いつもの二人
初めて投稿します。
よろしくお願いします。
「アリー、元気にしていたか?」
「もちろんよ、ジル」
穏やかに落ち着いた低めの声に、柔らかな日向のようなソプラノの声が応じる。声の主たちは、今日も互いに微笑みあっていつものようにアフタヌーンティーを始めた。
アリーことアリーシャは古くから続く由緒正しき名家のご令嬢である。腰まである艶やかなプラチナブロンドの髪につり目気味の碧玉の瞳、抜けるような白磁の肌を持つアリーシャは、どことなく近寄りがたい気品に溢れている。すらりとした身体に纏う細身のドレスは空色で、甘すぎない繊細なレースがアリーシャにはよく似合っていた。
一方、ジルことジルベルトは現宰相家の長男であり、すでに王宮に出仕している当代きっての出世頭である。さらりとした長めの黒髪を青いリボンでまとめ、理知的な光を湛える蒼の瞳、ひんやりと整った白皙の相貌を持つジルベルトは、切れ味の良いナイフのような鋭利さで人を寄せ付けない。かっちりとした出仕服を嫌みなく着こなす均整のとれた身体は、ジルベルトが日々の鍛練を怠っていないことがよく分かる。
そんな二人は社交界では雪の華、氷の貴公子と有名である。あまり笑わないことも相まって、デビューしてからその呼び名はますます広まり、今や知らない者は居ないくらいである。二人が婚約者同士であることもそれにさらに拍車をかけていた。
その実態はといえば、二人の表情が人前ではほとんど動かないことに加えてのんびりとした性格が巻き起こした大いなる誤解である。人前に出てしまうと親しい者たちにしかわからない程ささやかな変化しか見られなくなる表情は、逆に言えば他人には常に無表情に見えてしまう。更にはそれぞれのデビューの際、アリーシャは緊張で、ジルベルトは積み上がっているであろう仕事を思って輪をかけて顔が強ばっていた。二人が社交界に出入りするようになっても噂は広がっていくばかりだったのだが、当の本人たちはといえば、特に気にすることもなくいつものようにのんびりと過ごしていた。
「ジル、今日の紅茶はミルクを入れて飲むと美味しいそうですわ。メイドが教えてくれたんですのよ」
「そうか、ならミルクを入れて飲むとしよう。持ってきたケーキと合えば良いんだが」
「きっと合いますわ!今までもそうでしたもの。ねえアン、紅茶にはミルクを入れてちょうだいね」
専属のメイドに指示を出しながら、ふふふと機嫌良くアリーシャは目元を和らげた。楽しみだと目を輝かせ、花でも散らしそうな雰囲気を纏うアリーシャに、ジルベルトの表情も緩む。二人がのんびりと会話を楽しんでいる内に、テーブルの上にはお茶会の支度が整っていた。ほんのりと湯気のたつミルク入りの紅茶に艶々と輝くチーズケーキ。花柄のティーセットはアリーシャのお気に入りのものだ。
「ジル、ジル!持ってきてくださったのはこのチーズケーキですわよね?とっても美味しそうですわ!」
「そうだな。いつもの店の新作らしい」
「まあ!それは素敵ですわね!嬉しい」
幸せそうに微笑むアリーシャが優雅な所作で一口、チーズケーキを口にする。途端に花が綻ぶような蕩けた笑顔が浮かんだ。家族やジルベルトと居るときにしか見られないこの笑みは魅力的で、見慣れているはずのジルベルトでさえ、一時見とれるほどだ。対してアリーシャはどこまでも無頓着で、自らが蕩けるような笑顔を浮かべていることに気づいているのかも怪しい位である。
「ジル、このケーキとっても美味しい!」
「それは良かった。紅茶も頂こうか」
「ええ!ありがとう、ジル。あなたのおかげで今日も素敵なティータイムだわ」
「…ケーキは君の喜ぶ顔が見たいから持ってきたんだ。その、君が喜んでくれたなら、何よりだ」
僅かに頬を赤くしたジルベルトは、それを誤魔化すようにティーカップを傾けた。適温のミルクティーが上品でまろやかな味わいと花のような香りをふわりと感じさせる。ジルベルトの言葉を無邪気に喜び、にこにこと笑っていたアリーシャもミルクティーを一口こくりと嚥下して、あら?という顔をした。対面のジルベルトを見ると、相手もアリーシャを見つめ返していた。照れていたことも喜んでいたことも一旦置いておこうと目線を交わしあって、二人は同時に微笑み合う。
「美味しい」
「美味しいですわ」
「流石は君のメイドだな。また腕をあげたか?」
「アンは凄いのです!ケーキにもぴったりでしてよ。思った通りですわ!」
「ああ、本当だな。素晴らしい」
「ありがとう、アン」
「感謝する、アン」
主君とその婚約者からの温かい言葉に、アンはふわりと頬を緩める。いつも通りのその様子を見て笑い合うアリーシャとジルベルトは確かにお似合いの婚約者だった。