10月23日-3
「…なんでそこまで僕に親身になってくれるの?」
…思わず僕は直球で聞いてしまった。別に知る必要はないし、知ったところ
で何がどう、ということもない。日名瀬さんが答えてくれるとも限らない。
でもなぜか……気になって仕方がなかったのだ。
「え、な、なんでって……、そ、そりゃあ渡城くんはクラスメイトだし…、
と、友達の力になりたいっていうのは普通でしょ?」
「…………」
などと言いつつも、日名瀬さんの目が微妙に泳いでいる。言ってることは
なんとなく正論っぽく聞こえるけれど、彼女の様子が、それが本心からのもの
でないことを僕は直感した。
けれど…。
………言ってから僕は…後悔してしまっていた。だってこれじゃ朝の綾と同じ
だからだ。興味本位で…相手の都合も考えないで、個人的なことを聞くなんて、
どうしようもなくくだらなくて下世話な、最低なことだ。思わず、ついそんなこと
を口にしてしまった自分に腹が立つ。
「あ…あのね……渡城くん……」
「……いや、やっぱりいいよ。言わなくていいから」
「え? そ、そう? でも…なんで急に?」
「…だってさ、それって僕のただの興味だからだよ。別に聞いても何がどうなる訳
でもないし」
「…う、うん…? それは…そうだけど…」
「それにもし日名瀬さんが言いたくないことだったら、そんな風に興味本位で
聞いてこられたら腹立つだろ? だいたいさ…」
「……待って、渡城くん。なんかあったの?」
言っているうちに不愉快だった朝の出来事を思い出し、少々語気が強くなって
しまったことを自覚しながら、でもそれを止めることも出来ないでいると、ふいに
眉を曇らせて日名瀬さんが僕の言葉を遮った。
「…え……?」
「もしかして……誰かにその外国の人のこと、根掘り葉掘り聞かれた…とか?」
「…………!!」
…続いてずばりと朝のことを言い当てられ、思わず僕は声を失った。これも
まさか女の勘、というのだろうか。
だとしたら…もはやこれは超能力である。
「…渡城くん。もしよかったら聞かせてくれないかな」
「…………」
…もしかしたら…日名瀬さんの前では隠し事はできないのかもしれない。再び
超能力を発動されたら、何を見透かされるか分かったもんではない。
仕方なく僕は、昨晩と朝にあったことを…ソニアさんの素性だけを秘密にして、
日名瀬さんに話した。
「………ふうぅん……、なるほどね。そっか……」
「うん。だから僕はさ…」
「…でもね、それは渡城くんが悪いよ」
「でしょ? だから僕は……って、……えぇぇぇぇ?!」
一通り話し終えたとたんのまさかのダメ出し、まさかの一刀両断に、僕は耳を
疑った。今の話のどこに、僕の非があるというんだ…?!
「はぁ……。あのね、渡城くん。妹さんもその幼馴染の子も、みんな渡城くんの
こと、心配して言ってるんだよ。まずそこを理解して」
「え……、えぇぇぇぇ…、そうかなぁ……」
「それとね、今はほら、変な犯罪とか事件も多いから、知らない人を家に上げる
なんて、女の子だったら不安に感じて当たり前でしょ」
「……し、知らない人じゃない! ソニ…いや、その人はそんなんじゃ……!」
結局、日名瀬さんもそんな取って付けたような理由で、絵依子たちの味方と
いうことか。あの人のことを…ソニアさんのことを何も知らないくせに、とまた
僕の中で怒りの炎が立ち上りかけた。その時。
「…ほら、またそうなってる。渡城くんはすぐそうなるよね」
「……は…?」
言いながら、日名瀬さんが両手を顔の横に付けて、前後にスライドしてみせた。
僕のことをからかっているのかと思えるような、意味の分からないジェスチャー
に、ますます怒りが大きくなる。でも。
「あのね、渡城くんはその人のことを知ってて、分かってるつもりでも、他の人は
初対面でしょ。違う?」
