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Realita reboot 第二幕  作者: 北江あきひろ
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10月18日-幕間-


-10月18日-幕間-



「……ほぉ…ぉ…」


 それまでポケットに入れられていた手が、感嘆したかのように顎を触れた。

そのままの手で顎を何度も撫でながら、男…『雄々神 獅子遠』が小さく声を

上げた。

 獅子遠の眼の前には、黒い祭壇のようでもあり、あるいは石塔のごとき巨大な

構造物がそびえ立っていた。



「……確かにこれは……見事なものですわね…」

「…ふっふっ……。実に素晴らしいな…。先生、感謝するよ」



 すっ、と獅子遠の影から、女性が…獅子遠の秘書である『エリナ・フジサワ』

も、姿を現しながら、感心したような声を漏らした。

 一方、「先生」と声をかけられ、「塔」に据え付けられている機器類を、

慎重にチェックしていた初老の男……『吉多 英彦』があわてて振り向いた。


「…お待たせしました、局長。こちらが『カーボンナノチューブ式複合量子

演算素子による創造型世界改変器』の2号機です。ようやく目処が立ちました」

「…それで先生、どうなのだ? これは「完成」したと言えるのかね」


「は、はい。むろん理論やモデルとしては完成しておりますが…」

「そうか……。ようやくここまで来たのだな……。ふっふっ……」


 喜びを隠しきれないように、かすかに獅子遠の口元がほころぶ。


「ところで…あの二人はどうした?」

「織戸さんは周辺の警護、霧島さんはいつもどおり、パトロールと称しての

自由行動です」



「ふっ…。これから始まる一大スペクタクルが見られないとは…、気の毒な

ことだ」

 獅子遠が両の手のひらを上に向け、肩をすくめる。獅子遠のいつものオーバー

な仕草にエリナがかすかに眉をひそめ、吉多があわてたように釘を刺す。


「局長……。今から始めるのはあくまで実験です。今日は安定的かつ持続的な

ヴィレスの増幅と制御を実際に運用できるかどうか、という実験だと考えて

くだ……」


「おっと、そうだったな。すまない、嬉しさのあまり、ついつい気が急いて

しまったようだ」

「………」


 途中で言葉を遮られたせいか、わずかに不満げな表情を吉多が浮かべたが、

気を取り直してか、くるりと椅子ごと回転し、巨大な「石塔」の下部に据え

付けられた制御装置に向き直った。




「…それでは実験を開始します」

「結構。始めてくれ」


 パチ・・・パチ・・・パチン・・・


 ブウゥ・・・・・・ゥ・・・・・・・・・ッッン・・・・・・



 「火」が入れられると同時に、重く低い音が、どこか禍々しさを感じさせる

巨大な構造物から響き出した。同時に、ぱっ、ぱっ、とその各部が光を放つ。

 その「塔」に据え付けられている計器類を慎重に見取っている吉多に、獅子遠

が後ろから声をかけた。


「ふむ…。まずは…起動成功…ということかな?」

「はい。起動実験はすでに終了しておりますので、ここまでは前回と同じです。

ここからがフェーズ2……、つまり実用に耐えうるかどうかの実験なのです」


「………ふむ…」

「このカーボンナノチューブ式複合量子演算……」

「先生、それでは長すぎますわ。これは2つ目の創世機なのですから、『2式創世

機』でよいのでは?」


「……は? え、ぇ……?」


 急に意味の判らないことを言い出した獅子遠の秘書に、吉多がぽかんとした

表情を浮かべた。少しぐらい名前が長いことが何だというのか。名称とは正しく

そのものを言い表すものでなければならないのだ。なのに長いから短くしろ、とは

何事か、と吉多は思った。


「あ、いえ……、エリナさん。これはそういう問題では……」

「ふむ、そうだな。確かにその方が言いやすい」


「え……? あ……うぅ………」


 しかし結局2対1で押し切られ、苦虫を噛み潰したような表情で、渋々と吉多が

先を続けた。



「……2式創世機はご承知の通り、人間の脳を模した疑似ニューロンにヴィレスを

発生させ、かつ増幅するものです。そして、量子の重ね合わせ状態こそがヴィレス

の本質です。重なり合い、不確定である現実の励起を束ね、自らが望む現実、世界

を未来に収束させる力……」


「…この2式創世機に実装されている1000億のカーボンナノチューブは、相互に

反応し合い、理論上は100万…、いや、無限の『トランス・インカーネーション・

スケール』を実現するものです」


「ふむ、確かそうだったな。それにしてもわずか3年で、よくここまでのものを

