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神の子と魔女見習いの異世界譚 <第10回/第一会場>

あらすじ



≪他人には見えない、全く別の色がもうひとつ見える≫


 相手の感情を色として認識できる能力に悩まされる中学生・大河は、その力ゆえに他人との関わりを強く拒んでいた。

 ある夕暮れに突然現れた、金髪の少女・リサ。

 リサは大河を、“神の子”と呼んだ。


「君は、命を狙われているのよ」


 力の秘密を知っているというリサの出現以降、大河は度々魔物に襲われるようになる。

 この世には、もうひとつの世界があるのだとリサは言った。

 ごく一部、限られた人間だけが行き来できるその世界で、大河の本当の父親は世界を救い、“神の力”を得たらしいのだ。

 父親の影響を強く受ける大河には、更に強い力が眠っている可能性が高い。それをよく思わない連中が、大河の命を狙っているという。

 他人とは違う色が見えるのも、命を狙われる理由も、もうひとつの世界にあるのだと知らされた大河は、リサとともに異世界に赴くことを決意する。


【結果:78位/6P(会場24位)】

 世界には色が溢れている。

 ありとあらゆるものには色があって、その時々で様々な色に変化する。

 色は、人間の心にも深く影響を及ぼし、ある意味、世界を支配している。

 僕らの暮らしは、様々な色に彩られているのだ。



 ――僕には、他人には見えない全く別の色がもうひとつ見えている。

 そしてそのことを、長い間誰にも言い出せずにいる。



  *



大河(たいが)、一緒に帰ろうぜ」


 中学校の帰り道、昇降口から出ようとした僕に、半笑いで近づいてくるクラスメイト。

 今日も、彼らは攻撃色を纏っている。

 僕はとっさに目をそらす。


「いや、ひ、一人で帰るから」


 赤い色。

 顔は笑っているが、完全に僕を標的にしていると色が教えてくれる。


「えぇ~、つれないなぁ。大河君さぁ、もっと友達作った方が良いんじゃないのぉ?」


 僕の肩に腕を引っかけ馴れ馴れしくしてくるけれど、その腕は重苦しい空気も一緒に連れてくる。僕の全身にのしかかったそれは、粘っこく、気持ち悪い。

 身体をすくめ、僕はなんとかその腕から解放される。

 すると大抵、


「何だよ、せっかく誘ってやったのにさぁ」


 上から目線の言葉が槍のように胸に刺さって、僕は立っているのが精一杯になってしまうのだ。

 チラリと横目に、彼らを見る。

 赤い色の塊が、人の形をして揺らいでいる。ケタケタと声を出し、変な喜びに浸っている。

 知っている。

 彼らは順番に、僕に声をかける遊びをしている。

 そうして、僕がどもったり、変な声を出したりするのを見て盛り上がるのだ。

 距離感が掴めず、僕はいつもオロオロしてしまう。挙動不審に見えるのだと分かっていても、誰にも理解されない問題を抱えた僕には、相談する相手もいなかった。



  *



 帰り道はなるべく交通量の少ない道を。

 学校や町中では、いろんな色がごちゃごちゃと目の前を通過するから、酔いそうになる。

 川沿いの土手は、遠回りだが人がまばらで情報量も少なく、僕にとって安心できる場所の一つだ。いつも決まった人が犬の散歩やジョギングで通るくらい。彼らは僕に何の関心も示さず、心が穏やかでいることが多いため、色も殆ど見えない。

 空気に漂うほど強い色は、強い思い。

 ほのかに感じる程度の色のときは、柔らかな気持ち、静かな気持ち。

 通常見えている色に被さって、煙のように見える色。それが普通でないと知ったとき、僕は突然、孤独になった。あれは、いつの頃だったろうか。

 夕陽が射して、視界全体にオレンジ色のフィルターがかかる。逆光で建物や道行く人のシルエットがぼやけると、僕はようやく色の波から今日も解放されたのだと安心できる。

 この孤独を、誰か一人でも知ってくれれば。


「君が、大河君?」


 不意に名前を呼ばれ、立ち止まった。

 足元に、知らない影が出来ていた。

 顔を上げると、同じ中学の制服を着た、見覚えのない女子が真ん前に立っている。

 どう見ても中学生とは思えない大人びた体型。

 彼女は黄金色に染めた長い髪を結わずに風に揺らしていた。

 誰だろう。

 僕は首を傾げて、彼女の隣を素通りしようとした。

 

「そうやっていつも、下ばかり見て歩いてるんだ」


 彼女の言葉に、僕はムッとして、また足を止めてしまう。


「誰ともつるまないの? つるめないの? さっき、からかわれてたよね」


 彼女は僕の前を遮るようにして、わざとらしく身体を傾けた。

 僕は慌てて反対方向に足を向ける。

 すると彼女はまた、僕の進路を塞ぐ。

 彼女からは、黄色い色が溢れている。好奇の色だ。


「か、帰りたいんだけど」


 抵抗しようとして、彼女の顔を見てしまった。

 ――外人?

