10月22日-2
4時間目の授業が終わってお昼の時間になると、またいつものようにわい
わいと教室がにわかに活気づいてきた。
僕も教科書を机にしまい、代わりにカバンから弁当箱を取り出して、手に
持ったまま立ち上がった。
「よぉ渡城ー。メシ食お……」
「ごめん! 今日は重大な用事があるから!!」
せっかくの福沢くんのお誘いだったけれど、今日ばかりは付き合えない。
僕にはやらねば、行かねばならないところがあるのだ。
弁当箱をひっつかんで、僕は教室を飛び出した。目指すは屋上、そして…。
・・・がちゃり・・・・・・
「………ん…!」
僕は意を決して、今日も屋上の扉を開いた。今日も人でいっぱいの屋上は
相変わらずの喧騒に包まれていたものの、いつものところにいつもの人がいる
ことは確認できた。前に見た時と同じに、友達か誰かの女子と楽しそうに
ご飯を食べているようだ。
「よし……行くぞ………!」
改めて気合を入れ直し、僕はさっそく目的の人物に近づいた。
「あ、あの、日名瀬…さん…? ちょっと……いいかな?」
「んん…? 渡城くん? どうしたの?」
「サキー。誰、この男子?」
「え、なになに? もしかして…センパイに告白ぅ? うっそ! マジで!」
日名瀬さんといっしょだった女子たちが、僕に無遠慮な視線を向け、口々に
訳の分からないことを言う。いちいち相手にするのも面倒だし、かと言って
無視するのも感じが悪いだろう。日名瀬さんの友達を敵にする訳にもいかない
ので、仕方なく僕は黙ってにこやかなスマイルを浮かべた。
「……なにコイツ。なんかキモいんだけど……」
「ちょ……、コイツ、ヤバくね……?」
「あぁもう! みんなちょっと黙ってて! …で、渡城くん、急にホントに
どうしたの?」
「あ、あのさ、っと……、ちょっと教えてほしいことがあるっていうか……」
よくよく考えてみれば、こんな風に自分から女子に話しかけるなんて、今まで
そうは無かったことだ。なのでさすがに少々緊張してしまう。ついつい声が上
ずってしまうのが自分でも分かるぐらいだ。
「え………? な、なに……?」
「あ、あの、その……日名瀬さんって……、けっこう歴史とか鎌倉のお寺に
詳しいよね……?」
「え?! な、なんで? いきなり何?」
「あ、う、うん……その……何ていうか……あの……」
「ふぅん……? まぁ…とりあえず座ったら?」
言いあぐねていた僕に、日名瀬さんが自分の隣の場所を手でぱんぱんと叩いた。
勧めに従って彼女の隣にお邪魔したとたん、ほとんど同時に、僕のことを
キモいキモいと連呼していた彼女の友達か後輩が、さぁっと逃げるように僕たち
から距離を取った。
なんか…ちょっと傷つくな、これは……。
「あ、あの…センパイ、じゃああーしらはこれで……」
「……サキ? ヤバくなりそうだったら大声で叫びなよ?! マジで!」
……いったいどういう目で見られてるんだ、僕は。
とはいえ、邪魔者がいなくなってくれたのはありがたい。僕も自分の弁当の
包みを開けながら、改めて本題を切り出した。
「あ、あのさ、さっきの授業で日名瀬さんさ、先生に褒められてたでしょ。
だから詳しいのかなって…」
「え……えぇと、さっきのはたまたまだよ。もしかして日本史…教えて
欲しいっていうんだったら、別にそこまで歴史が得意って訳じゃないん
だけど…」
「い、いや、そうじゃなくて、その…例えばだけど、外国の人がお寺に興味が
あるとしたら、鎌倉で満足してくれると思う…?」
「え…、う、うん、悪くはないと思うよ……?」
「じゃ、じゃあ、もし外国の人を鎌倉に案内するとしたら、どこがいいとか…
…分かるかな…?」
「うん……、そうだねぇ…。鎌倉だったらまずは大仏さん…かなぁ」
………!! 確かにそうだ。昔、小学校の遠足かなにかで見に行った記憶が
ある。あれは確かに外国の人にはインパクト抜群だろう。