造り上げたものだ。まったく感服するよ、先生」

「…いえ、それもこれもすべて、局長が私を拾ってくださったおかげです」


「あなたを迎え入れられたのは、私にとっては最高の僥倖だったが……ふっ

ふっ…、これが完成の暁には、晴れて学会の連中を見返せるというわけだ。

復讐…でもしてみるかね?」


 にやり、と口元を歪ませて、獅子遠が穏やかならぬことを口にした。そう、

獅子遠にとっては、吉多の辿ってきた境遇は他人事ではなかったからだ。

 しかし。


「はっはっ……。そんな考えは毛頭ありません。私は私の理論が正しかったと

証明できればそれで満足なのです。それに、学会で異端視されていたからこそ、

私は局長に拾っていただけたのですから…」


「…ほう……?」


「このように、自由に研究をさせてもらえる環境と資金を得られたのも、元

はといえば私が学会から異端視されていたおかげ、とも言えるでしょう。

今となっては感謝こそすれ、彼らに恨みなど一つもありませんよ…」

「………」



「…何より、この2式創世機が稼働し、局長の望む世界を作り出せれば……

この力を完全に解明し、コントロールできれば、世界からは暴力も貧困も、

あらゆる不条理から解放されるのです! それこそが…私の望みでもあるの

です!」


「…そうかね。先生がそれでいいのなら、私からはもう何も言わないが…」


 つくづく欲のない男だ、と獅子遠は思った。しかしわずか5年でここまでの

ものを造り上げた吉多の才能は本物だ、とも。

 自身が述べたように、獅子遠が接触する以前の吉多は、彼の提唱する『量子

脳理論』により学会からは完全に無視されていた状態だった。


 研究職も追われ、行き場をなくしていた吉多は最初こそ怪しんだが、一般

には知られていない「会士」の存在を獅子遠に教えられ、かつ実際に会士で

ある獅子遠自身が力を見せたことで、吉多は自らの理論に確信を得た。そして、

この力を科学的に解明し、ひいては人工的に作り出す研究を、獅子遠から持ち

かけられたのだ。



 誰もが平等に、誰一人虐げられることのない、苦しみのない完璧な調和の

世界。人間と全ての生き物の、完全なる共生をも実現する世界。

 そんな世界を作り出すための研究なのだ、と。





 研究は困難を極めたが、しかし最初の『創世機』を2年後に吉多は完成させた。

2式をスーパーコンピュターだとすれば電卓ほどの能力しか無い、プロトタイプ

ですらない代物ではあったが、実際にヴィレスを人工的に発生させ、増幅させる

という基本性能を満たすものだった。


 そしてそれから3年の月日を掛け、ついに吉多は造り上げたのだ。この世界を

丸ごと「改変」するだけのポテンシャルを有した、「創世機」を。



「とはいえ、ヴィレスの本質は解明したものの、全てが判った訳ではありません。

今、我々ができるのは、これをエネルギーとして扱う事だけで、ヴィレスの

全てを理解した訳ではないのです」


「ふむ…つまりは20世紀における飛行機のようなもの、というわけか。だが

それでいい。今はな…」


「…それと…先程は理論は完全だと私は言いましたが、この2式創世機も機械と

してはファーストトライです。その意味でも、これはまだ「不完全」なのです。

この実験が成功しても、最低でも1ヶ月ほどはデータ収集と制御ソフトの修正に

当てたいのですが…」


 わずかに計器類から目を外して、吉多が後ろの獅子遠につぶやくように訴えた。

科学者であり、技術者でもある吉多からすれば、『熟成』して初めて機械は

実用に足るものであり、信頼性こそが命なのだという信念からの訴えだった。



「……残念だが、そうのんびりもしてもおれんのだよ。はっきり言うが、いつ

本部からの『監視者』…、もしヤツに…ソニア・エルンステッドにここを知ら

れれば、全ては水の泡になるやもしれん」

「…な……!」


「…2週間だ。それで仕上げてくれ。それまではこちらでなんとか時間を稼ごう」


 目を大きく見開いて、吉多が言葉を失った。焦りのようなものを獅子遠から

薄々感じることはあったが、そこまで切迫していたとは思っても見なかった

ことだった。



 本部からの刺客…『監視者』とやらが、どれ程の使い手なのかは、会士では

ない吉多には想像もつかない。しかし獅子遠の表情を見れば、事態が深刻である

ことは容易に伺えた。


「……判りました」


 ゆえに、吉多はそう答えるしかなかった。





 これまでの経過は順調のようである。それを見て、吉多が操作パネルのダイヤル

をカチカチと回す。すると同時に、モニターに映る数値が一気に跳ね上がった。




「……2万……、2万5千………、いける…! 想定通りだ……!」



 ビーーッ! ビー----ッ!!