「…それは…そうだけど……? それが何…?」
「…逆に考えてみて。もし妹さんが夜遅くに、たまたま知り合ったっていう男の
人を家に連れてきて泊めるってなったら、渡城くんはどう思う?」
「え、そ、そりゃ………」
あまり有り得そうもないシチュエーションではあるけれど、もしそんなことが
起きたら、僕なら絶対認めないだろう。そんな訳の分からない奴とひとつ屋根の
下で一晩過ごすなんて、考えただけでも気分が悪い。落ち着けるはずの我が家が、
まったくの違うものになってしまうだろう。そしてそれは、きっと綾の家でも
同じことで……。
「……あ……」
そこまでを考えると、急に…ふいに僕は理解した。日名瀬さんの言わんとして
いることを……。
同時に、僕の中の怒りの炎も、水をぶっかけられたように…消えていった。
「…ね? 分かった?」
「あ……、ぁうう………」
「そういう普通じゃないことが起きたら、騙されてるんじゃないかとか、なにか
ヘンなことに巻き込まれたんじゃないか、って普通は思うでしょ」
「い、いや…だけど……!」
そうは言ってもソニアさんは断じてそんな人じゃない…と一瞬反論しかけた
ものの、それを知ってるのは僕だけなのだという事実に、結局僕は……黙らざる
を得なかった。確かにそれは…日名瀬さんの言うとおりだ。
考えてみれば、昨日も今朝も、絵依子たちにきちんとソニアさんのことを僕は
何一つ説明していない。そもそもする気もなかった。する必要性を考えすらしな
かった。
……でも、説明も話もせずに、そのことが他の人に伝わるはずがないのは当たり
前のことじゃないか。
言われてみれば……、確かにどれもごくごく当たり前すぎるほど当たり前の
ことだ。むしろ逆に、なんで今まで気がつかなかったのか、思い至らなかった
のか不思議なぐらいだ。
「特にね、渡城くんのことを知ってる人なら、誰だって心配するよ。渡城くんは
すぐこんなんなっちゃうんだから」
「…………」
さっきのジェスチャーを日名瀬さんがまた繰り返した。その意味するところ
もようやく理解し、もはやぐうの音も出ないほど、僕は強く思い知らされた。
つまり僕は熱くなったり夢中になったりすると前しか見えなくなる、周りが目に
入らなくなる、要するに客観的に物事を考えられなくなる、と言うわけか。
今回のことで言えばソニアさんが家に泊まるという、僕からすれば夢みたいな
事態に浮かれすぎて、周りの人の気持ちをまったく考えられなくなっていたという
ことだ。
今までのことを思い返してみても、確かに思い当たる節がないでもない…。
…率直に言えば、自分で自分のこの性格がちょっと恐ろしいとさえ思って
しまった。
そして、だとしたら朝方、僕は……綾にひどいことをしてしまった。言って
しまった。
いや、綾だけじゃない、絵依子にも…。
……今頃になって、ひどい後悔と…自己嫌悪が僕を襲う。
「…ごめんね。ちょっと言い過ぎちゃったかな…」
「……い、いや……、よく……分かったよ。確かに…僕が悪かったって…やっと
分かった…」
…日名瀬さんに教えてもらえなかったら、たぶん一生、自分では気づけなかった
であろう僕の中の最悪な部分。それが知れたことには感謝しかない。だけど気持ち
としては散々である。人目がなければ泣きたいほどだ。
……そして同時に、僕の脳裏に、またさっきの疑問が浮かび上がる。
こんなこと、別に僕に教えてくれる義理なんて日名瀬さんにはない。僕はたま
たまセーフだった…というか、ショックが大きすぎてそれどころではなかった
だけで、他の人なら下手をしたら図星を指されたことで逆上するかも知れない
ような案件だ。
もし僕が日名瀬さんなら、例えクラスメイトでもこんなリスクのあることは
しない。なのになぜ日名瀬さんは僕に教えてくれた…?
