10月22日-3
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「……とまぁ、鎌倉観光の鉄板としては、こんな感じかなぁ?」
「はぁ…はぁ……、なるほど………」
…鎌倉の大仏に始まり、周辺にあるというお寺や神社、そしてそこの見どころ、
ついでに雰囲気がいいらしい喫茶店などの情報を、弁当そっちのけで僕は一字
一句完璧にメモし切った。
授業中のノート取りでも、ここまで集中したことはないと断言できよう…。
「それにしても…日名瀬さん、詳しくないって言ってたけど、とてもそうは
思えないよ」
「あはは…。種明かしするとね、私、子供の頃はあの辺に住んでたんだよね」
「なるほど……」
「…でも、まずは大仏さんはいいとして、問題はルートよね。移動時間までは
考えずに言っちゃったから、そのへんは現地で調整してね?」
「う、うん。分かった……」
日名瀬さんはそう言ったものの、駅からのだいたいの距離も教えてくれたので
そう難しいことでもなさそうだ。少し早足で歩けば、かなり回れるだろう。
と、手帳からふと顔を上げると、また日名瀬さんがじっと僕を見ていた。
「え……、な、なに……?」
「……もしかして渡城くん、自分の足でどれぐらい行けるかって考えてない?
ダメだよ。女の子と一緒なんだったら、その子の足に合わせないと」
「……!!」
…確かにその通りだ。また僕は自分本位で考えてしまっていた。
「…もぉ。心配だなぁ…。今日部活がなかったら付いていきたいぐらいだよ…」
「面目ないです…。でも助かったよ。ホントに日名瀬さんに聞いて正解だったよ」
「いえいえ、私でお役に立てるなら、またいつでもどうぞ♪」
・・・ぴろん、ぴろん
と、ふいに日名瀬さんのスマホが鳴った。
「…あはは。もう、あの子らってばもう……」
例の新型…というか、試作機のスマホを取り出した日名瀬さんが、画面を
見るなり苦笑した。相変わらず文字通りスマートでカッコいいデザインの
スマホだ。
…でも、たぶん送られてきた内容は、さっきの人たちからの、僕へのとんでも
ない風評被害なんだろう。そう思うとスマホに罪はなくても、少々イラッとして
しまうな…。
「…さっきはごめんね、悪い子たちじゃないんだけど、渡城くんみたいな男の子、
よく知らないからね、あの子たち」
そんな感情が知らず知らずのうちに顔にでも出ていたのか、申し訳なさそうに
日名瀬さんがそんなことを言った。
「…え? い、いや、気になんかしてないよ」
「あの子たちもね、部活の…私と同じ女子サッカー部の部員なの。一人は隣の
クラスで、もう一人は後輩でね」
「………」
「…あの子達もサッカーしか知らないから、渡城くんみたいな普通の男の子って、
逆に宇宙人みたいに見えるみたいなの。だから失礼なこと言ってごめんね」
…よくは分からないけれど、確かにずっと体育会系の世界で生きてきたのなら、
僕みたいに小学生で少年野球をドロップアウトした文化系とは、考え方も価値観
もまるっきり違うだろう。
筋肉と体格だけで、世の中の全ての問題が解決できると言わんばかりの考え方が
イヤで、僕は野球を辞めたのだ。だから日名瀬さんの言うことは分からなくはない。
でも……。
「じゃあ…日名瀬さんはさっきの人らとは違うの?」
では、そういう日名瀬さんはなんなんだろう。自分だって女子サッカー部で、
バリバリの体育会系だろうに。
「うぅん…、似たようなもんだよ。だから今日は急に話しかけられたからビックリ
しちゃったんだよ? ふふふっ!」
…なにか…話をはぐらかされたような気がする。別にこれ以上追求する理由も
意味もないけれど、なんとなく気になる。
「あ、あのさ、日名瀬さんって……」
キーンコーン・・・カーンコーン・・・・・・
「あ………」
と、その時、お昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴ってしまった。
これはまずい……、実にまずいぞ……。
メモを取るのに必死で、僕はまだ弁当を半分ほどしか食べられていないのだ。
「あぁー、もうお昼休み終わりかぁ…」
「……そうだね…」
それにこうなってはもう、さっきの話の続きなんて出来そうにない。仕方なく
僕は弁当に蓋をして、元通りに包んでいると、僕のと違ってキレイに空っぽに
