鬼崎君と見えちゃう私<第23回/第三会場>
あらすじ
闇に潜む黒い何か――榊原みさをは、幼い頃からそういったものが見えてしまう特性に悩まされてきた。見えるだけで何が出来るわけでもない。秘密を抱え生きてきたみさをだが、高校入学を機に一念発起、普通の学校生活を送るために藻掻いていた。
そんなみさをが同じクラスの鬼崎宗司の視線に気付いたのは、偶然ではなかったのかも知れない。
糸目でいつも無表情、人付き合いは不得意そうで、授業中は寝てばかり。わざわざ山奥から高校に通ってくる宗司には、妙な噂も絶えなくて……
放課後、うっかり二人っきりになったタイミングで、宗司はみさをに初めて声を掛けてきた。
「榊原さん、君、見えてるんでしょ?」
鬼を狩る一族に生まれたという彼に同情したみさをは、彼と秘密を共有することになるのだが――
評判の悪い宗司と仲良くし始めたことで、みさをはヤバい事件に巻き込まれて……?!
【結果:20位/36P(会場5位)】
ねぇ一緒に帰ろうよと言われて、私は一瞬戸惑った。通りの先に黒いものが蠢くのが見えたから「ごめん、今日はおばあちゃんちに寄るんだ」と苦笑い。手を振って友達とは別の道を帰ることにする。
黒いものが視界の外でチッと舌打ちするのが聞こえて、ゾゾッと背中のランドセルごと大きく身震いした。
あの通りは事故が多い。黒いものが彷徨くから。
だからそっちには行けないんだよなんて言えなくて。
そういうものが見えるだなんて知られたら、きっとみんな私を変だと思うに違いない。だから私はずっと、本当の意味での友達を作らずにぼっちを貫き通してきた。
けれどそんなのちっとも楽しくないわけで――高校入学を機に、一大決心をした。
私、榊原みさをは、普通の女子高生になる。
変な特性のことはどうにか上手く隠し通して、みんなと同じように青春を楽しむんだ……って。
*
四月も半ばになってくると高校生活にも慣れてきて、仲の良い人が少しずつ出来てきた。
不思議なことに、今のところ校内で変なものは見えてない。
なるべく中学までの私を知ってる人が少ない学校を……と、自宅から少し離れた高校を選んだこともあって、消極的で根暗な私なんて最初から居なかったみたいに、快適な日々を過ごせていた。
そうやって、どうにか普通を演じる私の視界に、いつまでも誰とも仲良くしようとしない鬼崎宗司君の姿が妙に目立って見えたのは必然だったのだと思う。
「みさをっち、鬼崎君はやめときなよ」
最近仲良くなった未麗ちゃんが、鬼崎君に目をやる私のブレザーを強く引っ張った。
「何かさ、訳ありらしくて、わざわざ何時間もかけてうちの高校まで通ってんだって」
私と同じ。けど口にはしない。
「怖そうな大人の人に絡まれてるのを見たことがあるって、隣のクラスの人が言ってたよ」
「そうそう。人気のない校舎裏に誰かを連れ込んでるのを見たとか」
「時々薄気味悪く笑ってるよね」
「目つき、怖くない?」
鬼崎君の話を始めた途端、次から次へとクラスメイトが寄ってきて、私の前に壁を作った。どうやら彼は危険人物として認知されているらしい。
そうかな。そんなに悪い人には。
……言いかけて、やめた。
私のことが知れたら、みんなも同じような目で私を見るんだろうなって……そう、思えたから。
*
極端に言えば、鬼崎君は近寄りがたい。
髪はボサボサ、糸目で普段は無表情。窓側の一番後ろの席で、いつもぼうっと外を眺めてる。時折何か考え込んだような顔をしているようだけれど、かと思うとガッツリ机に伏して居眠りしてたりして。確か家まで凄く遠いらしいから、毎日の疲れが溜まっているのかも知れない。
知らず知らずのうちに、鬼崎君はクラスの中で触れてはいけない何かみたいな存在になってしまっていた。――そんな鬼崎君の現状に心を痛めている私が変で、鬼崎君を無視するみんなが普通みたいな。それってとても良くないこと。良くないことなのに。
数学の時間、二列向こうの鬼崎君を無意識に見ていると、突然、目が合った。
驚いてサッと目を逸らそうとしたのだけれど、鬼崎君のシルエットが何だかいつもと違う形に見えた気がして、私は思わずもう一度彼に目をやった。
――誰?
