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不死の少女はただ終焉を希う<第18回/第一会場>

あらすじ



 辺境の村に珍しく旅人がやって来たとはしゃぐティオ。

 老人ウォーレンと共に、行く当てのない旅をしているのだと少女リタは静かに笑う。

 話を聞くうちに、ティオは旅への憧れとリタへの想いを募らせていく。


「儂はもう長くない。お前があの子を救ってくれ」


 夕暮れ時、ウォーレンはティオに強く訴えた。……そして、病で命を落とす。

 聞かされたのは、リタの秘密。

 気が遠くなる程昔、リタは神の怒りに触れ、不老不死の身となった。


「私はただ、元の身体に戻って静かに死にたいだけ」


 永遠を生きるリタは、元に戻る方法を探し続けていた。


「死ぬ為だけに旅をするなんて悲し過ぎると思わないの? ただ生きてるだけなんて、死んでると同じじゃないか」


 リタを救う。その、心までも。

 ウォーレンに託された旅の使命を果たすべく、ティオはリタと共に村を旅立つ――。



【結果:58位/10P(会場16位)】

 何年振りかの旅人が村にやって来たと聞いて、ティオは胸を弾ませた。

 山奥の辺境の村ミッレにわざわざ足を運ぶのは、それこそ村の端にある遺跡を調査に来る役人か学者、或いは世界一周を夢見る冒険者ぐらいなものだが、どうやら今日来た客はそのどれでもないと聞く。


「女の子だよ! ティオ、こっち!!」


 幼馴染みのコリンに呼ばれて村長の屋敷へ行くと、見たことのない物静かそうな少女と老人が、荷物を置いて出てくるところだった。

 腰の下まで伸びる長い銀髪に、深い青色の瞳。清楚な少女の出で立ちに、ティオは胸を射貫かれた。


「ティオ、コリン。ちょっと来なさい」


 垣根から顔を出して庭を覗き込んでいた二人は、村長に呼ばれ、へこへこと庭の中へと入っていった。


「リタに、村を案内してあげなさい」


 村長が言うと、リタと呼ばれた少女は同行の老人の顔色を伺った。老人が静かにこくりと頷いたのを見て、リタは少しだけ表情を明るくし、ティオ達の方へと歩いてきた。


「ウォーレン。じゃあ行ってくるね」


 老人に小さく手を振って、リタはティオ達と村長の屋敷を後にした。



 *



「旅をしてるの? いつから?」

「……結構、前から」

「何か探してるとか、行きたい場所があるとか?」

「そんなんじゃないわ。行く当てのない旅よ」

「あのウォーレンって人は、お父さん……じゃないよね」

「うん……」


 村長の屋敷を出てから先、ティオはリタを質問攻めにした。

 見る限り、リタは十五のティオ達と同じくらい。一緒に旅をしているという割には、ウォーレンは年を取り過ぎている。屋敷から出てくるとき、リタはウォーレンの肩を抱き、介助するように寄り添って歩いていた。あれでは長旅は無理だろう。老体に鞭打ってまで、こんなところにリタと来るなんて。


「おい、根掘り葉掘り聞くなよ、ティオ。困ってるだろ」


 コリンに言われ、ティオはしまったと手で口を塞いだ。


「ウォーレンはもう……、長くない」


 リタは視線を遠くに飛ばして、小さく息を吐いた。


「最期は自分が生まれた村で迎えたいって言われて……連れてきたの」


 あまりにも悲しい旅の目的に、ティオとコリンは押し黙った。


「身寄りのない私をウォーレンは大事にしてくれて。あちこち、旅をして回った。だけどもう、すっかり年を取ってしまったから、これ以上は無理だって言われたわ。――大丈夫。悲しくなんかない。出会いと別れは旅にはつきものでしょ。ウォーレンとの別れは、その一つに過ぎないから」


 気丈な振りをしているリタの手は、ギュッと強く握られていて、僅かに震えているように見えた。


「リタは……、この先どうするの」

「ウォーレンを看取って埋葬したら、どこか遠くへ……行こうと思う」


 リタはそう言って、悲しそうに笑うのだった。



 *



「ウォーレンは確かに、この村の出身らしいよ」


 リタに村を案内し、村長屋敷に送り届けたあと、コリンはどこからかそういう話を聞きつけてティオに伝えにやって来た。

 自宅の庭先で薪を割っていたティオは手を止め、コリンの話に耳を傾ける。


「村外れにある空き家がウォーレンの実家」

「あそこって、確かばあさんが死んで誰もいなくなった……」

「何十年か前に旅に出たきり戻らないとかで、葬式の時も噂になってたって、村の年寄りが話してた」

「訳ありなのか」

「盗賊が出たんだって。ウォーレンが旅に出る前の日に。どうもウォーレンが何か関わってたらしくて、それで一緒にいなくなったんじゃないかって話」

「だったらどうして今更」

「さあね。死期が近くなって帰りたくなったんじゃないの?」


 コリンは言ったが、ティオは納得しなかった。



 *



 世界は随分広いらしい。出来ることなら自分も未だ見ぬ世界を旅してみたい。

 それが、ティオの夢。

 あいにく生まれた村が山奥で、街まで続くのは馬車も通れぬ悪路だった。馬に乗り町へ行くことはあっても、その先はない。どこまでも続く青空の下に、一体どんな世界が広がっているのか――、ティオは知らない。


