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Realita reboot 第二幕  作者: 北江あきひろ
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10月25日-3

「お。お帰りなさい、瞬くん」

「え、あ、綾?」


 ……ダイニングには…なぜか綾がいた。しかも綾もどういう訳か、はぁはぁと息を切らせて、頬も上気している。おまけに謎なのは…その格好だ。

 綾の私服姿は最近は見ていないとはいえ、子供の頃のはよく知っている。悪く言えば地味、よく言えば清楚な感じの服をよく着ていたのに、いま目の前にいる綾の格好はまるで違う。


 いつだったか、福沢くんだったかクラスの誰かに見せられた、インターネットの「なんとかを殺すセーター」とか何とかいう奴によく似た服を着た綾が台所に立っていた。


「えーと……、あ、綾……?」

「あ、あのね、今日もご飯を作りに来たんだよ。それで…その…さっきまでエコちゃんと一緒に買物に行ってて」

「あ、あぁ、そうなんだ。ありがとうな…綾」


「しゅ、瞬くんに元気つけてもらおうと思って、今日もお肉多めの豚汁だよ」

「わたしも! わたしも一緒に作ったんだよ! だからとーーっても美味しく出来てるよ!」

「あぁ……うん、そうか……」


 と、そこへ絵依子も割り込んできた。つまり買い出しでいつものスーパーまでダッシュしたから、こんなにはぁはぁ言ってるわけか。


 …あれ、でも買い出しって料理の前にするわけで……?


 …そもそもなんでダッシュする必要があるんだ…?


 ………? ……………??



 ……空腹のせいでろくに頭が回らないからか、何がなんだかさっぱり分からなくなってきた。綾の格好の謎も、はっきり言って今はもうどうでも良い……。



「…じゃあ、私そろそろ帰るね。ところでその…瞬くん……、この服…どうかな……?」

「え、あ……いや、どうって……」


 コンロの火を止めて玄関に向かって歩き出した綾が、赤い顔のまま、ふいにくるりと一回転した。でも、どうと聞かれてもそんなの答えは一つしか無い。なので僕は思いつくままに答えた。


「…もうすぐ11月だし、夜なんて今でも寒いんだから、そんな格好で出歩いてたら風邪引くぞ?」




「…………」


 でも答えた瞬間、すぅっ、と綾の顔から色が、そして表情さえもが消えた。さっきまで息を切らし、頬が赤みを帯びていたのが嘘のように。何日か前にも見た、まるで能面のような無機質な…。


「え………」


 思わず、なんだこれは、と言いかけた次の瞬間。


「…うん。心配してくれてありがとう。じゃあまた明日ね、瞬くん」


 そう言って。いつも通りの顔に戻った綾は、くるりと僕に背を向けると、そのまま玄関へ歩いていった。そして……。



 ぎぃっ……


 バタン……!



 …どこか…なぜかいつもよりも神経に障る音を立てて玄関のドアが閉まった。



「………? 変なやつだなぁ……。い、いや、そんなことより…」



 そうだ、そんなことよりも早くご飯を……。豚汁を作ってくれてたというのは実にありがたい。さっそくいただくとしよう。


「絵依子? おまえも食べるか?」


 食器棚からお椀を出しながら一応聞いてみる。一人分を出すのも二人分を出すのも手間は同じだ。そう思って声をかけたのに、返ってきたのは冷たい視線だけだった。


「な……なんだよ。要らないのか?」

「………………」


「え、な、なに怒ってるんだよ。あ、もしかしてこれ…いま食べちゃダメなやつだった? 晩ご飯用?」

「…晩はお母さんが作ってくれるからいいんじゃないの。はぁ……」



「…………??……?」


 まったく意味が分からない。なんなんだ……。

 本当に妹という生き物たちはさっぱり何を考えてるのか分からない……。


「じゃ、じゃあ僕は頂くけど…」

「…わたしも食べる。お椀ちょうだい」 

「アッ、ハイ……」


 ともかくお茶碗にご飯を、お椀に豚汁をよそって、僕らは席についたのだった。





 ずず……ずずっ……



 もぐ……もぐ……



 …休日の昼下がりの静かな居間に、ずず、ずずず…っと、時たま豚汁をすする音だけが響く。



 ……なにかこんなの、少し前にもあったな……。



「……で?」

「え、へ……?」


 綾の作ってくれた、確かにお肉多めの豪華でリッチな豚汁をお腹に入れ、ようやく一心地ついていたところに、ふいにお椀から口を離した絵依子が急に僕に話を振ってきた……らしい。


