Realita reboot 第二幕プロローグ
「う……、ぐすっ……う……っ、ぐすっ……」
…ベッドに入ってお布団をかぶったとたん、悔しくて情けなくて、また
涙が出てきた。今日、あいつらに言われたことが悔しくて情けなくて…悲しい。
だけど、一番悲しいのは…あいつらになにも言い返せなかったこと……。
「…どうしたの? ソニア」
「………っ!」
お布団の中で泣いていると、とつぜんお姉ちゃんの声が聞こえた。急いで
あたしは寝たふりをする。だけど、お姉ちゃんは…上の自分のベッドに行かずに、
あたしのベッドに腰掛けてきた。
「……ソニア?」
「……っ……」
「…起きてるんでしょう、ソニア? どうかしたの……?」
「…………」
「また…ハンスとヨアキムに何か言われたの……?」
「…………!」
お姉ちゃんに言い当てられてびっくりしたけれど、なんとかあたしはそのまま
寝たふりを続けた。
きっとバレてるんだろうけれど、これ以上お姉ちゃんに心配はかけたくない。
だからあたしは…お姉ちゃんがあきらめて寝るのを待つことにした。
「…本当にあの子たちは…。しょうがないわね…。だったらお姉ちゃんがソニアの
代わりにあいつらをやっつけてきてあげる。それで…いい?」
「えぇぇっっ??!!」
とつぜん、お姉ちゃんがとんでもないことを言い出した。びっくりして、あわ
ててあたしはお布団をはねのけた。
「だ、ダメだよっ! お、お姉ちゃんがそんなことしたら、ハンスもヨアキムも
死んじゃうよっっ!」
「……ふふっ。ほぉら、やっぱり起きてた。くすくす……」
「あ………」
お姉ちゃんがいたずらっぽく笑いながら、まんまとお布団から出てきてしまった
あたしの顔をじっと見る。あわててあたしはごしごしと涙の跡をふいた。
「それで…本当はどうしたの? やっぱりあの子たちに……?」
「……うん……、ぐすっ。ハンスとヨアキムが……またあたしのこと…アルシア
お姉ちゃんの金魚のフンとか…みそっかすとか…言ってきて…、ぐすっ……」
お姉ちゃんに心配はかけたくないし、本当は知られたくない。けれど、また
ずっと黙っているのもヘンに思われるような気もする。だからあたしは…今日
あったことをお姉ちゃんに話すことにした。
「…そう。本当にあいつらは…しょうがないわね…」
「…やっぱり……お姉ちゃんも…あたしのこと…キライなの? あたしが……
あたしがのろまだから…お姉ちゃんみたいに強くないから…、ホントはあたしの
こと…お姉ちゃんもキライなの……?!」
…お姉ちゃんはあたしとはぜんぜん違う。姉妹なのに、1歳しか違わないのに、
似てるのは髪と目の色だけ。
お姉ちゃんは強くてキレイで…あたしと違ってとってもかっこいい。あたしも
お姉ちゃんみたいになりたかった。お姉ちゃんみたいに強くなりたい。
でも……あたしは……ダメな子だ。
もしあたしがお姉ちゃんだったら、あたしみたいな子なんか、きっと見捨てる。
だから…お姉ちゃんも本当はそう思ってるんじゃないかと思ってしまう。
「…ばか。そんなこと…ないよ。わたしは…お姉ちゃんは…絶対にソニアの
味方よ。なにがあっても…ソニアをキライになんかならないから」
「…ほんと? ほんとに…?」
でも、お姉ちゃんはにっこり笑ってあたしを抱きしめてくれた。もしもウソ
でも、そう言ってくれただけでも、あたしは最高に…嬉しかった。
「だから…ソニアをいじめるあいつらはもう許さない。お姉ちゃんがソニアの
分まで……」
「だ、だからダメだよっ! それはダメだって!」
「…ふふっ。ソニアは優しいね。わかったわ。…でも…やられっぱなしで…
ソニアはそれで本当にいいの?」
「え………」
…そう言われてみると、なにか仕返しの一つぐらいはしてやりたい。
ベッドの上で、うんうんとあたしたちはうなり続けた。すると、ふと良い
ことを、あたしは思いついた。
「…じゃあ、こういうのはどう? すっごく怖そうなメディウムを作って、
あいつらの家に行かせて、おしっこ漏らすぐらいに怖がらせてやるの!」
「いいわね! それ! じゃあ…さっそくやる……?」
「うん! やろやろ!」
パパやママに見つからないように、ライトと紙と鉛筆をお布団に入れて、その
中にあたしたちももぐり込む。おでこがくっつくぐらいになりながら、ひそひそ
声で相談する。