「リタは、いろんなものを見たんだろうな……」


 夕暮れ時、ティオは居ても立っても居られなくなって、村長の屋敷にいるリタのところに足を運んだ。

 宿屋のないミッレの村では、村長の屋敷に旅人を泊めるのが習わしだ。普段よりたくさんのご馳走を作っているのだろう、台所の煙突からはもくもくと煙が立ち、野菜と肉を煮込む良い匂いが辺り一面に漂っていた。


「……ウォーレン、さん?」


 背中を丸めた老人が一人、庭に置かれたベンチで夕焼け空を眺めている。

 燃えるような空の色が反射して、庭さえ幻想的な赤の中に沈んで見えた。


「さっきはありがとう。リタの相手をしてくれて」


 村長に頼まれてやっただけなのに、ウォーレンはティオに頭を下げた。

 それが何だか申し訳なくて、ティオはブンブンと頭を横に振った。


「礼を言われるようなことは何も。旅の話、羨ましくてこっちが聞き入ったくらいで。リタは居ますか? もう少し話を聞きたいと思って」


 ウォーレンはティオをじっと見つめ、目を細めた。

 その目が余りにも悲しそうで、ティオは笑うのをやめた。


「――身体、悪いんですか」

「年だからな」

「リタが寂しそうにしてました」

「あの子は優しい。儂のことなんぞ、気にせんでもいいのに」


 ウォーレンは頭を抱えて長く息をついた。

 ティオには……、二人が何か特別なもので繋がっているような気がしてならなかった。


「旅を、したいのか」


 唐突なウォーレンの言葉に、ティオはこくりと頷いた。

 ウォーレンは皺だらけだ。座っているのもやっとなのだろう。これでよく、あの山道を歩けたと感心してしまう。


「丁度、お前ぐらいの年の頃、村を出た。どうにか救ってやりたいと思ったが、知らず知らずに年を重ね、すっかり爺になってしまった。手掛かりを探して歩いたが、追っ手から逃げるので精一杯で、結局どうにも出来んかった。儂には……、無理じゃった」


 夕焼け空をぼんやりと眺めながらウォーレンが語ったのは、雲を掴むような話。


「前の男も、その前の男も、リタを救いたくて必死だった。永遠の命、死なない身体……、そんなものは持たん方がいいと思った。あの孤独を耐えるのはきっと辛かろうに、あの子は一切泣かない」

「何を言ってるんですか? ウォーレンさん。それってまさか」

「儂はもう長くない。お前があの子を救ってくれ」


 ティオの両肩に手を伸ばし、この世の悲哀を全部背負ったような顔でウォーレンは訴えた。

 それが何を意味するのか……考える間もなく、勢いに押されこくりと深く頷いたティオを見て、ウォーレンは安心したのだろう。明くる朝、静かに息を引き取っていた。



 *



 丘の上の墓の前、リタは花を手向け、膝を折り冥福を祈っている。

 傍らにはトランクが一つ。長旅の荷物は思いの外少ない。


「聞いたんでしょう? 私の秘密」


 誤魔化せない。ティオはうんと小さく言った。


「旅を共にしてくれた人達は私を置いてどんどん死んでいった。悲しくなんかない。私はまた、生き続けるだけだから」

 

 言葉とは裏腹にリタの声は沈んでいた。


「旅の本当の目的は……」


 恐る恐る訊ねるティオに、リタは立ち上がって振り返り、静かな笑みを見せた。


「幸せな最期を迎えるための旅」


 二人の間を風が抜ける。

 吸い込まれそうな程に透き通ったリタの瞳。

 リタはウォーレンの墓を背にして、小さく息を吐いた。


「不死の少女の話、聞いた事くらいあるでしょう? 神様の怒りに触れて、死ねない身体になった。不死の秘密を手に入れたい権力者やならず者に追われてるの。……そんなもの、知ってたらくれてやるわ。永遠の命なんて要らなかった。私はただ、元の身体に戻って静かに死にたいだけ」


 昔話として、ティオは確かに聞いたことがあった。不思議な力を使う不死の少女は、とんでもなく悪い魔法使いに追われている。男は少女を守るため、一緒に旅をしているという。


「リタとウォーレンが、あの昔話の」

「……行かなくちゃ」

「も、もう?」

「最期くらい、好きにさせてあげたくてここまで来たの。早くしないと、見つかっちゃう。私のことは忘れていいから。さよなら、ティオ」


 リタは伏せ目がちに笑って、墓地を後にしようとした。


「僕も行く」


 ティオはリタの腕を力いっぱい掴んだ。


「正気? 普通の暮らしを失うのよ?」

「死ぬ為だけに旅をするなんて悲し過ぎると思わないの? 君、全然笑わないよね。ただ生きてるだけなんて、死んでるのと同じじゃないか」

「――分かったふうに言わないで。私はウォーレンみたいに普通に死にたいの!」

「こんな人生じゃきっと後悔する。君はもっと」

「じゃあティオは一体何が出来るの?」


 震える手でリタの腕を引っ張り、ティオはそのまま彼女をギュッと抱き締めた。


「死ぬのが怖くなるくらい、幸せにしてみせるって言ったら……?」


 全身の血が沸き上がるような感覚に、リタの身体はブルブルと震え出した。


「面白い冗談ね」

「本気だよ。長く生きてるクセに、どうして君は――」


 ――カーン、カーン、カーン…………。


 けたたましい鐘の音が聞こえる。

 リタは思い切りティオを突き放した。


「そんなに温いものじゃないのよ、ティオ。追っ手が来てる。この村は時期火に包まれるわ。私と関わらないで」

「ウォーレンに頼まれた。今度は僕が君を救う為、旅に出る番なんだ」


 ティオが決意を口にすると、リタは苦しそうに顔を歪めていた。

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