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Realita reboot 第二幕  作者: 北江あきひろ
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10月25日-1


-10月25日-




「…じゃあ行ってくるわね。後よろしく!」


 少し遅めの朝食をみんなで摂り、ゆっくりとお茶をしてから、出勤の用意を

整えた母さんが玄関に向かった。

 僕らや世間さまでは休みの日曜だというのに、今日も母さんは出勤だ。毎度の

ことながら、本当に母さんには頭が下がるしかない。


「うん。行ってらっしゃい」

「行ってらー。気をつけてね!」


 母さんを送り出してから僕たちはダイニングへと戻った。昨日もぐっすりと

寝られたおかげで体の調子は実にいい。いや、それどころか、何かこう……活力

のようなものが体の内側からどんどんと湧いてきている感じさえある。

 休みだけどゴロゴロするよりは身体を動かしたい。僕にしては珍しく、そんな

風にも思えるほどだ。



「…お兄ちゃん。今日はどうするの?」


 などと考えていると、ふいに絵依子がそんなことを聞いてきた。


「うん。せっかくの日曜だけど、例の日雇いとか短期のバイトでも探しに行こう

かって考えてた。おまえは?」

「わたしは…ちょっとお家の片付けとか掃除でもしようかなって」

「ほぅ………」


 …思わず僕は唸ってしまった。まったく珍しいこともあるもんだ。絵依子が

家の手伝いを自分から言い出すなんて。

 あとで天気予報で、明日に槍が降るかどうかチェックしておかないとな。


「そっか。そうしてくれたら僕も母さんも助かるよ。でも急に…どうした?」

「え、べ、別に……理由なんかないよ?」


 つい、思わずそう突っ込んでしまうと、またも困ったような表情を浮かべて、

絵依子が視線を反らした。そしてこの表情に僕は……見覚えがある。そう、昨日

の晩に、綾と何ごとかをやり取りをしていた時と同じ顔だ。

 確かあの時は話の内容までは分からなかったけれど、どうも綾が何か面倒な

ことを絵依子に頼んだような感じだった。そこまでを思い出すと、がぜん僕は

昨日のこいつらの秘密会議の中身が気になったことも思い出した。



「…なぁ、そういえば昨日、綾と何の話をしてたんだ?」

「ふぇ?! お、お兄ちゃんには関係ないよ」

「…? じゃあどうして僕から離れてひそひそやってたんだ?」

「そ、それは……。だからお兄ちゃんには関係ないから……」


 …どうにも煮え切らない態度で絵依子が言葉を濁す。でも、どうも何か怪しい。

何かを隠している。絵依子の態度からはそんな風にも感じられる。

 もっとも、そんなに僕に聞かれてはまずいようなことを、あの綾が言うとも

思えないのだけど。


「関係ないなら言っても大丈夫だろ? 綾にはちゃんと内緒にするからさ」

「……しつこいなぁ……。わたし、やっぱ遊びに行く!」

「ま、待て待て! 早まるな! 分かった! もうこの話は終わり! な!」


 言うやいなや、椅子から立ち上がろうとした絵依子に、あわてて僕は話を打ち

切った。せっかく珍しく絵依子が家のことをしようとしているのだ。僕の好奇心と

家のこと。どっちを優先するかは考えるまでもない。これ以上の追求は誰のため

にもならないだろう。



「…………」




 ・・・・・・ピンポーン




「…お、こんな朝から誰だろ…?」


 と、その時タイミングよく家のチャイムが鳴った。誤魔化しがてらにとっさに

立ち上がり、僕は玄関に向かった。


 廊下を歩きながら、僕はふと昨日のドタバタ劇を思い出した。まったく、あの

時は本当に驚いたというか焦ったというか。次から次へと予想外の出来事ばかり

だったのだから。


 とはいえ、さすがにもうあんなことはないだろう。今度こそ宅急便か何か

だろう。でもお歳暮…にしては少し早いか……?

 そんなようなことをぼんやりと考えながら、僕は玄関のノブに手をかけた。



「……へ……?」



 がちゃり、と扉を開けたすぐそこにいた人物を目にして、僕はまたも間の抜けた

声を出してしまった。なぜならそこには……。


「ハイ! シュンヤ! 約束通り、買い物ニ付き合ってもらうワヨ」


「え…? そ、ソニアさ……、い、いや、ソニア…?」


 なんということか。なぜかソニアがいつもの巨大サングラスをかけて、玄関の

向こうに立っていた。っていうか……。


「…え? か、買い物って……?」

「ンン…? 昨日言ってたデショ。明日ハIKEYAに行くッテ」

「あ……、あぁ…」


 …確かにそんなようなことを聞いた記憶はある。しかし。


「で、でも……、それとこれに何の関係が……?」

「…ワォ。驚いたネ! 日本デハ女の子ニ、一人で買い物ニ行かせるノガ普通の

コト?」

「え、えぇぇ……??!」


 信じられない、と言わんばかりに、ソニアが少々大げさなほどのリアクションを

しながら、僕を指差した。

 でもそんなことを言われても、実際日本じゃ女の子が一人で買い物するぐらいは

当たり前のはずだ。だけど海外では違うというのか?

