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Realita reboot 第二幕  作者: 北江あきひろ
19/58

10月20日-3


「……ん? おっ…これはなかなかいいかも…」


 改めてバイト探しに向かった僕は、さっそく入った路地裏の焼肉店の

前にあった張り紙に目が留まった。


「ふむふむ…時給も悪くないし、まかないもあるんだ…。…これはもしや

すごい当たりかも…」


 こうなったらブラックなバイトでも仕方ないとは思ったけれど、待遇が

いいに越したことはない。張り紙の条件は見れば見るほど僕の希望に

ぴったりだった。


 …よし、ここに決めよう。


 まだのれんは掛かっていないけれど、中からは人の気配は感じられる。

意を決して僕は入り口の引き戸に手をかけた。




 ガララ・・・・・・ッ・・・



「あのぅ…すみません」

「あ、すみませんねぇ、まだ開店前でして……って、ん?」


「いえ、あの、表のバイト募集の張り紙を見まして…」


 中にいた、何だか気の弱そうなおじさんの気の弱そうな声が返ってきた。

たぶん開店前なのに、客席に座ってのんびり新聞を読んでいたみたいだ。

 この人がここの店長さんなのかな……?



「……ん? あぁ、またバイト希望の人?」

「は、はい。そうです」


 ……今、「また」って聞こえたような気がする。なんだか嫌な予感が

するぞ…。


「ふぅん……履歴書とか持ってきてる?」

「はい。あります」


 言いながら僕はカバンをあさって、履歴書入の封筒を取り出した。こんな

こともあろうかと、僕のカバンには常に何通か、日付を書くだけで仕上がる

履歴書が入れてあるのだ。

 ささっと日付を入れた僕は、その履歴書をおじさんに差し出した。


「…でも悪いねぇ。その張り紙、もう剥がそうかと思ってたところなんだよ。

バイトはついさっき来た子にね、たぶん決まると思うんだ」


「え、あ、そ、そうなんですか……」


 ……なん……だと…………。


 悪い予感が…当たって……しまった………。



「…よっぽどの事がなかったら先着順にしようって店長言ってたし、さっきの

子もなかなか出来そうな感じだったからね。一応これは預かるけど、あんまり

期待しないでね」


 …なんてことだ。せっかく見つけた良いバイト先だったのに、タッチの

差でどこかの誰かに取られてしまったのか。

 ソニアさんとしゃべってなければ、あんな約束をしていなかったら、振り

切ってすぐにバイト探しをしていれば、ここでバイトできたのかもしれないと

思うと、少し後悔の念が湧き上がる。


「あぁ、面接はどうするね? 明日の今ぐらいの時間でいいかな?」

「は、はい……、それで結構です…」



 こうなったら最後の望みを面接に賭けるしかないな……。



「そ、それでは明日、よろしくお願いします」


 それだけをどうにか喉から絞り出して、なるべく丁寧にお辞儀をして僕は

お店を後にした。

 一応、帰り際に軽く他のお店もチェックし、張り紙を見たものの、さっきの

ところほどの条件のお店は見つからなかった。


「…とりあえず、面接の結果次第だな。落ちたらまた本腰入れて探すか…」


「…はぁ……。ただいまー……」



 ・・・ぱたぱたぱた・・・・・・!



