声をあげるユウヘイ氏。あらあら、急に大きい声出すもんだから咳き込んでしまって。それでも興奮が収まらないのか、私をそっちのけで喜びを体全体を使って表そうとする。控えめに表現するならば、その姿は大変見苦しい。
「異世、界っ!異せッ転ぜっゴフッ、転生ぃーー!イャッフゥー!!イェェアアーー!!」
こんな時はしばし待つが吉。誰しも暴れる人、物、自然に近寄ってもいいことは無いのである。
穏やかに見守ること少々。
「コヒュー…フヒュー…ブッフヒュー」
元より体力は低いのか、急な感情の起伏に魂が驚いたのか、両膝に手を乗せ既に必要の無い酸素を求めるユウヘイ氏。
会話をしないくせに呼吸がうるさい人ってたまにいるよね。
「落ち着きましたか?お気持ちは分からなくもないですが、ひとまずはこっちにお座りになってこれでも飲んで喉を労わってはいかがでしょうか?」
「す、すみません」
既にこちらはちゃぶ台の前に腰を下ろしており、ユウヘイ氏にも座ることを促しつつ一息つくことを勧めます。言われるがまま座布団の上に正座をしたユウヘイ氏。
白湯を酌んだ湯呑を手渡す。ユウヘイ氏は素直にそれを受け取り、口をつけるも「ジャアッッツ!!?」とかまた叫びだしてしまう。脛はちゃぶ台にぶつけた様だが、手に持った湯呑の中身はなんとか溢さずにすんだらしい。その辺りに気がまわっているということは、多少は落ち着いたと判断してもよいでしょう。
「さて、悠平さん?あなたがこの状況を喜んでいるのは十分にこちらに伝わりました、こんどはこちら側が伝えたい内容を聞いてほしいというのが私の今の率直な気持ちです。よろしいですか?」
「は、はい。すみません、お願いします」
「よろしい、ではあなたの現状と今後の事についてお話ししましょう、ああ、少々の質問でしたら最後に受け付けますからね?」
「はい」
返事がもらえたので要点をまとめた書類をユウヘイ氏に見せ、私は説明を始める。
1,本来ならば、また次の生命へと産まれ落ちるために魂が自動で目的地へと送られますが、ユウヘイ氏の場合はある大いなる存在の目に留まり、別の世界へと転生する機会が与えられました。
2,転生なので魂(中身)がそのままの状態で送られますが、肉体(外側)は環境により変化する場合があります。
3,希望する転生対象者には、行き先の世界の大まかな情報をお伝えできます。
4,別の世界へと転生はせず、本来の流れの通りに次の生命への準備へと向かうことも可能です。
5,4番(輪廻への帰還)を選択した場合は死した後の時代、時間へと転生しますが、生来の業に大きく影響されます。また、現状の記憶は引き継がれません。
「と、まあこんなところですかね。因みにこの4番ですけど、個人的には処理が少なく済すむのでお…いえ、なんでもありません」
この事務的な説明も最早手慣れたもので、スムーズに伝えることができる。
しかしあのジジイ(かの大いなる存在)め、今改めて読んで気が付いたが、なんか項目一つ増やしやがったな。しかも、それとなく4番は選ばないでねって諭してる感じがする。
前のめりにちゃぶ台の上の紙をのぞき込んでいたユウヘイ氏が、私が言い終わったタイミングでグワッと顔を上げる。
「いや!いやいやいや、流石にこの機会をみすみす逃すようなことはしませんよ。というか、この四番を選んだ人って他にいるんですか?普通は選びませんよね、少なくとも俺は選びませんって!」
興奮しきりなユウヘイ氏は顔の前で手を繰り返し振り、いやいやと首も横に振っている。でも選んだ人もいたんだよねー。確かに私も選ぶ人はいないだろうとは思っていましたが、前例をこの目で見た身としては同意はできない。
「永きに渡る歴史の中に選ばれた転生候補者達。そのもの達の数は決して多い数ではありませんが、その中でも更に稀にその選択をした者もおりました。『普通は』だなんて、あなた個人の観念を推してはいけませんよ?誰しもがこの場で苦悩し、選んだことなのですから」