 …いやいや、なにか違うぞ。論点がずれてる気がする…。


「え、えぇと……。だからそういうことじゃなくて……」


 そうだ、要はそんな約束など僕はした覚えがない、というだけの話なのだ。

なのに急に来ては「さぁ行こう」だなんて、いくらなんでも強引すぎる。

 それにソニアには悪いけれど、僕にだって都合がある。今日こそはそろそろ

バイトの一つぐらいは目処を付けないと、我が家の家計的にもまずいのだ。でも。


「…それにワタシが買い物ニ行くのダカラ、シュンヤは何も言わなくテモ一緒ニ

来てくれルと思ってタのダケド…?」


「…………!!」



 …どう言えば諦めてもらえるのかを考えていると、ふいにソニアがサングラスを

外し、さっきまでとは打って変わって、口を尖らせ不満げな目で僕を見た。

 その上目遣いの表情に…、まるで拗ねた子供のような口ぶりに……、僕は一瞬

でもう、さっきまでの全てがどうでも良くなってしまった。


「…オーケー。分かったよ。買い物、付き合うよ」


 だから僕はそう言うしか無かった。はっきり言ってこんなのは反則すぎる。

笑った顔もとてつもなく魅力的だけど、こんな風なソニアもまたとんでもない

破壊力だ。


 ソニアが僕といっしょに買い物に行きたいというのなら、断る理由なんかひとつ

もない。むしろウェルカムだ。バイト探しなんかどうでもいい。また学校の帰りに

探せばいいだけだ。


「オゥ! やっぱりシュンヤはさすがネ! デハ…!」


 ぱあっと笑顔に戻ったソニアが言うが早いか、たったと階段を降り、ぱちんと

指を鳴らすと、いつかのようにまたタクシーが僕たちの団地のすぐ前の道に滑り

込んできた。


 でもその時。


「…またあんたなの? 今日は何の用?」


 昨日のように、なかなか戻ってこない僕を不審に思ったのか、また絵依子が

玄関先にやって来たと思ったら、そんなことを言い放った。

 とはいえ昨日や一昨日の時のような、喧嘩を売るみたいな感じのものではない。

でもやっぱりまだどこか…気を許した訳じゃない、という風な口調だ。


「え、絵依子、その…今からソニアの買い物に付き合うことになったんだけど…」

「ふぅん……まぁわたしには関係ないから別にいいよ、行っといでよ」

「え……?!」


「そういう訳ネ。しばらくシュンヤヲ借りるヨ、エーク」

「だから別にいいって。……早く行きなよ」


「………???」

 …だから僕はてっきりまた文句を言われるかと思ったら、意外にもあっさりと…

ソニアとの買い物に行くのを絵依子が認めてくれた。

 どう言う心境の変化なんだろうか……。

 昨日といい今日といい、やっぱり妹という生き物はさっぱり理解しがたい……。





「……じゃ、じゃあ……後はよろしくな」

「うん。了解。…ってかさ、なんで学生服なの?」

「ぐっ……」


 取り急ぎ部屋に戻って着替えて、特に何が入ってる訳でもないバッグを掴んで、

改めて玄関の先に出たところで、絵依子が痛いところを突いてきやがった。

 いや、僕だって私服の一つや二つぐらい、ない訳じゃないのだ。だがしかし。


「い、いいだろ、別に。学生はこれが正装なんだから」

「ふ~ん……」


 …何かに勘付いたような目で絵依子が僕を見る。えぇそうですとも。お察しの

通りですとも。


 日頃、あれほどデザインがああだこうだ、センスがどうのと言う割に、実は

僕は自分のファッションセンスにはまるっきり自信がないのだ…。


 むろん、僕だって絵描きの端くれだ。上と下の色味を合わせるとか、シルエット

でバランスを取るなど、ある程度の原理原則ぐらいは承知している。でもそれを

手持ちの服で理想的な組み合わせ、着こなしが出来るか、と言われれば答えはノー

だ。なぜなら他人事ではなく、自分の事として、今までそんなことを考えたこと

など一度もないからだ。そして何より……まともな「外行きの服」など僕は持って

いないのだ…。


 しかしそれもこの件の本質ではない。だいたいあの天才デザイナーのソニアと

いっしょに出掛けるとなれば、付け焼き刃の着こなしなど失笑されるのが落ちだ。

何より、それなりの格好でなければ彼女に恥ずかしい思いをさせかねない。

 だけど制服なら……それが学生服なら、そういう諸々の問題をすべてクリアして

くれるのだ! 



「そ、それに結構見かけるぞ? 休日でも制服で街をウロウロしてる女子高生

とか。だったらこれだって別に変じゃないだろ?」

「…いや、それは違うと思うけど…、まぁどうでもいいよ…」


 誰が考えたかは知らないけれど、日本に制服という文化があって本当に良かった

と僕は思う。名も知らぬその人には感謝しか無い。いくら感謝してもし足りない

ほどだ。そういう女子高生も、きっと僕と同じに思っていることだろう。


「いいや、違わない! おまえも一応は女子高生なんだから分かるだろ!」


 だから僕は学生服を着てきた理由を熱く訴えた。逃げで制服を選んだと思われた

ままでは、断じて引き下がるわけにはいかない。この僕の選択は、極めて合理的な

判断によるものなのだ……!!!


「はぁ…。…にしても…ホントにあーやの言うとおりになったな……」


 でもそう思った次の瞬間。呆れたような表情で何事かをつぶやきながら、絵依子

が家の中に戻ろうとした。そして。


「シュンヤ! まだナの?!」


 僕を呼ぶソニアの声が、すぐ下の道路から聞こえてきた。まずい。これは

まずいぞ……。絵依子の誤解を解いている暇はもうないらしい……。


「い、いま行くから! って、絵依子、さっきなんか言ったか?」

「…なんでもない。じゃあごゆっくり」

「あ、う、うん……」


「シュンヤ! 早く! ハリアップ!」

「え、ちょ、そ、ソニア……!?」


 と、しびれを切らしたのか、タクシーのすぐ側にまで降りていたソニアが、また

玄関先にまで戻ってきた。そして僕はまた腕を捕まれ、無理やりまたタクシーに

放り込まれたのだった。




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