なった弁当箱を持った日名瀬さんが、さっと立ち上がった。
「じゃあ私、先に戻るね」
「うん、ありがとう。ホントに助かったよ」
「ふふっ……、それにしてもホント意外だったなぁ…。まさか渡城くんが女の
子と、しかも外国の人とデートなんてね」
「…い、いや、だからホントにデートなんてことじゃないよ。ただの案内……」
立ち上がって僕を見下ろすような形で、また日名瀬さんがくすくすと笑う。その
勘違いを正そうとした瞬間。
「…渡城くんてさ、私の名前…知らなかったでしょ? 福沢くんにでも聞いた?」
「………え……?!」
…やぶから棒に、彼女が突然発した言葉に、僕は思わず絶句してしまった。
確かに何日か前に、スマホのことで日名瀬さんと多分初めて話した時、彼女の
名前が出てこずに焦ったのは事実だ。
仮にも半年以上も同じクラスで、しかも日名瀬さんは僕の名前を知っていた
のに、僕の方は彼女のことを知らない、というのも失礼だと思って、なんとか
あの場はうまくやり過ごしたつもりだったけれど、バレていたとは……。
「でもあの時ね、あぁやっぱり、って私思ったんだ。自分でどう思ってるか知ら
ないけど、今まで渡城くんは明らかに女子を避けてるように見えてたから」
「………!!…」
…言われてみれば確かに、僕は彼女はおろか、クラスの女子の名前なんて、
ほとんど知らない。
でも僕だって健全な高校男子だ。女の子に興味がないなんてことは絶対にない
と断言する。クラスの女子は……要するにみんなガラが悪くて、僕のタイプじゃ
ないから記憶に残らないだけだ。それをそんな風に言われるのはちょっと心外で
ある。
「だからね、渡城くんがデートするって、すっごく意外だったの。さっきナンパ
じゃないって聞いて納得したのもそういう意味なの。悪い意味じゃないよ?」
僕にナンパできるような度胸なんかない、と遠回しにディスられてたように
聞こえたのは、なるほど僕の被害妄想だったか……。
「じゃあ改めて。私、『日名瀬 沙紀』ね。ちゃんと覚えておいてよ?」
「あ…う、うん……。『渡城 瞬弥』です」
「知ってるし! もぉ! ホント渡城くんって面白いなぁ!」
「そ、そうだった…。ごめん……」
「…とにかくデートの成功、祈ってるよ。あとで……結果教えてよね?」
そう言うと、今度こそたったと日名瀬さんは校舎に戻る扉の方に駆けていった。
…結局最後まで、日名瀬さんの勘違いを正すことは出来ないままだった。
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・・・プァーン
・・・ブゥゥゥンン・・・・・・
「…はぁ…はぁ……はぁぁ…」
午後の授業も終わり、HRも挨拶もそこそこに教室を飛び出した僕は、約束の
時間の少し前ながら駅前に到着した。
京都を案内する、という約束が果たせなくなった以上は、どうあっても
謝罪はしなければいけない。ならその相手より遅れる、待たせるなんてのは
普通に失礼だ。なので最大限の、全速力で僕は来たのだけど……。
普段は無縁の全力ダッシュで、着いたはいいけど気分が悪い。おまけに脇腹も
引きつれたように痛い。なのでついつい地面にへたり込んでしまった僕の耳に、
信じられない声が飛び込んできた。
「ハイ! シュンヤ! オソカッたですネ!!」
「……ぇ……」
思わず顔を上げると、そこにはこの間見た…花のような満面の笑みを浮かべた
ソニアさんが、あろうことか準備万端、という風情で駅前のロータリーで僕を
待ち受けていた……。
「……えええ…、うそ…でしょ……」
「サァ! ではサッソクイキマしょ!!」
息も絶え絶えの僕のことなど意に介した様子もなく、ぱちんとソニアさんが指を
鳴らすと、同時に後ろのタクシーのドアが開いた。
なんなんだ、この小芝居みたいなのは……。
「あ、あのですね、ソニアさん…、その……」
それはともかくとして、息をどうにか整えながら、まず最初に僕は京都へ行く
ことが出来なくなったことの謝罪と、そして代わりに鎌倉を案内するのはどうか、
という提案を切り出そうとした。
なのに……。
「ハナシはアト! スグ乗るです!!」
「え、あ、ちょ……ちょっと……!!」
謝罪も言い訳も提案も、何一つ言うヒマも与えられず、それどころか有無を言わ
せず腕を引っ張られた僕は、そのままタクシーに放り込まれてしまったのだった。