「さぁて……、じゃあ、どんなお化けにする…?」
「えっとね! 角が生えてて……、こう、口から牙も生えてて……」
「うんうん、それから?」
「体中からふさふさした毛が生えてて、手に包丁を持ってるの!」
「ふぅん……、クランプスに似てるけど……。ソニアが考えたの?」
あたしの注文をお姉ちゃんがさらさらと鉛筆を走らせ、紙に描き出していく。
「うぅん。前にね、研究所に来てた人から教えてもらったの。えぇっと……、確か
ヤーパン…日本って国のお化けなんだって」
「日本……か。確か…アジアにある国ね」
「日本には悪い子供をさらって食べちゃう、こわーいお化けがいるんだって。
『わるいごはいねぇが!!』って!」
「あはは! ソニア、それ、その人のマネ?」
「うん、優しそうなお兄さんだったよ。でも、お化けの声真似はすっごく
怖くて…、びっくりして覚えちゃった!」
「……あら? もしかしてソニア…、その人のこと……」
「え! ち、違うよ! お、お姉ちゃんのバカ!! ヘンなこと言わないで!」
「ふ~~~ん。そっかぁ……、異国から来た年上の王子様……、素敵ね…」
「だ、だから違うって!! もお!」
「ふふふっ……。はいはい。っと…、さて、こんな感じかしら……」
あたしの必死の抗議を聞き流して、いつの間にかできあがった絵をお姉
ちゃんが見せてくれた。
「…できたわよ、ソニア」
「あ、うん! こんな感じだと思う! さすがアルシアお姉ちゃん!」
「じゃあ…いくわよ……?」
お布団から抜け出たお姉ちゃんが、おでこに紙をあてて、「ヴィレス」を
「集中」させる。ぼう、とかすかな光が浮かぶと、それがだんだんと形に
なっていく。
1分ぐらいして「具現化」したのは、あたしが想像していたとおりのお化け
だった。
「さ、ソニア。いいわよ?」
「…おばけちゃん! お隣のハンスとヨアキムを…飛び上がるぐらい脅かして
きて!!」
「………」
なにも言わないまま、うなずいたおばけちゃんは窓からぴょんと飛び降りて、
そのまま……消えたように見えなくなった。
…それから少し経った時。
「わるいごはいねぇがーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!」
「「ぎゃああああああああああああああああああああああああああーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」」
お隣とはいっても、ハンスたちの家とあたしたちの家は100メートルぐらいは
離れてる。それでもあいつらの悲鳴が耳に飛び込んできた。
「やったぁ!」
「うん! やったね! ソニア!」
あたしたちの作戦は大成功したみたいだ。あの叫び声からすると、本当に
おしっこ漏らして気絶もしてるかもしれない。
……やったやった。いい気味だ。ざまぁみろ!
と、その時、どんどん! と階段をかけ上がってくる足音が聞こえた。
あわててあたしたちはベッドに戻り、お布団をかぶった。
「お前たち! 何をやってるんだ!!」
「……ッッ……!!」
今度は飛び込んできたパパの怒鳴り声が部屋中に響いた。あいつらの悲鳴が
大きすぎて、パパにも聞こえてしまったんだ。
だけどお姉ちゃんは黙ったままだ。とりあえずあたしも寝たふりを続けた。
「…寝たふりをしても判っているぞ。アルシア…、ソニア…。さっきのあの
悲鳴……、あれはお前たちの仕業だろう」
「…………」
「…いいか、お前たちには素晴らしい才能がある。しかしそれを、己の欲望や
楽しみのために使うことは許されない」
…顔は見えないけど、パパが怒ってるのは分かる。怖い声で、でも静かに、
あたしたちに言い聞かせるようにパパが続けた。
「……お前たちのその力は、そのように使うものではないのだ」
「…じゃあ! じゃあどう使えばいいの?! 研究所でメディウムをやっつける
のがいい使い方なの?! 妹のために使うのは…悪いことなの?!」
それまでずっと黙っていたお姉ちゃんが、急にお布団を跳ねのけて、パパに
食ってかかった。あたしも少しだけお布団をずらして、パパの方を見た。廊下
からの逆光で、あたしたちを見るパパの表情はよく分からない。だけど、お姉
ちゃんの言葉に少しびっくりしている風にも思えた。
「…そう…ではない。しかし力には責任が伴うのだ。強ければ強いほど、その力を
