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君の世界を巡る旅<第15回/第一会場>

あらすじ



 “何故君は命を絶ったのか”――愛する妻・紗良さらが自殺してから半年。曽根崎佑そねざきたすくは、未だ妻の死を受け入れられずにいた。

 息子の竜樹りゅうきとはギスギスした関係が続いている。


「言いたいことがあるなら、言ってくれれば良かったのに」


 何気ない佑の言葉に激高した竜樹は、猛吹雪の中、家出してしまう。

 必死に竜樹を追いかける佑が辿り着いたのは、《ルミール》と呼ばれる異世界だった。

 そこで出会った魔女リディアに、佑は妻と息子の話をした。


「もし仮に、お前の妻があの人なら、私は約束を果たさなくちゃならない」


 思いも寄らぬ言葉に困惑する佑に、リディアは一緒に旅をすると言い出した。


「私の予感が正しいのだとしたら、お前の息子はこの世界にいる。彼女の形見が息子を導いているはずだ」


 紗良が生涯隠し通した秘密と、吹雪の中消えた竜樹を探すための、長い旅が始まる――。



【結果:54位/16P(会場17位)】


 15になったばかりの息子にぶん殴られた頬を気にしながら、(たすく)はホワイトアウトの中を彷徨っていた。

 2月、猛烈な寒波が日本海側を襲った。外出禁止を各メディアが訴える中、佑の些細な言葉がきっかけで、息子の竜樹(りゅうき)は家を飛び出した。

 外は真っ白で、何も見えなかった。竜樹はダウンジャケット一枚羽織って、着の身着のまま出て行った。佑は夕食の支度をやめ、慌てて家中の火を消し、外に出た。車は雪に埋まっている。意を決し、佑は長靴で雪の中をザクザク進むことにした。

 途中まで竜樹の足跡を追えていたのに、次から次へと吹く雪で、足跡はどんどんかき消された。除雪機すら動いていない。公共交通機関は麻痺している。民家も疎らな町外れ、この雪では遠くまでは行けないだろう。


「言いたいことがあるなら、言ってくれれば良かったのに」


 佑は知らなかったのだ。たったそれだけの言葉が、中学三年、多感な息子にとって、とても深く心を抉るものだったなんて。

 妻が冷たい川に身を投げたのは、暑い夏の日だった。

 思い悩んでいた妻を近くで見ていたのは竜樹だった。仕事ばかりでまともに妻を見ていなかった自分に腹を立てた。どの時点まで戻れば彼女を救えたのだろうか。慣れない家事で精も根も尽き果てていたときにポツリと出た一言。

 それを聞いた竜樹は、まるで我慢が限界に達したみたいに、佑に殴りかかってきたのだ。


「今更遅せぇんだよ! 聞く気もなかったくせに!」


 竜樹は止めるのも聞かず、猛吹雪で荒れ狂う外の世界へと飛び出していった。

 妻の自殺の理由を、佑は知らない。

 きちんと話をしていれば、妻は死ななかっただろうし、息子は家を飛び出さなかったはずだ。

 息子の足跡が消えた道を、佑は必死に辿った。

 雪の中、足はどんどん重くなった。正面から激しく叩きつける雪の粒に、次第に身体が冷たくなっていく。

 追いかけなければ。

 竜樹がどこかへ行ってしまう。



 *



 パチパチと何かが燃える音がして、佑はハッと我に返った。

 暖炉だ。火が直ぐ目の前で燃え盛って、視界全体がオレンジ色に染まっている。

 硬い床に敷かれた絨毯に寝転がっていたらしく、背中が痛い。上半身はすっかり温まっていたが、長靴の中はじっとり濡れていた。

 山小屋のような場所。

 おかしい。

 確か雪の中を彷徨っていたはずだ。


「竜樹……!」


 慌てて上体を起こそうとしたところで、何か巨大なものがヌッと動いたのに気付く。


「スキア、そこまで」


 女の声。

 大きくフサフサとした何かは、佑の真上に覆い被さるようにして止まった。


「やっと目が覚めたな。スキアが拾ってこなかったら、雪の中で死んでいたかも知れないよ」


 佑は恐る恐る視線を上げた。

 犬? ハァハァと荒い息をしている。それにしては随分……。


「うわぁっ! デカッ!!」


 それは佑の背丈の二倍もありそうな――巨大な、狼だった。

 暖炉の火に照らされ、目がギラギラと光って見える。狼はヨダレを垂らし、長いベロを見せて佑を見下ろしていた。


「おおっと、あんまり大きい声、出さないで。スキアが驚く。大人しくしてれば襲ったりしない。とっても良い子なんだ」


 ギィと椅子の鳴る音がした。

 目をやると、肘掛け椅子にゆったりと座る、美しい少女が一人、頬に手を当て微笑みを称えながら佑を見ている。

 真っ白な長い髪、透き通るような紫水晶(アメジスト)の目、真っ赤な口紅。細かいレースで縁取られた布を肩に引っかけ、丈の長いドレスのような黒い服を着ている。

 年の頃は10代半ばに見えるが、妙に貫禄がある。


「魔女……!」


 思わず自分の口から出た言葉に、一番驚いたのは佑だった。

 魔女なんて、存在するはずがないのに。


「そうとも。私はリディア。紛うことなき魔女だ。お前、名は?」


「た、佑です。曽根崎(そねざき)佑」


 魔女リディアは前のめりになって、ニタリと笑った。

 組んだ足がスカートを捲り上げ、美しい太ももがチラリと見えた。

 佑はゴクリと唾を飲み込んで、狼のスキアとリディアを交互に見た。


「異世界?」


 丸太が組まれた小屋の中には、電気を使うようなものがどこにもなかった。照明はおろか、暖房も、時計すら。壁に飾られた民芸品や色とりどりの美しい布、小動物の剥製、洗濯物も干してあって、間違いなく生活感はあるのだが。


