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Realita reboot 第二幕  作者: 北江あきひろ
31/58

10月22日-1


ー10月22日ー



「…はぁ………」

「………」





「はぁぁ…………」

「…………」




 …綾が休みだというものの、昨日は早々に気絶したみたいに眠りについたので、

今朝は普通にちょうどいい時間に目が覚めた。ここしばらく足りてなかった睡眠

時間も、いい感じに補充できたせいか、体調は悪くない。むしろ良いぐらいだ。


 だけど……精神的なショックからは、僕は未だ立ち直れていなかった。


「はぁぁぁぁ…………」


「…いつまではぁはぁ言ってんの? 昨日からヘンだよ、お兄ちゃん」

「はぁ………」


「…もぉ! お兄ちゃんってば!」


 …いつもと同じか、少し早い時間に僕たちは家を出て、学校へ向かっていた。

隣の絵依子がずっとなにやら言っているみたいだけど、正直、付き合う元気も

ない。

 というか、この後の…放課後のことを思うとため息しか出ない。


「…あ、ねぇ、そういえばお兄ちゃんさ、昨日わたしに何かお願いがあるって

言ってなかった?」


「………ぁ…」



 そういえばそんなこともあった。でも今日のお泊りデート計画が完全に頓挫

した以上、別に絵依子にもうアリバイを頼む必要もない。

 …すべては……終わったのだ………。


「ん……、いや、大したことじゃ…ないから……忘れてくれ……」


 …今の僕には…もう何の気力も残ってはいない……。

 未来永劫、二度とないであろうこんなチャンスがパーになってしまったのだ。

僕じゃなくても誰だってこうなる。そして問題はそれだけじゃないのだ。


 …デート云々はともかくとしても、何よりもやるせないのは、ソニアさんとの

約束を守れなくなったということだ。彼女を京都に案内するという約束を。

 あの時、明後日なら案内できるかも、といった僕の言葉に、あんなに喜んで

くれたソニアさんを、結局僕は裏切ることになってしまった。その事実が情け

なく、やるせなく、どうしようもなく僕の気持ちを沈ませる。



 結局こうなってしまうのなら、いちかばちか本当のことを言った方が良かった

かもしれない。そうすれば万が一にでもだけど、もしかしたら母さんの許可も

出たかもしれない。正直に話してさえいれば、少なくともその可能性はあった

のだから。


「はぁ……、ホント、母さんの言うとおりだよ……」


 母さんの言っていた「筋を通す」とは、そういうことなんだろう。

 …第一、よくよく考えてみれば、母さんや絵依子を騙して上手く行っていたと

しても、本当にそれが正解だったんだろうか。


 …いや、きっと旅行中、バレやしないかと僕はずっとビクビクしていただろう。


 人を騙すということは、つまりそういうことだ。いつバレるかという、その

恐怖やプレッシャーとずっと付き合わなければいけない。それは嘘をついた本人

こそが苦しい。「結局自分が困ることになる」というのもその通りだと思う。


 お泊りデートがダメになったのは残念だったけれど、母さんたちを騙そうと

考えた時点で、こうなるのはきっと必然だったんだろう。むしろ上手く行か

なくて良かった、と今は思えてきた。


 そう言う意味でも、昨日の絵依子のウソは仕方なかったとはいえ、いつまでも

怪物の件を母さんに隠しておくのもまずい気がする。

 …いや、もしかしたら、本当は母さんも薄々なにか気づいてるのかもしれない。



「…お母さんが何? あれからまた何か怒られたの?」


「…いや、そうじゃないけど……。何ていうか…、やっぱり母さんはすごい

なぁって……」

「ふぅん……? 確かにお母さんはすごい人だけど…急にどうしたの?