…やっぱりどう考えても、クラスメイトだから、という理由では説明がつかない
ように思えて仕方がない。
深呼吸し、少し落ち着いてから、僕はさっきの疑問をもう一度日名瀬さんに
ぶつけた。
「……はぁ。それ、ど、どうしても聞く?」
「うん。聞かせてくれたらありがたいんだけど」
「……う…ん…。でもなんだかんだで渡城くんにいっぱい喋らせちゃったしね…。
私も少しぐらいは自分のこと喋らないと不公平だよね…」
…別に僕は不公平とかそういうのではなく、ただ純粋に気になっただけなの
だけど。
そして、さっきまで僕は他人のプライベートにうかつに立ち入るべきではない、
と思っていたけれど、日名瀬さんに言われたことで、それも少し変わった。
もしかしたら日名瀬さんも、本当は興味本位だったのかもしれない。だけど
その日名瀬さんの興味のおかげで、僕は自分のことを知れた。きちんと人と対話
することの大切さを知った。つまりは時にはそういう図々しさも必要なのだと。
だから僕は今度こそまっすぐに言葉にして、日名瀬さんに問うた。彼女のこの
親切の意味を。
ただ、あるいは…というか、僕の中では……仮説のようなものはすでにある。
…常識とか一般論で言えば、たいして絡みのないクラスメイトの世話を焼く理由
なんてのは、それはもう「好意」の他、考えられないんじゃないだろうか。
つまり、日名瀬さんは……この僕に好意を持っていると考えるのが一番自然な
気がするのだ。
もっとも、僕のどこに好きになる要素があるのかは自分では分からない。でも
好みなんてそれこそ人それぞれだ。福沢くんみたいに姉萌えの人もいれば、斉藤
くんみたいに妹萌えの人だっている。だとすれば、僕みたいなヒョロメガネに
萌える女子がいたって不思議じゃないだろう。
でも、もしそうでも…この仮説が正しいとしても、申し訳ないけれど、僕には
日名瀬さんの気持ちに応えられない。
日名瀬さんは決して美人という訳ではないけれど、愛嬌はあるし、サッカーで
鍛えてるだけあってスタイルは良いし、性格も良さそうで話しやすい、というか
実際に話していても楽しい。だからきっと付き合ったら、もっと楽しいだろう。
それは認めざるを得ない。
だけど、僕にはもう心に決めた人が……………
「あ、あのね、怒らないで…聞いてくれる?」
「……え? ぅ、うん。もちろんだけど…」
思考の途中でふいに聞こえてきた声に、僕は現実に引き戻された。さっきと
同じに、言いながらもまた少し目が泳いでいた日名瀬さんだったけれど、はぁ、
ともう一度、大きく息をついて意を決したように浮かべた表情に…、真剣さに…
……、僕はさっきまでの思考を忘れた。
「…あのね、渡城くんって、昔うちで飼ってた犬にそっくりなの…」
「…………は……っ…?」」
「…自分の興味とか関心があることだけまっしぐらで、後はまるっきり無関心な
とことか、そっくりなんだよね…」
「…は、はぁ……」
………まさかの、想像の斜め上の日名瀬さんの答えに、僕は呆けたような声を
上げるしか出来なかった。
いつだったか、誰かに弟みたいだ、なんて言われたようなことがあった気がする
けれど、今度は犬……犬か。
……好意どころか、もはや人扱いですらないとは。
「だからなんとなく放っておけないっていうか…、今まであんまり絡みはなかった
けど、ずっと気になってたんだよね…」
「あ、あぁ、そ、そう…なんだ……、あは……あはは……」
…どうにか作り笑いを浮かべたものの、日名瀬さんの言葉に、さっきまでの
自分の考えがとんでもなく馬鹿らしく、恥ずかしくなってきた。
いや、そもそも、よくよく考えてみれば、もし僕に好意があって親切にして
くれていた、というのなら、そんな人が別の女性と上手くいくようにプランを
練るというのは普通におかしいだろう。
……なんでそんな当たり前のことに気がつかなかったのか……。
…今更ながら、もし告白なんかされたら、どう断ろうかと考えていた自分が、
とてつもなくカッコ悪く、情けなく思える。
もし今の顔を鏡で見たら、さぞや面白い表情をしていることだろう……。
と、その時。
・・・キーンコーン・・・カーンコーン・・・・・・
「お………」
またふいに休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。我ながら恥ずかし
すぎる勘違いをしていた僕にとっては、ある意味で救いの音だった。とりあえず
はこれでこの話はいったんリセットだ。
ともあれ、日名瀬さんが好意とかではなく、同情心とか哀れみみたいな気持ち
で僕に親切にしてくれるというのが分かったのは良かったかも知れない。向こうが
僕を「男」として見ていないのなら、安心していろいろ相談できる、ということ
でもある。
パンの包みをビニール袋に突っ込みながら、日名瀬さんは空になった弁当箱を
袋に仕舞いながら、僕たちは立ち上がった。
「…ともかく、いろいろとありがとう。また…なにかあったら話してもいいかな…?」
「うん。いつでもどうぞ。じゃあ戻ろっか」
日名瀬さんのありがたい言葉に感謝しながら、僕たちは連れ立ってそのまま
屋上を後にした。