「な、なんだっ?!」


 しかし突如響き渡った警告音に、吉多の顔色が変わる。あわてたようにダイヤル

を回し、パネル上のスイッチをも操作するが、警告音は止まらない。


「どうした! 何が起きた!」

「そ、そんな馬鹿な……! こ、こんなはずは……」

「何が起きたかと聞いているんだ!」


「ぐ……、『トランス・インカーネーション・スケール』の数値が……安定

しません……っ! 3万……5万……10万……せ……1000……っ?!」


「なら、早く安定させろっ!」

「や、やっています! しかし……こ、これは……っ…」


 作り付けの操作パネルだけではなく、接続されていたノートパソコンで、

吉多はさらに細かく、何らかの数値の修正を始めた。キーボードを凄まじい

勢いで叩く吉多の指の動きも、常人のそれではない。



 しかし。



「せ…1000……、1500……1万……500……! 700……4万……、じゅ、12万…?!」



 ぱんっ、と乾いた音が、研究施設に響いた。据え付けられている巨大な

石塔のような装置から、かすかな光と、煙がくすぶった。

 同時に、必死の形相でモニターを睨み、キーボードを叩いていた吉多の指が

震えながら…止まった。


「せ…制御……不能……っ…。そんな…そんなばかな……」

「抑えろ! 何としてでもだ! ここまで来て……失敗など……!」


 焦りに満ちた表情のまま、振り向いた吉多に獅子遠が叫ぶ。そうだ、3年以上の

歳月をかけ、ようやくここまで辿り着いたのを、無にする訳にはいかない。

 ここでしくじれば、また計画は振り出しに戻ってしまうかもしれないのだ。

それだけは避けねばならない。絶対に。



 ビー---・・・! ビーーーーーーーーーッ!!



 ぱんっ・・・ バンっ・・・・・・・・・ッ!!!


「やむを得んっ! 実験中止だ! メインスイッチを切れっ…!」

 一向に収まらない破裂音と、室内を漂う煙がその濃さを増していく。

 獅子遠の叫びのような声に、吉多が苦渋の選択をした次の瞬間、その蒼白な顔

が獅子遠を振り返った。


「……メインスイッチも…反応しません……っ!!」

「な……っっ……!!」



 ズズズズズ・・・・・・


 ゴゴゴゴゴ・・・・・・・・・・・・ッッッ・・・・・・!!




 それでも諦めず、必死の「修復」に当たる吉多と、それを見守るしかない

獅子遠の思いなど他所に、彼らの目の前の塔は破滅的な音を幾度となく上げ…

やがて「塔」自体がほのかな光を帯び始めた。



 「それ」はもはや避けられない。そう思われた時。




「あ…………ぁ………!」




 バツン・・・・・・ッ・・・ッッ!!!