やっぱりヘンなお兄ちゃん…」


「絵依子も…ごめんな」


 この際なので僕は絵依子にも謝っておいた。僕のウソに付き合わせて、絵依子

にまで筋の通らないことをさせるところだったのだから。


「え?! な、なに? なんで?」

「いや、分かんなくていい。とにかく…悪かったよ、ごめんな」

「…??? …ヘンなお兄ちゃん……」


 誤魔化しながらまた頭をなでてやると、朝から仏頂面だった絵依子にも笑顔が

戻ってきた。それを見てると、なんだか僕の方もちょっとだけ気力も戻ってきた。

 そうこうしていると、ふと気づけばもう校門まで後少しだ。とにかく何とか

今日を乗り切るしかない……。

 キーンコーン…カーンコーン…



「きりーつ! 礼!」

「…よーし。ではホームルームの前に出席を取るぞ。青木…、赤井…」


「……ふぅ…」

 机に突っ伏しながら、僕はまた今日何度目かのため息を大きくついた。


 我ながら死人のようだったさっきに比べれば少しは精神状態は回復したものの、

根本的な問題の解決にはなっていない現状を考えると、どうしても気が重くなって

しまう。


「はぁ……、ソニアさん……やっぱりがっかりするだろうなぁ……」


 京都案内が出来なくなったとは言え、今日、駅前で落ち合うという約束はまだ

終わってはいない。そこで僕はソニアさんに謝らなければならないのだ。

 駅前に行かずに逃げる、というのも一瞬だけ考えたけれど、それだけは絶対に

しちゃいけないことだ。


 京都に案内すると言ったのに、それが出来なくなったと伝えたら、あの人は

どんな顔をするだろうか。

 悲しそうにうなだれるだろうか。それとも嘘つき呼ばわりして、僕を罵倒する

だろうか。いずれにしても、甘んじて受けなきゃならない。

 そしていずれにしても、あの日に見た素敵な笑顔は見られないだろう。それが

何よりも一番……僕にとって辛いことだ。




「はぁ……」

 …ため息だけが何度もこぼれる。


「……矢口…、渡城…。ん? 渡城!?」



「え…あ、はい!」

 先生の呼ぶ声に、唐突に僕は現実に引き戻された。


「ん。欠席は……谷口だけか」

「センセー! 谷口のやつ、どうしたんすかー?」

「うむ、ご家族の話だと、帰るなり急に泡を吹いて倒れたそうだ。それっきり

うわ言のように、カレーパンがどうとか言っているらしい」


「ぎゃはは!! あいつ購買の売れ残りのパンでも食ったんじゃねぇの!? 

そりゃ泡も吹くわ!!」


 彼の言葉に教室中がどっと沸く。青木くん、君の推理は鋭いよ…。


 ……僕は何も聞かなかったことにして、窓の外に広がる、美しい秋晴れの

空をただ眺めていた。

「~~であるからして、これは……」


「…………」


 4時間目だというのに、なぜかちっともお腹もすかないし眠くもならない。

さすがにこの後のこと…放課後に待っているであろう試練を考えると、いつもの

ように居眠りできるほど、僕も図太くはないらしい。

 仕方ないので教科書に落書きをしながら、僕は時間が過ぎ去るのを待っていた。




「…でだ、この鎌倉五山に対する京都五山だが、五山と言いながら六つある。

天龍寺(てんりゅうじ)相国寺(しょうこくじ)建仁寺(けんにんじ)東福寺(とうふくじ)万寿寺(まんじゅじ)、あと一つはどこだ? …そうだな…

じゃあ日名瀬!」


「え! は、はい! えっと……南禅寺(なんぜんじ)…かな?」

「正解! よく勉強してるな!」


「えっへっへっ……ありがとうございまーす!」

「よし、なら次は鎌倉五山のうち、三つを答えてみなさい」



「………んん……?」


 足利ナントカの偉そうな肖像画に、さらに偉そうに見える豪華な肩アーマーを

描き込んでいると、なにやら日本史の先生と日名瀬さんのやり取りが聞こえてきた。


 鎌倉五山……、京都五山………?


 ……何の話だ……?

 京都と鎌倉に…何か同じようなのがあるっていうのか……?


 ふいに耳に飛び込んできただけの単語のはずだったけれど、何か引っかかりを

感じた僕は落書きの手を止め、そのまま授業に耳を澄ました。


「え、えぇ……っとぉ……」

「どうした? 鎌倉なんてほとんど地元みたいなもんだろう? そもそも京都

五山は鎌倉五山の後に制定されたもので、禅宗寺院…当時の武家に人気のあった…

福沢、それは何宗だ?」


「は、はい? ナニシュウって……み、皆の衆? なんつって……あはは…」

「……そのまま立っとけ。よし、じゃあ矢口。答えなさい」


「え……、ソウトウ?…宗かなぁ…」

「ほう。惜しいが不正解だ。しかし座っていいぞ」

「…あざーっす」


「つまりだ、京都五山と鎌倉五山は、当時の臨済宗寺院の最高峰として格付けを

されていた訳だ。ではなぜ京都五山は6つあるのかというと……」



「………!!」


 先生とみんなのやり取りを聞いていて、ようやくはっきり分かった。これは

どうやらお寺の話らしい。そして先生が言うには、僕たちの住むこの街からそう

遠くない鎌倉にも、京都に負けない立派なお寺がたくさんあるらしい。


「…ということは……」


 そうだ、確かあの時ソニアさんは、お寺を見たいとも言っていた。という

ことは、何もわざわざ京都まで行かなくても良いってことじゃないか……?


 だったら……京都は案内できなくても鎌倉を案内すれば、少なくともお寺を

見たいというソニアさんの希望には沿えるんじゃないか…?

 鎌倉なら駅前から電車で30分もあれば行ける。それなら……ソニアさんが悲しむ

ことも、僕が嘘つきにならずにも済む。


 …いちかばちか、これに賭けるしかない……!



「…さて、そろそろ良いかな? 日名瀬」



「えぇ……っとぉ、け、建長寺(けんちょうじ)円覚寺(えんがくじ)………龍静寺(りゅうじょうじ)……?」

「残念、龍静寺も大きいお寺で禅宗ではあるが、五山ではないんだ。正解は……

さっき日名瀬が言った建長寺、円覚寺に加えて、寿福寺(じゅふくじ)浄智寺(じょうちじ)浄妙寺(じょうみょうじ)、だ」


「あぁ~~~、そっちかぁ……」

「…とはいえ、本当に日名瀬はよく勉強してるな。皆も見習うように!」



 キーンコーン・・・カーンコーン・・・・・・



「お、ではここまで! 次は室町幕府までをやるので、各自予習しておくように」


「きりーつ! 礼!」



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