TS☆魔法少女キュアエンジェルス<第17回/第一会場>
あらすじ
ヴィラン化ウィルス――通称V2 (villain Virus)が蔓延し、魔物化した人間が暴れ狂うようになった東京に、突如現れた二人組の魔法少女キュアエンジェルス。
大人気の二人とどうにか契約したい大手芸能プロダクションが二人の正体を突き止めた者に多額の懸賞金を出すと発表すると、キュアエンジェルス・フィーバーは更に熱を帯びた。
ピンクのツインテール、小柄でキュートな白い衣装のまどか。
金髪ポニーテールの長身美少女、黒い衣装のなぎさ。
年齢不詳正体不明の彼女らは、今日も全力でV2感染者を浄化する。
「絶対に、バレちゃダメだ」
まどかとなぎさは心に誓う。何が何でも、絶対に正体がバレないようにしなくてはならない。
「まどかが実は男子高校生で、なぎさが実は変態サラリーマンだなんて、世間には絶対……!!」
TSな魔法少女達と、正体を見破ろうとする世間の、熱い戦いが始まる……!!
【結果:1位/72P(会場1位)】
白昼のオフィス街に現れた魔物を、小柄な美少女が殴り倒した。魔物は半回転し、地面に叩きつけられる寸前で態勢を整える。少女の眉尻が動く。
居合わせた会社員や通行人らが恐怖の声を上げる中、少女は怯むことなく魔物に向かっていく。
「ここは僕がどうにかします! 皆さんは逃げて!!」
ピンクのツインテールが揺れる。アイドルを彷彿とさせるフリル多めの白い衣装に身を包み、翡翠の瞳を煌めかせながら、彼女は更に攻撃を加えていく。
世界中に蔓延するヴィラン化ウィルス――通称V2 (villain Virus)。人間であったことさえ忘れ人間を襲うV2罹患者は、死してようやく救われるのだという。
V2は罹患者の姿形さえ変えてしまう。手足の数、身体の大きさ、色、性別、年齢、何もかもが変化の対象だった。少女の前にいる魔物は、まるで蝿のような姿をしている。真っ黒い身体、赤い複眼、腕が四本、虫の羽を生やした魔物に、人間の面影はない。
殴り飛ばし、蹴り上げ、それでも魔物は倒れない。素早い動きで何度も攻撃を躱される。
「チッ!」
少女は舌打ちし、魔物を睨み付けた。一人では埒が明かない。二人揃わなければと少女は思う。
と、直後、苦戦する少女のそばにもう一人、黒い衣装に身を包んだ金髪の美少女が現れる。
「大丈夫? まどか」
ポニーテールを揺らす長身の彼女は、先に戦っていた少女に声をかけた。
「遅いよ、なぎさ。弱らしといたから、さっさとやるよ!」
ツインテールのまどかは、目でなぎさに合図する。
「ごめんごめん! 仕事、抜けらんなくて」
「言い訳はどうでもいいから。ギャラリー増えないうちに、やっちゃお!」
「オッケー!」
まどかは左手を、なぎさは右手を差し出して、二人手のひらをくっつけた。互いに空いたもう片方の手を高く掲げ、大きく天を指さすと、二人の身体が淡い光を帯びていく。魔法の力が彼女らの、高く掲げた指先に集まり、バチバチと空気を震わした。
「憐れなる子らに祝福を! 注げ!! エンジェルス・シャワーーーーーー!!!!」
掲げた手を、二人同時に一気に振り下ろす……!
光の粒が凄まじい勢いで降り注ぐと、魔物は断末魔と共に粉々に砕けていった。
「キュアエンジェルス! 本物ッ!」
「魔法少女!」
街がざわめき始める。遠巻きに戦闘を見ていたギャラリーが彼女らにスマホを向けている。魔物が消え安全だと分かると、どんどん距離が縮まって、彼女らはすっかり取り囲まれていた。
「キュアエンジェルス! ポーズください!」
「こっちにも!」
まどかは困惑し、両手のひらをギャラリーに向けて首を横に振るが、なぎさは「まどか、ポーズポーズ♡」と肩を抱くように引き寄せた。
「キャアッ! 可愛い!!」
パシャパシャとフラッシュを焚かれ、眩しさにまどかは目を細めた。
「僕、こういうの、苦手なんだけど」
「いいじゃない、まどか。私達、可愛いんだし♡」
「なぎさのそういうとこ、マジ信じらんない」
言いながらも、二人はリクエストに応え、次々にポーズを取った。
魔法少女キュアエンジェルス。それが、まどかとなぎさのユニット名。アイドル並みに人気な彼女らは、ファンへのサービスも欠かさない。
「あ、握手してください!」
一人の男性が手を差し出した。
が、なぎさはツンと手のひらを向ける。
「ごめんなさい。時間切れ。また応援してね♡」
投げキッスに男性がキュンキュンしている隙をつき、二人は互いに目で合図して、思いっきり高く飛び上がった。
「わあっ! 飛んだっ!!」
人間離れした跳躍力を見せた彼女らは、そのままどこかへ飛び去った。
*
「ふぅ。疲れた。また授業サボりだよ。クソッ!」
ビルの屋上、腕時計に目を落としてため息をつく少年。
「まぁまぁ、そう言わない。俺達しかV2罹患者は浄化出来ないんだし」
ハハッと軽く笑うサラリーマンを、少年はギロッと睨み付けた。
「渚は趣味でやってるんだろうけど、僕は使命感でやってんの。……にしても、全然慣れない。なんで魔法少女なんだよ。あの教授、ただの変態じゃん」