 残念な結果に終わりそうなバイト探しの旅を終え、軽いとは言えない

足取りで家に帰りついた僕を、ばたばたといつもの足音が出迎えてくれた。


「おかえりーっ! お兄ちゃん!」

「うん。ただいま。母さんは?」

「お母さんだったらダイニングにいるよ。今日は久々の一家団らんだよっ♪」


「もうご飯の用意出来てるわよー。二人とも早くいらっしゃーい!」

「はーーーい!」


 ダイニングから聞こえてきた声に、すかさず絵依子が駆け戻って

いった。僕も洗面所で軽く手を洗い着替えてから、絵依子に続いてダイニング

へと急いだ。




「「いっただきまーす!」」


 ぱん、と両手を合わせてから、さっそく絵依子が目の前の品に鼻息も

荒く箸を伸ばした。


 今日のディナーは珍しく…、…というか、我が家ではめったに拝めない

ステーキ様だ。しかもその時でさえハムみたいな薄さだったのに、目の前の

肉はどこからどうみても立派な「ステーキ」である。

 ……一体何事だろうか。


「くぅぅぅっっ! おいしい~~~!!」

「……!! …ほんとだ。美味しい…。でもこれって…」


 絵依子が今にも涙を流さんばかりの表情で身体をくねくねさせている。

僕も一切れを口に入れてから驚いた。確かにいつもの特売の肉にしては

妙にというか、いや、かなり美味しい。



「ふふふっ。言っとくけど国産よ? どっかのブランド牛のキャンペーン

なんだって」

「…どこ産とか、そんなのどうでもいいの!! に…肉! 肉ぅぅ! 