鬼崎君であって、鬼崎君ではないような。
頬杖をして私に向かって微笑んでいる彼の目は、金色に光っていた。口元から牙がチラ見えしてる。逆立った髪。彼の輪郭を覆うように、真っ黒な何かが揺らめいている。けれど、不思議と怖くはなくて。私が見てきた黒いものとは全く違う種類の。
「榊原さん、問い2の公式は?」
「は、はい!」
現実に引き戻された。
大慌てで教科書に目を落とし、どうにか答えてふぅと溜息。
顔を上げて鬼崎君の方を見れば、普段通りの彼の姿で。
……気の、せい、かな。
私は何度か目を瞬かせて、そのまま授業へと意識を戻した。
*
数学の時に見た鬼崎君があまりにも強烈で、そのあとの授業はまるで頭に入らない。
別の時間にも何度か鬼崎君の方を見たけれど、相変わらず居眠りを先生に注意されたり、或いは起きていてもぼうっとしている、いつも通りの彼だった。
アレは何だったのか。
私の変な特性のせいかも、とは思うけど。
ぼんやり考えていたら、下校時うっかり忘れ物をして、教室まで逆戻り。ガラッと教室のドアを開けて、私は思わず息を呑んだ。
「鬼崎君」
照明の消えた教室に、鬼崎君ただ一人。
締め切ったカーテンの前に立っていた彼は、私が入ってきたのを確認すると、ただでさえ細い目を更に細めて口角を上げた。
「榊原……みさをさん」
「は、はい?!」
閉め忘れていたドアが勝手にピシャッと閉まって、私はビクッと肩を揺らした。
誰かが外から、とは思ったけれど、廊下に人の気配はなかったはずで。
「丁度良かった。声、掛け損ねて。君の所まで飛ぼうかどうか迷ってたところ」
「と、飛ぶ?」
「どうやったら君と二人っきりになれるかなって……。俺、あんま人間と喋ったこと、なくて」
「人間と? え???」
思ったよりも鬼崎君はお喋りで、けれど何だか話の方向が。
「鬼の類いがやたらと集まるから、多分見える人が近くに居るんだろうなとは思ってたんだけど、今日、ハッキリした。榊原さん、君、見えてるんでしょ?」
私は思わず両手で顔を覆って、そのまま辺りの机にぶつかりながら――ぺたんと、床にへたり込んだ。
全身から血の気が引いて、震えが……止まらない。
「怖がらなくても大丈夫だよ。俺には全部分かってる。あいつらは、認知されるのが嬉しくて、そういう特性のある人間のそばに寄ってくるんだ」
そう言いながら、鬼崎君は机の間を縫って、ゆっくりと私の方に向かって歩いてくる。 目が……光ってる。金色の目だ。
逆立った髪も、周囲に漂う黒いものも、やっぱり見間違いじゃなかった。薄ら笑いした口の中に牙があるのも、やっぱり。
「片っ端から喰っちゃったから、誰が見えてる人なのか、肝心のことが分かんなくなっちゃって……試しに力を解放してみたら、君がいち早く反応した。――君には俺が、どう見えてる?」
真ん前まで来ると、鬼崎君はよいしょと屈んで、私にズイッと顔を寄せてきた。
細い目の中に光る金の瞳には、吸い込まれるような透明さがあって。
逆立った髪の毛の間に、角のような二つの突起物。牙もだけど、手には鋭く長い爪。
全身を覆う黒い影のような何かは――彼の中に隠された、絶対に見てはいけない……
「お……鬼?」
「半分当たり。小さい頃うっかり山の祠をぶっ壊して。以来、鬼に取り憑かれてる。俺んちは代々鬼狩りなのに」
「鬼狩り?」
「何百年も前から続く鬼狩りで、鬼を封じた山の祠を守ってたんだ。なのに祠、壊しちゃって。体の中に封じた鬼を制御出来るようになるまで、学校にも行けなくて……じいちゃん以外の人間と殆ど喋ったこと、なくてさ。正体が知れたらヤバいのは俺にだって理解出来る。だから誰とも仲良くしちゃいけない。……けどさ、俺だってみんなみたいに友達欲しいし。楽しく学校に通いたい」
――私と、同じ。
思った途端に、鬼崎君が泣きそうな顔をしているのに気が付いて。彼の骨張った手の上に、私はそっと、手を添えていた。
「怖くないの?」
「鬼崎君の気持ち、痛い程分かる。私こそごめんね。鬼崎君が孤立してくの、止めるべきだったのに、勇気がなくて」
突拍子もない話だけれど、鬼崎君が鬼に見えちゃうのは本当だし、こうして触れてみてもしっかりと感覚がある。彼の話が全部嘘には思えない。
第一……不思議と怖くないんだよね。
「あ、あのさ。榊原さんに、お願い、あるんだけど」
「何?」
「い、嫌なら断ってくれて良いから、俺と……と、友達になってくんない? 君に寄ってくる鬼の類いは、全部俺が何とかするから。初めての友達に……なって、貰えますか」
鬼崎君は震えていた。
恐そうな、鬼みたいな格好をしておきながら、けれど純粋無垢で綺麗な目に溜めた涙をボトボト頬に落っことして。多分……信じられないくらい精一杯の勇気を、必死に捻り出して。
「うん。良いよ。友達になろう」
*
それから少し話し込んで、帰る頃にはすっかり日が暮れていた。
帰りのバスをスマホで検索しようとする私に、鬼崎君は「送るよ」と言う。
「暗くなると色々危険でしょ? 昼間でもああなのに」
「でも」
周囲には幸い誰もいない。だからかな、細い目をもっと細くして笑うと、鬼崎君は大胆に私を抱き上げ「家、どっち?」と聞く。
「は、花丘町」
「おっけー」
グッと腰を落とすと、鬼崎君は思いっ切り地面を蹴り上げた――
「ええっ?!」
鬼崎君に抱えられたまま、私は空の上に居た。
感じたことのない浮遊感と、眼下に広がる街並み。何が起きているのか理解するのに時間が掛かる。
人間離れした力で彼は空を駆け、あっという間に私の住む花丘町まで来てしまった。
家の近くの公園に着地すると、鬼崎君はゆっくりと私を地面に降ろしてくれた。
ありがとうとお礼を言おうとした時には既に――鬼崎君は鬼になっていた。
公園に棲みつく黒いものを鋭い爪で裂き、凄まじい勢いで殴り倒し、喰い千切る。
「また明日!」と笑顔で手を振る鬼崎君に深々と礼をして、私は家路を急いだ。
久々に健闘しました!
いずれ連載したいですね、いずれ……