「そ、そう言う情報をもっと! 具体的にその…そういうのを…!」
「ふぅぅん……? なんか…必死だねぇ、渡城くん」
「あ、いや、そ、その……」
またしどろもどろになりかけた僕を、日名瀬さんが面白そうに見つめてきた。
…この目つきには見覚えがある。時々絵依子が僕をからかう時にする目だ。
「もしかして…その外国の人って……女の子だったりして?」
「………!!!」
ズバリと言い当てられてしまい、僕は一瞬言葉を失った。
……なんなんだこれは。これも…女の勘というやつなのだろうか。
「……っ…」
「へぇぇぇ!! もしかして…デート?! 意外にやるじゃん、渡城くん!」
…思わず絶句してしまった僕の沈黙を、肯定と受け取ったらしい日名瀬さんの
目がキラキラ輝き出した。やはり恐るべしは女の勘だけど……実のところは
彼女の認識はちょっと間違っている。
「いや……デートだなんて、そういう話なんかじゃないよ…」
そうだ。およそ有り得ない出会いと幸運に頭が沸いて、浮かれまくっていた
昨日一昨日と違って、さすがの僕も今はもう『現実』を理解している。
ソニアさんからすれば、偶然声をかけた日本人が現地を案内してくれそうで
ラッキーだ、ぐらいの感覚だろう。
別に僕じゃなくても、誰でも良かったのだ。それが偶然、僕だったという
だけのことなのだ。
「…そういうんじゃなくて、たまたま知り合ったその人に、お寺とかを案内する
ことになっちゃって…。だからデートとかじゃ……」
「ねぇねぇ! どこで知り合ったの? ネット?」
「あ、い、いや……」
……日名瀬さん、人の話をまったく聞いてないな……。
それはともかくとして、本当の事を言うべきか言わざるべきか、僕は少しの
間、迷った。日名瀬さんは例の…ソニアさんがデザインしたスマホの関係者だ。
もしそこまで話したら、もしかしたらややこしいことにもなりかねない。
…でも彼女に協力をしてもらう以上は、ウソや騙すみたいなことはしたくない。
言っても問題なさそうなことぐらいは……これぐらいは話しても大丈夫だろう。
「えっと…、ついこないだ、駅前で……」
「えーーー! 何それ! 渡城くんからナンパして?」
「ち、違うよ! その…向こうから話しかけられたっていうか、ロックオンされた
っていうか……」
「ふぅぅん……、まぁ…そりゃそうだよね……」
なるほど、と得心がいったように日名瀬さんがうんうんとうなずいた。納得
してもらえたのは有り難いけれど、「そりゃアンタにナンパなんて無理だよね」
と遠回しに言われたような気もした。それはそれでちょっと男としては情けない
な…。
「どこの国の人? アメリカ? ヨーロッパ? アジア系?」
「…その情報って…いる?」
「あったりまえだよ! どこの人かで興味の対象も変わってくるんだから!」
「そ、そうなんだ………」
「ほら、欧米の人だとお寺自体が珍しく映るけど、アジア系の人だとそうでも
ないんだよ。だから細かい違いを見るの。そうなるとどこを案内したらいいか
変わってくるんだよ!」
「はぁ……、なるほど……」
一瞬もっともらしく聞こえたけれど、日名瀬さんのキラキラ輝く目が、それは
建前で本心は好奇心だと、これ以上ないほど僕に教えていた…。
「えっと、たぶんヨーロッパ……かな…」
「ほうほう! ドイツ? スペイン? イギリス?」
「え…………」
金髪に青い目でスタイル抜群の、これぞ白人、という外見のソニアさんだから、
ついヨーロッパだと言ってしまったけれど、よくよく考えてみたら僕は、ソニア
さんのことを何も知らないことに今さら気がついた。
「あ、いや…、その、どうだろ……」
「……ふぅぅん…、なんか…訳アリっぽい感じ? まぁいいけど…とりあえず
今から思いつくまま言ってみるね」
そう言うと、日名瀬さんはいくつかのお寺と、観光スポットを挙げて、ざっくり
した説明を始めた。あわてて僕はポケットから生徒手帳を取り出した。