 目が、透き通るような緑色。白い肌。

 彼女の周辺に別の景色が浮き出て見えている。西洋の古い町並み。彼女のルーツだろうか。

 城のようなもの、それから、竜のような生き物も――。


「何を見てるの」


 言われて気が付いた。

 僕は彼女ではない、彼女の中にある何かを凝視していた。


「な、何でもない。通して」


 うっかり、見てしまった。

 目を見ると、その人の大切な景色や日常が垣間見えてしまう。

 僕は必死に首を振った。


「大河君には何が見えてるの?」


 彼女が僕の右腕を掴んだ。

 息をのんだ。

 心臓が張り裂けそうだ。

 どうして彼女には分かるんだ? 今まで誰一人、気づかなかったのに。

 ――急に怖くなった。

 左手に持っていたスクールバッグを振り回し、彼女を突き飛ばした。

 ドッと鈍い音がして、彼女の足元がふらつく。


「ごごご、ご、ごめんなさい!」


 咄嗟にスクールバッグを抱きかかえた。

 逃げようと身体をかがめて振り返る僕の肩を、彼女はまた、引き寄せようとする。


「怒ってないよ。大丈夫。君の不安を、君の力の原因を教えてあげる。だから、私の話を聞いて!」


 彼女は何故か必死だ。

 だけど僕には余裕はなくて。


「ごめんなさい!」


 川沿いの土手を一気に降りて、僕は一目散に彼女から逃げた。

 空はオレンジ色から、徐々に紺色へと変わり始めていた。



  *



 夕暮れのあの女の子は誰だったのか。

 彼女は何故僕のことを。

 頭痛がした。

 胸が苦しい。

 彼女は一体、何を話そうとしていたのだろう。



  *



 学校では優等生のフリをする。

 なるべく他人と深く関わり合わないように気をつける。

 自分にしか見えていない色と、他人にも見えている色をしっかりと分けて認識し、無感情で接する。

 優しい色よりも、きつい色の方が視界に入りやすい。

 嫌な気持ちになっている人、イライラしている人、心の中にわだかまりを抱えている人。

 それらに関わらないよう、僕は今日も必死に目をそらし続けていた。


「本当に、いつもそうしてるんだね」


 昼休み、ひと気のない校舎一階の図書室前廊下で呼び止められた。

 前日、土手の上で声をかけてきた、異国の彼女だった。

 本当に、ここの生徒なのかどうか。どうも怪しい。

 彼女は相変わらず、校則を全く無視したような髪型と態度で、僕の進路を遮った。


「目を合わせようとしないってことは、やっぱり、何か見えてるんだ。そういう“特性”?」


 好奇の黄色に少し赤色が混じっている。


「と、“特性”って何。君は、誰」


「ようやく私に興味持ってくれたね」


 彼女は頬を緩めた。


「少しだけ、時間をくれない? あんまり長い間“こっちの世界”に居られないから」


「ご、午後の授業がある。き、き、君に付き合ってる場合じゃないんだ」


「午後の授業より大切なことでも?」


「き、君の言っていること、意味が分からない」


 じりじりと間合いを詰められ、僕は一歩ずつ慎重に後退した。

 今、会話の中に聞き捨てならない言葉があった。

『こっちの世界』……?


「嘘ね。本当はちゃんと分かってる。お父上と同じ“特性”を持ってるって噂、本当みたいね。さすがは“神の子”。信じたくないのは勝手だけど、君自身に危険が迫ってる。私は君を守るよう、君のお父上に命じられて“この世界”に来てるの」


 ズンと、彼女の顔が僕の真ん前に迫り、僕はまた慌てて目をそらした。

 開け放たれた廊下の窓からは校庭が見える。午後からグラウンドを使うクラスがあるのか、少しずつ運動着姿の生徒たちが集まってきている。校舎脇の桜並木がさやさやと揺れる心地いい音だけが、この微妙な間をどうにか繋いでいる。


「聞いてる? 大河君。君は、命を狙われているのよ」


「……へ、変な嘘つかないでくれる? 僕の父は普通の公務員。頭おかしいの?」


 顔が、近い。

 身体を反りすぎて、僕はよろめいてしまう。


「ハハァン、なるほど。“こちら”のご両親は、君には内緒にしてきた訳ね。でも残念。君は“あちらの世界”ではとてつもなく有名で、悪い奴らに賞金首にされてる。お父上はそれに気づいて、私を派遣して――」


 彼女が興奮気味にそこまで言ったときだった。

 ふいに視界が暗くなった。

 冷たい冷気のような、しかし色としてはどす黒いもやのようなものが、廊下の窓から一気に僕と彼女の方へ押し寄せた。

 ゴォッと音がした。

 感じたことのない気配。

 ――赤い目だ。

 実態を持たない黒い煙の塊が獣の形を作って、彼女の背後から僕のことを狙っている……!


「ほら、言わんこっちゃない!」


 彼女は咄嗟に振り返り、身構えた。


「見えるんでしょ? 黒いのが」


 身体は正直だ。

 僕はひっくり返って尻餅をつく。


「逃げても無駄。彼らは何処までも付いてくる。倒すしかない」


「た、倒す?!」


 面食らう僕をよそに、彼女はすっと手を高くかざした。

 バチンと音がして、化け物の動きが封じられる。纏っていた黒い煙が晴れ、人狼のような獣がくっきりと姿を現した。


「魔法使える? 無理か。使えそうな顔してるくせに」


 言いながら彼女は、宙に魔法陣のようなものを描いた。

 見たこともない文字とともに描かれた魔法陣から放たれた炎が化け物を焼き尽くし、断末魔とともに跡形もなくなるまで数十秒。

 僕はただ唖然とするのみ。

 すべて終えると彼女は、得意げな顔をして、パンパンッと両手を叩いた。

 廊下に尻餅をついたままの僕に手を差し伸べ、彼女は何事もなかったように微笑むのだ。


「改めまして大河君。私はリサ。君を“もう一つの世界”に案内するために来たの」


 彼女は嘘をついていない。

 そういう色をしている。


「よ、よろしく、お願いします……」


 僕は恐る恐る、右手を差し出した。 

「黄昏のレグルノーラ ~神の子と魔女見習いの異世界譚~」として連載します。


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