「まどかの気持ちは分からないでもないけどね。それで少しでも平和が保てるならいいじゃない」
「良くないよ。それに僕、円じゃなくて円谷だから。素のときに『まどか』って呼ぶのやめてくんない? 苛々する」
魔法少女キュアエンジェルス。今、世間を騒がす魔法少女ユニット。
V2罹患者を次々に魔法で浄化していく彼女らが颯爽と現れたのは3ヶ月前。以来、多くの魔物が彼女らによって倒されている。
ネット上でも話題沸騰。彼女らを撮影した動画や画像は直ぐにバズる。可愛すぎる魔法少女ユニットに世間は興奮していた。
「そんなこと言わないでよ。せっかく二人、美少女に変身して戦う力を得たんだからさ。一緒に楽しもうよ」
「渚の、そういうところが凄く変態で嫌いなんだけど」
「あのなぁ。ハイスペック美少女に変身出来るって、凄くない? 俺は最高に興奮するけどな。最近、会社でもよく聞かれるんだよ。『まどか派? なぎさ派?』って。俺、なんて答えてると思う?」
背の高い渚は、グイッと身体を傾け、少年の顔を覗き込んだ。
「『まどか派。僕っ娘だし、ツインテが似合いすぎて罪』」
「ふっざけんなよ! キショッ!! 渚キショッ!!」
「キショくても良いよ。だって、まどか、めちゃカワじゃん。……ヤバ。興奮してきた。まどかんとき、もっとギュッとすれば良かった」
「キモッ! 近付くな変態!!」
少年――円谷伊織が魔法少女になったのは偶然だった。
ガラ空きだった電車の中、伊織の隣に偶々座っていたのが渚健太郎という27歳のサラリーマン。ガタンゴトンと揺れる車内で、ふと目の前に立つ人影に顔を上げると、如何にもエロそうなお姉さんが仁王立ちして見下ろしていた。
『君達、魔法少女は好きか』
恐らく、あそこで選択肢を間違えた。二人揃って、『大好きです!』と言ってしまったのだ。
気が付くと、魔法少女に変身して戦うことになっていた。世の中、全く理解できないことが多過ぎる。
「変態でも構わない。俺は魔法少女が好きだ。変身も出来るし、目の前にいる魔法少女とイチャイチャも出来る。満足している」
伊織は普通に魔法少女が好きなだけの少年だったが、渚はド変態だった。
「ファンサだから応じてたけど、僕は渚のこと、キモいおっさんだとしか思ってないからな」
「知ってる。その、大嫌いって目で見られると益々興奮するんだよ。本当に最高だな、まどかは」
「だから円谷だって。せめて下の名前で呼ぶとかならアレだけど」
「だめだよ。いおりじゃ魔法少女感出ない。まどかがいい」
「キモいって! マジで!!」
性癖全開で寄ってくる渚に、伊織は辟易していた。
*
四時限目にギリギリ滑り込む。
朝から登校するつもりで家を出てきたのに、うっかり魔物退治と渚の茶番に付き合って、こんな時間になってしまった。
伊織は机の上にようやく広げた教科書の文字を指でなぞった。日常が、懐かしい。
このところ毎日のように魔物が出る。V2の感染経路は明らかになっていない。飛沫感染なのか粘膜感染なのか。ある日突然発症する。そして人間に戻れなくなる。早期発見であれば魔物化は避けられるらしいが、そもそも早期に発見すること自体が難しいのだ。
連日の出動で伊織の身体はボロボロだった。それでも、魔法少女キュアエンジェルスのまどかとして戦い続けるのには理由がある。妹が、魔物に襲われた。以来、妹は外出を拒み、不登校になってしまった。魔物のいない世界に戻れるなら、魔法少女にでもなってやる。伊織は使命感から、必死に戦い続けている。
「伊織、最近サボり多いな」
昼休みに入ったところで、後ろの席の優也に声をかけかけられた。伊織は「うっせぇ」と悪態をついてそっぽを向いた。
「それはそうとさ。キュアエンジェルス、すげぇよな。ネットニュース見た?」
「どうでもよ」
「よくねぇって。お前も魔法少女好きとして、キュアエンジェルス気になってんだろ? 高校生になって恥ずかしさを覚えたのか?」
魔法少女アニメ、漫画、ラノベに塗れていた過去を、伊織は塗り潰したくて堪らなかった。
「懸賞金1000万だってよ。やべぇよな」
「何が」
「キュアエンジェルスの正体突き止めたら1000万」
「……は?」
「大手芸能プロダクションが懸賞金出すってニュース、見てないの? キュアエンジェルスと契約結びたいけど、彼女ら正体不明じゃん。懸賞金出すから探して欲しいってニュースになってる」
伊織は目を丸くして優也のスマホをぶんどった。……確かにそう書いてある。
自分のスマホでSNSもチェックした。キュアエンジェルスがトレンド1位に入っている。動画、画像が大量にタイムラインに流れている。
「ヤバいじゃん」
嫌な汗が全身から吹き出した。
「キュアエンジェルスは正体不明が魅力的だったけど、1000万には勝てないもんな。どう? 伊織も一緒に正体探らない?」
「はァ?!」
頭が真っ白になる。
正体、知られたら終わる。
魔法少女が男子高校生と変態サラリーマンだなんて、誰にも知られる訳にはいかないのに。
「な! 一緒にやろうぜ!」
最高にマズい。
全世界が敵に回った。
絶対に負けられない戦いが始まったことを知らされ、伊織は全身の血の気が引いていくのを感じた。