「かの地の人間から見れば、この《ルミール》は異世界なのだろう。嵐の夜には2つの世界の距離が縮まるから稀に迷い込む奴がいるんだよ。お前のように」


 ぞわり、と背中に悪寒が走った。


「じゃ、じゃあ……!」


 佑は起き上がって、リディアの前に進み出た。

 リディアは驚いて椅子の背もたれに体重をかけた。


「男の子、見なかったか?! 俺の、息子なんだ……!」


 自分でも信じられないくらい大きな声が出た。

 佑は両手を握り、リディアに迫った。


「息子の後を追って、この世界に迷い込んだ。息子もここにいるかも知れない。スキアは、俺以外の人間を拾ってきたりは」


 縋るような気持ちで訴える佑に、リディアは小さく首を振って目を細めた。


「いや。残念だけど、スキアが拾ってきたのはお前一人だ」


 佑はガクッと膝から崩れ落ちた。


「お前の息子ってことは、年頃の少年のようだな。もし迷い込んでいれば、スキアじゃない別の奴が見つけている可能性も捨てきれない。嵐の夜には特別な魔物が現れたり、普段は出入り出来ない洞窟が現れたりするから、ハンターや冒険者達が挙って動く。そいつらが見つけて保護していればだが」


「本当に?! だったら……!!」


「あくまでも、可能性。まぁ、気になるようなら、嵐が収まった後で町に出てみればいい。半時ほど歩いた所に、ギルドのある大きな町がある。金額次第では、真面目に探してくれるだろうよ」


 金額次第、という言葉を聞いて、佑はぐったりと肩を落とした。


「……金目のものなんか、持ってない」


 息子同様、着の身着のまま飛び出した。

 家の鍵、財布、スマホ。元の世界に息子と一緒に戻れるのだとしたら、何一つ、失くせない。


「ところで」


 リディアは椅子からひょいっと立ち上がり、ゆっくりと佑の真ん前までやってきた。リディアは思いのほか小さかった。150㎝あるかないか。佑の胸の辺りから見上げるようにして、顔を覗き込んでくる。

 ランタンと暖炉の火で、リディアの影が怪しく揺らいだ。


「お前から、魔法の気配がする」


「魔法?」


「魔法を帯びた何かを持っていたか、持っている人間が近くにいたか。宝石か、装飾品か……。左手の指輪、ではなさそうだな。何か石の付いたようなものは」


 石、と聞いて、佑はふと妻の形見を思い出した。


「ブレスレット。今は竜樹……、息子が持ってるはずだ」


 リディアの顔が険しくなる。


「何種類か、石が連なってなかったか?」


「五種類の石が、一つずつ……。どうしてそれを?」


「ルミールには古くから、生まれ子に貴金属を与える習慣がある。石の数が多い程、身分が高い証拠。しかも、それが全部違う種類の石なのだとすれば」


 ふぅと、リディアは一旦息を整えた。

 佑は唾を飲み込み、次の一言を待つ。


「昔……、身分の高い娘が一人、かの地に逃れたのだ。王位継承を巡って内紛が起きたことが原因でな」


「そんな。幾ら何でもこじつけ過ぎですよ」


 ハハッと、佑は苦笑いした。


「ブレスレットは紗良(さら)の形見なんです。妻は死ぬまで、自分のことは殆ど喋らなかった。だけど異世界なんて。あり得ませんて」


 リディアの手が緩んだ。申し訳なさそうに、頭を振り、黙りこくった。

 解放された佑は、ダウンジャケットの胸元を戻した。

 そのまま、二人とも、余計なことは喋らなくなった。



 *



 スキアの監視の下、リディアに差し出されたスープとパンを、佑は黙って食べた。

 作りかけのシチューが置かれたままのキッチン。何も食べずに出て行った竜樹。

 どこかで食べ物にありつけているだろうか。

 暖かい場所で、眠れているんだろうか。

 夜が更けていく。

 久方ぶりに、妻の夢を見る。


『石には一つ一つ意味があってね』


 左腕には美しい装飾のブレスレット。5つの石が連なり、輝いている。


『水と火、大地、光と闇。世界を構成する五つの力を表してるの。竜樹にも何かあげたかったな』


 記憶の片隅に追いやられていたそれは、リディアの話に少し、合致している。



 *


 ベロベロとスキアに顔を舐め回されて、目を覚ます。佑にとっては最悪の朝だった。

 朝早くからガサゴソと、リディアは忙しなく動いていた。

 外は晴れていた。窓の外は見渡す限りの雪原だ。


「歩けば半時程で町に着く。装備も、そこで整えれば良いだろう」


 昨日と違い、リディアは冬用の重装備だった。厚手のコート、毛皮の巻きスカートに分厚いズボンとブーツだ。

 これを持てと登山用のようなリュックを渡され、渋々背負う。


「買い出しですか」


 道案内ついでに自分の用事も済ますのだろうかと、佑は何気なくリディアに聞いた。


「私も行く。スキアも連れて行く。お前の、息子を探しに」


「え?」


「気にするな。私もお前の息子に用事がある。もし仮に、お前の妻があの人なら、私は約束を果たさなくちゃならないのでね」


 耳を疑った。

 佑は何度も目を瞬かせた。


「町に着いたら朝飯を食おう。行くぞ、タスク」


 リディアはそう言って、バンと小屋のドアを開けた。

 冷たい朝の風が、佑の頬を撫でた。

年末辺りから連載予定です。

よろしくお願いします。

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