「へ、じゃないよ。それで? どうだったの、買い物」

「あ、あぁ。けっこう大変だったよ。何ていうか…その…いろいろあったしさ」

「そりゃそうでしょ。あんないっぱいの荷物を一人で運ばされてさ。バッカみたい」


「え、なんでおまえ…そんなこと知ってるんだ?」

「…し、知ってるんじゃなくて、ほら…階段のとこで何かバタバタやってたじゃん。だからそう思ったの!」

「な、なるほど。でも団地に帰ってきてからの荷物運びは僕一人じゃなくて、アルシアさんも手伝ってくれたんだ」

「…あっそ。でもあの女は一度も手伝わなかったんでしょ」


「まぁ…そうだけど」


 …あの女、ってのはソニアのことを言ってるんだろう。それにしても、なんで絵依子はここまでソニアのことを嫌ってるんだろうか。誤解はもう解けてるはずで、昨日だって一緒にパーティーをしたっていうのに。


「…なぁ、絵依……」

「それで? 他には? 何を買ってきたわけ?」


「え、あ、あぁ、うん……。イケヤでは生活雑貨とかみたいなのを買って、その後でテレビをエピオンに買いに……」


 こいつがいったい何を考えてるのか、思わず聞こうとしたものの、強い口調の絵依子に気圧された僕はそれを断念せざるを得なかった…。


「ふーん。テレビねぇ」

「うん。そうなんだけど、何ていうか…ソニアの買い物って独特というか、そのせいで大変な目に逢いかけてさ…」

「……どういうこと?」


 そこまでを言いかけた時、急にかちゃり、とお箸を置いて、絵依子がどことなく棘のある口調で僕を真っ直ぐに射るように見て言ってきた。


 …しまった。この話はするべきじゃなかったか。


「あ、あぁいやいや、大変は言い過ぎた。結局は全然たいしたことにならなかったんだ。本当だって」

「…………」


「その……だから……」

「………」


 じいっと絵依子の僕を見る視線がますます強くなる。これは……正直に言うまでどうにもならないか…。

 やむを得ず、僕はイケヤやエピオンであった出来事を包み隠さず話すことにした。



「…ソニアってさ、ろくに値段も見ずに、デザインとか性能とかで気に入ったものがあったら迷わず買うんだよ。でも雑貨や家具ぐらいならいいけど、まさかテレビまでそんな買い方するなんて思ってなくて」


「……それで?」

「…正直言って、この団地の部屋に置くには大きすぎるような…それに値段だってバカみたいなテレビを選んだんだ。でもテレビってさ、確かにテレビ見たりゲームしたりするものだけど、それだけじゃないと思うんだ。例えばこう……インテリアとしての部屋とのマッチングとか、もっと言えば…その人の生活っていうか…ライフスタイルに沿った買い方をするべきなんじゃないかって思うんだ」



「だから、さすがにそれはどうかと思って、いちおう止めたんだけど聞いてくれなくて」

「………」

「でもまぁ、外国の人だから僕らとは価値観が違うのかもしれないし、もっと言えばソニアほどの人ならそういう買い物の仕方にも何か考えがあってのことかなって思って、口を挟むのは止めたんだけど…」

「…………」



「で、買うって決まってから、僕がその巨大テレビを運ぶんだってことに気づいて焦ってたら、配送もできますっていう店員さんに助けられたって話だったんだけど…、」

「…何それ、ダッサ」


「うっ……。い、いや、まぁダサいっていうか、うっかりしてたのは認めるけどさ…」

「違う」

「………へ……?」


 冷たく、まるで感情を感じない機械音のような声の絵依子の言葉……、それも否定の言葉……に僕は混乱した。違う? 違うって……何が? 


「さっき言ってたやつ、それあの女に言ったの? 言ってないんでしょ。だからダッサ」

「…………ぇ…?」



 え、えぇぇぇ?


 なんで? なんでこの話の流れでそんなことを言われなきゃならないんだ??




「え、あ、いや……大きすぎるから止めたほうが、とは言ったけど……」

「ほらダッサ。いつもデザインがどうの、センスがどうのとか言ってるくせに、相手が本当のデザイナー様だからビビって何も言えなくなったんでしょ。違う?」

「な………あ………っ!」



 絵依子の言葉に、思わず僕は立ち上がりかけた。

 …何を言ってるんだ、こいつは。そんなんじゃない。僕はあくまでソニアの考えを尊重しただけだ。

 そうだ。それ以外には何もない。


「ち……違…っ…」


 …でも、僕の口からは…それ以上は声にならない声しか出てこなかった。


「あの女の考え? 価値観? それ言い訳にしてあの女の言いなりになってるだけじゃん。まじダッサ」

「あ……ぐ……ぐ……」


 …そんなことは僕は思ってない。そんなつもりなど毛頭ない。でも、だったらどうして反論の言葉がこの口から出てこないのか。

 そのことにこそ、僕は絶句するしかなかった。



「…ごちそうさま。わたし、ちょっと出かけてくるから」



 そう言って…絵依子は食器をシンクに置いてから……家を出ていった。結局…何一つ言い返すことのできなかった僕に…まるで虫けらでも見るような冷たい視線を浴びせながら。


「違……う。そんなことは……」



 絵依子がいなくなって、ようやく絞り出せた言葉も、これが精一杯だった。

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