うまっ! うまっ! かゆうま! おおおおおお!!!」


 訳の分からないことを口走りながら、絵依子がステーキをパクつく。

牛丼ひとつで狂喜乱舞するこいつらしいと言えばらしいけど…。


「まぁ、それだけって訳じゃないけどね。絵依子が言ってたのよ。最近

お兄ちゃんが疲れてるみたいだから、何かスタミナがつくような物を

作って、ってね」

「え……?」



 思わず隣に目をやると、さっきから肉をむさぼるのに夢中で、話

なんかまったく聞いてなかったはずの絵依子が、ぱちりと僕にウインク

してみせた。


「…どうだろ。自分が食べたかっただけじゃないかな」

「ふふふっ、まぁいいじゃない、それでも。理由はどうあれ美味しいものが

食べられたんだから感謝しなさいよ?」


 そう言いながら母さんが、自分の皿から一切れづつを僕たちの皿に肉を

移した。年取るとこの量はキツイわー、などと言いながら。



 ……面と向かって言うのはちょっと照れくさかった。

 だから僕は聞こえない程の声でそっとつぶやいた。



 ありがとう、と。







 久々の豪華なディナーを堪能したおかげで、バイトの件で沈んだ気持ちも

すっかり回復した。

 …そうだ、たかがバイトが決まるかどうかなんて、考えてみればどうでも

いい話だ。落ちたと決まった訳でもないし、ダメなら次を探せばいい。

 なんなら腰掛け程度に、またコンビニにでも入ればいいんだから。



 そう開き直ると、反動なのか妙にテンションが上がってきた。さっそく

僕は食後の紅茶を二杯、そしてホットミルクを淹れ、二人にもふるまった。

これでも僕は紅茶を入れることに関しては、わりと自信があるのだ。


「ふぅ……、なんかこう…たまんないなぁ。幸せだなぁ…」

 たいした銘柄の茶葉ではないけれど、今日もなかなか上手く淹れられた。

立ち昇る紅茶の香りに、思わずそんな言葉が口をついて出た。


「もぉ、お兄ちゃんってばおじいちゃんみたい…」

「ふふっ…確かに男子高校生の言うセリフじゃないわねぇ」

「…うるさいなぁ…。せっかくの幸せ気分が台無しだよ…。はいどうぞ」


 母さんにはホットミルク。そして僕と絵依子が紅茶だ。絵依子の分には

ミルクを少し多めにしておいてやった。


「う~~ん! やっぱりお兄ちゃんの淹れる紅茶おいしい! さすがおじい

ちゃんの熟練のワザだねっ☆」

「…僕がおじいちゃんなら、歳が一つしか違わないおまえもおばあちゃん

だけどな」

「おっ! これはこれは! イッポン取られましたな! カッカッカッ!」


 …なんでこいつは時々、時代劇みたいな喋りになるんだろうか。これも

絵依子の謎の一つでもある…。



「…じゃあ母さん、少し仮眠するわね。12時過ぎには起こして頂戴ね」

 今日の母さんの勤務時間は2時~9時らしい。ミルクをきれいに飲み干し、

そう言い残して母さんは寝室代わりの和室へと向かった。

「うん、分かってるって」

「おやすみー、お母さん」


 母さんを見送ってから、少しだけ残っていた紅茶をすすり、僕はなんとなく

テレビをつけた。もちろんボリュームは控えめに。

「さて…最近の世界情勢は…と…」



『なんと! お値段29800円! 今だけ!』


 …プツッ


『これはですね~、アメリカの国務省が関わっているという情報が……』


 …プツッ


『……お伝えしました通り、先日行われた新型スマートフォンの発表会で

来日したデザイナーのソニア・エルンステッド氏が……』


「……!!!」



 …プツッ


「ニュースつまんないなー。変えていい?」

 言うなり、僕からリモコンを奪った絵依子が勝手にチャンネルを変えた。

そういうことは変える前に言うもんだろ。普通。

 ……い、いや、そんなことより…!!!


「ちょっ! 待て!! 変えるな! チャンネル戻せ!」

「……え、何? 急にどうしたの?」

「いいから! 早く!!」


「…変なお兄ちゃん。って、何チャンだったかなー」



『今すぐ! お電話ください! 本日深夜12時まで……』


「違う!」


『さらにですね、この事件はアメリカだけではなく……』


「違うっ!!」


『……以上、本日のニュースをお伝えしました』


「!!」


 なんとかさっきのニュース番組に戻ってこれたはいいけれど、すぐに

キャスターの人がぺこりと頭を下げて、そのまま番組は終わってしまった。

 けれど、キャスターの人の背景には、あの人が……ソニアさんの顔が

大写しになっていた。ほんの数秒だけだけど、今また彼女に会えたことに

僕は神様に感謝した。


「…へぇ~、この後ろの人、キレイな人だねぇ~」

「………」


 すぐに画面は切り替わり、また別の番組が始まったけれど、さっきの……

ほんの数秒しかなかった「再会」に、今日本物の彼女と出会った感動と

興奮が蘇ってきた。


 そう、さっきまでテレビに写っていた、あの天才美少女デザイナーの

ソニアさんと僕は知り合って、なんと旅行に行く約束を……したのだ。


 テレビの中のソニアさんは前に見た通り、にこりともしていない表情

だったけれど、それでもやはりとんでもない美人だというのは誰でも分かる

だろう。でも僕は知っている。いまテレビを見ていた人たちの中で、たぶん

僕だけが知っている。彼女は笑うと、もっともっと魅力的なのだ。


「…で、何? 今の女の人が見たかったの?」

「………! ち、違うって。おまえたちがうるさく言うから、ちょっとは

ニュースでも見て世間のことを知ろうと思っただけだよ」


 …とっさに僕はそう言い繕った。絵依子を買収して協力してもらうに

しても、本当のことを全部話すのは危険だ。クラスメイトに言いふらしでも

されたら、きっとトンでもないことになるだろう。


「ふ~~ん……、まぁ別にいいけどさ…。なんかお兄ちゃん、さっきから

顔がキモいよ」

「な、なに言ってるんだよ。僕はこんなにも真面目にだな…」


 …いかんいかん。どうしても今日のことを思い出すと顔がにやけてしまう

らしい。気を抜くとついほっぺたが緩んでしまう。

 僕は思いっきり眉間にシワを寄せ、無理やり難しそうな表情を作ってテレビに

向かった。


「じゃ、じゃあニュースは終わったことだし、さっきの池ヶ見さんの特集でも

見るかな。はっはっはっ……」


「……ホントにキモいんだけど…」


「ほ、ほう。なるほど、あの事件はアメリカとロシアが黒幕だったのかぁ!」

「………キモっ…」

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