持つ者の責任も重くなるのだ。判るか…」
「分からないよ……、パパ……」
「…今は判らなくてもいい。だが覚えておきなさい。いいね……」
それだけをお姉ちゃんに言うと、パパが静かに部屋から出ていったのが見えた。
結局パパが何を言いに来たのか、あたしには最後まで分からなかった。
・
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「……ん……っ……」
…妙に明るい、まぶたを閉じていても、直接目に差し込まれるような光が……
少女の意識を覚醒させた。
…なにか、ずいぶんと昔の事の夢を見ていた気がすると少女は思った。しかし
夢の常というもので、起きた途端に内容など彼女はほとんど忘れてしまった。
かすかに思い出せるのは……大昔に、彼女がまだ小さな子供だったころに
出会った、日本から来たという青年が、自分に教えてくれたことの色々だ。
そして教えてもらった日本の「妖怪」…「なまはげ」を具現化し、隣に住んで
いた男の子たちを驚かせたのは、最高に面白かった思い出だ。
「ふふっ…、あの時のあいつらの顔…、見たかったなぁ…」
確か後で聞いた話では、隣家の悪ガキは、失禁どころか大まで漏らして震え
上がっていたという。その時のことを想像すると、今でも笑いがこみ上げてくる
ほどだ。
まったく久々に夢見の良い朝だと、少女……「ソニア・エルンステッド」は
ご機嫌だった。とっ、と軽やかにベッドから降り、カーテンをまくる。
「…………っっ……!」
眼下に広がるは、林立するビルの群れだった。見慣れない光景に一瞬とまどい、
そこでようやくソニアは思い出した。ここが故郷の…スウェーデンの実家ではなく、
今自分がいるのは極東の日本という国であることを。
それでか、とソニアは思った。あの遠き日に自分に勇気を与えてくれた青年の
生まれた土地、国。そこに自分は今いるのだ。
とくん、とかすかに心臓の音が高鳴ったようにもソニアは感じた。
・・・コンコンコン・・・
「…ソニア? 起きてますか?」
「……ちっ…」
ふいにドアの向こうからかけられた声に、ソニアが舌を鳴らした。せっかくの
いい気分が台無しだ、ともソニアは思った。
「……ソニア…?」
「…起きてるわよ! 子供じゃないんだから! うっとおしいっ!!」
「…っ! ご、ごめんなさい…! あ、あの……判ってるとは思うけど、今日の
スケジュールは……
「うるさい! 判ってるって言ったでしょ! アルシア!!」
「…そ、そうね…。ごめんなさい…。じゃあ……ロビーで待ってるわね…」
そういうと、声の主と思しき人物の足音が遠ざかり、やがてぱたん、とドアの
閉まる音の後、完全に消えた。
「……ふん。まったく使えないヤツね。本部も何を考えてあんなヤツを…
…ッ…!」
そこまでを言いかけた時、かすかな鈍痛がソニアの頭部を襲った。さほど強く
はないものの、うずくような不快な痛みがここしばらく続いているのだ。
ソキエタス本部、いや幹部会からの勅命は、「連絡を絶った『監視者』の調査
と、ここ日本支局との関係を探れ」というものだった。
己の実力からすれば、取るに足りないレベルの任務であり、ゆえになぜ自分が、
という思いもあったが、自分が手がけた新型スマートフォンのプロモーションで
来日がすでに決まっていたことが、最終的にこの任務を引き受けざるを得なく
していた。
「……ま、とっとと仕事も任務も片付けて、しばらく羽を伸ばすか…」
幸い、日本にはスパや温泉が充実していると聞いている。ハコネやアタミと
いった有名所でのんびりすれば、こんな頭痛などすぐに治る。そうソニアは
考えていた。
ここ半年ほどほとんど休みもなく働いてきた対価としては、一月ほどの休暇は
決して不当なものではないだろうと。
後のことは知ったことではない。スケジュール調整はアルシアの仕事だ。
自分がそうすると決めたら、クライアントに土下座でも何でもして、それを実現
させるのがあのつまらない女の仕事なのだとソニアは嗤った。
あの女に出来る仕事など、その程度のことだ。
もはや「アルシア・エルンステッド」は、「THE ART」の異名をも持つ偉大な
自分の「姉」などではないのだから。
ゆえにソニアはまた嗤った。これまでの己の運命と、まだ見ぬこの先の宿命に。
そこに何が待ち受けているかも判らずに。