「す、すみません神様…」
しゅんと肩と視線を落とすユウヘイ氏。
数いる転生候補者を受け持ってきた私としては、このように話の通じる範囲に収まっているユウヘイ氏に協力的に接すのはやぶさかではありません。
「良いのです転生候補者よ、誰しもが自身の選択や価値観を大事にするもの。そこに少ばかりの他者を思いやる隙間を設けてほしいという私の我儘なのですから。…さあ私が受け持っている説明内容については以上です、ご質問を受け付けますよ?」
ユウヘイ氏は先ほどの発言から4番は選ばずに転生へと様子。ならばここからは質問タイムでしょう。
「はい、わかりました。では質問なんですけど、えーっと、私が転生する世界ってどんなところなんですかね?あと2番の『肉体(外側)は環境により変化する場合があります』ってのは、人間じゃなくてモンスターとかになっちゃうよってことですか?あとあと、魂(中身)がそのままってことは生まれ変わった直後から今の俺の記憶が残ってるってことでいいんでしょうか?それに転生っていったらやっぱり特典とかチートとかってのを貰えていけるんですよね!?なら――」
イラッ
「ダーーーーマッシャイ!!質問していいとは言ったが、矢継ぎ早に質問しすぎです!いいですか――」
「――てんで、やっぱり転生直後にこの記憶が残っていても辛いと思うんですよね。なのでできれば幼少期に記憶が戻りつつも、それまでの記憶と程よく混ざり合うような感じが。ていうか、その世界の言語を理解できないと困りそうですね、やっぱり基礎セットとかで言語理解とかついてくれるんでしょうか?あ、でも俺言葉とか覚えるのは好きな方なんで、なんだったらそれは外して貰っても構わないですし、代わりといっては何ですけど文字を読むのに―――」
…やべぇこいつ、まったく聞いていない。というかまだ話し続けているし、だんだん内容が質問から要求になってきている。
私を見つめているはずなのにまったく目が合わないユウヘイ氏。慄きつつもジジイから送られてきたユウヘイ氏の資料をチラ見。そしてある一項目が目に留まった。
『現地神の所見』
悠平君は夢中になると周りが見えなくなる時がありますね。相手や周りの人の話もよく聞いて、熱中しすぎないように気をつけましょう。
あー、うん、そっか。…よし。
「悠平さんの向かう世界にはモンスターなどは存在しない平和な世界です当然人外の姿になる可能性はかなり低いのでご安心を、特典やチートといった物は存在しません記憶は魂に刻まれていますので変更等は不可です。説明以上の要望があった場合は、転生後に現地神に祈ってみてください。ではよい来世を!」
「―契約を解除するような裏技でケモ耳のヒロイン達を…へ?」
パチンと私が指を鳴らすとちゃぶ台と湯呑が消え、入れ替わりにユウヘイ氏の足元にいかにもな輝く幾何学模様の陣が形成される。光は力を増し、転じてユウヘイ氏の体を包み込んでいく。
「ちょっ、神様!待ってください、まだ俺スキルとか選んで―」
「あ、私は悠平さんのおっしゃったような『神』といった存在ではありませんで、あくまでそういった要望は現地の神におねがいします。」
私はいい笑顔でユウヘイ氏に手を振り見送る。
短い間ではあったけれども、あなたという候補者を担当出来て私は嬉しかったですよ。
「へっ?そんなの聞いてな―」
そしてフッとユウヘイ氏の姿が掻き消える。
光が収まった目の前には何もない空間が広がる。同時に広がる静寂。
「聞いてないって言われてもそれは自己責任ですよね、来世では気を付けましょう。」
ユウヘイ氏がいた世界の現地神みたいなことを呟いた私は、また次の転生候補者を待つのであった。
ユウヘイ「おぎゃーおぎゃー(神様ーー!何かスキルをーー!魔法使いたいんです!)」
現地の神「あっ、うち(この世界の)そういうの無いんで」
ユウヘイ「おぎゃー!!」