「…な………」




 キュゥゥ・・・・・・・・・ッッンン・・・・・・



 ふいに、室内に籠もる低音が……止まった。

 唖然とした表情を浮かべながら、吉多が目をやった場所。そこには、電力を

供給するために、石塔に接続された幾重にも束ねられたケーブルが……切断

されていた。

 いつの間にか「錬装」していた、獅子遠の秘書であるエリナの手によって。


 やがて音は静かに、急速に……何事もなかったかのように…消えていった。





「…お疲れ様でした、先生。今日はここまでにしておきましょう…」


「ば……、なんてことを…なんて馬鹿なことをっ!!!」


 まるでただテレビのスイッチを切っただけ、というような風情のエリナの

言葉に、吉多は悲鳴のような叫びを上げた。

 しかしそれはもっともなこと、と言える。なぜなら、ほぼ丸3年をかけて

作り上げたこのシステムを無理矢理に、ましてケーブルを切断するなどと

いう手段で強制停止するということが、精密な……いや、精密どころではなく

量子レベルでのギミックの塊であるこの「創世機」の内部に、どれだけの

悪影響を与えることになるのか。



 開発者である吉多にはそれが容易に想像できる。



 それは最悪の場合……再起不能のダメージである。


「あなたは……あなたは…! 何をしたのか判ってるんですか!!」

「…あら、なら今の『暴走』……、他になんとか出来たのですか?」


「……ッッッ!! し、しかし……!」


 少しも悪びれた風もないエリナの言葉に、吉多がうろたえる。確かに

先程の『暴走』は、もはや自分の手には余る状況だった。下手をすれば

ロスト化した会士のそれのように、この研究施設も含めた周囲の空間ごと

『滅界』させる寸前だったのだ。


「し、しかしっ! そ、それにしても……です…! 今ので……いったい

どれだけの破損が生じているのか…!」

「…いや、エリナの判断は正しかった。壊れた物はまた直せばいい。違う

かね、先生」


「ぐっ……ぅ……。………」


 獅子遠にもそう言われ、吉多がうつむき、唇を噛む。

 …科学者はいついかなる時も、事象を客観的に見なければならない。己が

感情で状況を見誤るなど、あってはならないことだ。

 しかし自分は、3年を掛けたこの機械への執着と、己の理論によって、

強制停止を考えなかった。結果、エリナがケーブルを切断していなければ、

取り返しのつかない事態になっていたかもしれないのだ。


 実験に失敗したことよりも、決断できなかった自分自身に、吉多は打ち

ひしがれた。




「も…申し訳ありませんでした…局長……」

「…気にしなくていい。それよりも金はいくらかかってもいい。早急に

改修に取り掛かってくれ」


「は、はい。承知いたしました……」

「ただし、我々にはもう時間がないのだ。それだけは心得ておいてくれ」

「………はい…」

「では私はこれで失礼させてもらおう。頼んだぞ、先生」


 言うなり、獅子遠は踵を返して、静かに部屋から退出していった。とっさに

後を追おうとした秘書に、一人でいい、と言い残して。


「…………」

 それにしても意外だったと吉多は思った。この実験の失敗で、獅子遠が

もっと怒り狂うかと恐れていたが、思いの外、冷静だったことだ。実験の

失敗を悔しく、腹立たしく思っているのは、自分以上に獅子遠のはずなのに。


 しかし、一切自分を責めることなく、叱責も罵詈雑言を浴びせるでもなく、

普段と変わらぬ紳士然とした態度のまま、獅子遠は去った。その姿に、あの

日初めて獅子遠と出会った時と同じ感動を、吉多は感じた。


「…やはり局長こそ、この世界を変えるにふさわしいお方だ……」


 ぽつり、とそんなことが、吉多の口をついて出た。




「…それでは私もこれで失礼しますわ、先生」


 いつの間にか錬装を解いたエリナも、帰り支度をしてドアの前に立っていた。


「…あ、あの、先ほどは…すみませんでした。エリナさん……」

「いえ、私は私の「仕事」をしたまでです」


 気が動転していたとはいえ、口をついて出た非礼を吉多が詫びた。しかし薄く

笑うと、エリナも、では、と軽い会釈のあと、部屋を出ていった。




 一人残された研究施設で、吉多が「創世機」を振り返る。実際に中を調べ

なければ正確なところは解らないが、恐らくは相当の損傷を受けているであろう

ことと、許された時間を考えると、気が落ち込んでいくのを止められなかった。


「しかし…やるしかないな…。まずは破損したナノチューブのチェックから

始めよう……」


 ・・・ゴ・・・ッッ・・・



 さっそく作業を始めようとした時、吉多の耳に、どこか遠いところから

かすかな地響きのような音が届いた。


「………? なんだ……?」


 一瞬、気になったものの、今はそれどころではない。1分1秒でも早く、この

「創世機」を修復する。それだけで頭がいっぱいになっていた吉多は、すぐに

気持ちを切り替え、切断されたケーブルの修理にかかったのだった。









「…あらあら。でも無理もないですね……」


 獅子遠に続いて、地下の施設から地上へと戻ったエリナが、目に入ってきた

光景に呆れたように鼻を鳴らした。

 その視線の先には、ちょうど彼女の目と同じぐらいの高さで、真っ二つに

へし折られた街路樹が無残な姿を晒していた。


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