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父の遺書が異世界転移ライトノベルだった件<第21回/第二会場>

あらすじ



 顔も知らない父の遺品整理をしていた有平は、《遺書》と書かれたメモを発見する。

 遺されていたのは、一編の長編小説。異世界に召喚された男が冒険し、魔王を倒して世界を救い、地球に帰還する話。――いわゆる異世界転移ライトノベルだった。

 有平は父の遺書でもあるその小説を少しずつ読み始める。

 まるで実際に体験してきたかのような文章に、有平は徐々にのめり込んでいった。

 父が小説に秘めた真実に、気付かないまま……。


【結果:16位/41P(会場5位)】

 二十年以上前に家を出た父の訃報に、俺はただ呆然とした。


『小峯浩平さんの長男、藤川有平さんで間違いないですね?』


 名前だけは知っていた。

 物心付いた時には母と二人で暮らしていて、父の記憶は一切ない。写真も全て捨てられていた。彼の痕跡はどこにもなかった。

 一昨年の暮れに母が死んで、手続きのために取り寄せた戸籍謄本で名前を知るまで、父は架空の存在だった。


『身元確認と、遺体の引取りをお願いしたく……。大丈夫ですか、藤川さん』

「……はい、大丈夫です。で、どこに向かえば」


 電話を耳に当て、上の空で手帳にメモした。

 聞いたことのない地名に、俺は何も考えられなくなっていた。






 休みを取って数日間知らない場所へ行って、黙々と手続きをした。

 知らない顔をした遺体を引き取り、葬儀を済ませる。


「浩平さん、こんな立派な息子さんが居たんだね。お父さんとそっくりだ」


 父だという人は随分人格者だったらしく、葬儀にはそれなりの人数が参列して俺に声を掛けてきた。


「浩平さん、自分や家族のこと、何も喋らないんだもの」

「良い人だったよ。責任感が強くて、何にでも一生懸命でね」

「正義の味方みたいな人さ。あんなに頼れる人は居なかった。惜しい人を亡くしたよ」


 お世辞なのかも知れなかったが、悪い気はしなかった。

 聞けば父はずっと独り身で、贅沢はせず、誠実な人柄だったらしい。持病を抱えていたが病院にはあまり行きたがらず、気が付いたら手遅れになっていた……ということらしかった。

 母が生前父の存在をひた隠しにしていたこともあって、俺はずっと、父は存在しないか、あまり触れてはいけないような悪いヤツなのかと勘ぐっていた。同僚の方々の話しぶりを見ると、それは杞憂で、本当に良い人だったらしいと知れてホッとする。


「あまり私物を持たない人だったけど、相続権は有平君にあるんだから整理してって貰えるかな」


 ワンルームのアパートに住んでいた父の遺品を黙々と片付けた。

 心は無だった。

 死に顔は見たし、話も聞いた。写真も動画も見せて貰ったが、俺の知らない父親は、全くの赤の他人でしかなくて。相続権があるなんて言われても、癌で亡くなった母さんの時とは全然違う、変な気持ちになるだけだった。


「本当に、贅沢を知らない人だったんだな」


 大家さんに渡された段ボールとゴミ袋、掃除用具を手に、必死に部屋を片付けた。

 限界まで着古したような服、色褪せたタオル、使い込んだ布団。テレビやパソコン、スマホもあるにはあったが、平成初期のままアップデートしてないような感じの生活をしていたらしい。

 代わりに、小説や資料本がたくさんあった。これは勿体ないから貰っていこうと思う。


「亜里紗が要らないって言ったら捨てるか」


 同棲中の彼女は俺と違って本好きで、選り好みせず何でも読む。古本屋でよく分からない本も買ってくるくらいだからと、持ち帰る荷物に仕分ける。

 通帳に保険証書、公共料金の請求書……大切な書類を纏めていると、ふいに《遺書》と表紙に小さく書かれたメモ帳が目に入った。


「何だこれ」


 表紙をめくる。

 一ページ目にあったのは、何かのサイトのURLとID、パスワード。

 更にパラパラめくると、後ろの方に各種サイトやメールのIDとパスワードの覚え書き。


「あれか。何かあったら誰かに退会処理とかして貰うための。そういうのもやらなきゃならないのか」


 俺は何の気なしに、そのメモ帳を持ち帰る用の荷物に詰め込んだ。






 安宿に泊まりながら遺品整理して、部屋を引き払う。

 遺体引き取りから丸々一週間程度かかってようやく自宅に戻ると、「お疲れ様。有平。大変だったでしょう」と亜里紗が出迎えてくれる。


「スゲぇ大変だった。まだ金融関係の手続き終わってないから、もうちょいかかるけど」

「先に届けてくれた荷物、たくさん本入ってたね。お父さん、読書家だったの?」

「さぁ……。よく分かんない。そういうの、好きな人だったのかもな……」


 小峰浩平とはどんな人だったのか。

 何故母は父の存在を隠したのか。


 除籍謄本を見ると、父は二十九歳で母と結婚し、三十の時に俺が生まれている。離婚したのはその直後だ。明らかに無責任な父親であるとしか言いようがない。

 母の相続時に古い預金通帳も確認したが、養育費を振り込んでいたような形跡もなかった。産ませるだけ産ませて捨てたのか、クズだなと、その程度の感想だった。


 父の預金残高が思いのほか多かったことも、更に俺を苛々させた。こんなに金があるなら養育費くらいくれれば良かったのに。頑なに接触を拒んでいたようにも思える。

 ……全然、意味が分からない。

 他に結婚していた形跡もないし、父の同僚や大家さんの話を聞くに、人付き合いも必要最低限で済ませていたらしい。

 プライベートのことは誰も知らなかった。何かしら隠しているような気がしなくもないと、零す人も居た。


「犯罪者……だったんかな」


 荷物を開けながら俺が言うと、亜里紗は驚いたような声を出した。


「どうして?」

「だって普通、誰も何も知らないってことはないだろ。あいつの好きなもんとか、あいつがよくやってたこととか、誰も知らなかった。友達とか、居なかったっぽい」

「そういう決めつけは良くないよ。人付き合いが苦手だっただけかも」

「まぁ、そういう可能性も、なくはないと思うけど」


 何かが妙に引っかかった。

 人付き合いが苦手でも、自分のことくらい何か喋るだろ、普通。

 ――と、あの妙なメモ帳を思い出し、荷物の隙間から取り出してページをめくる。

 固まったままの俺を不審に思ったらしく、亜里紗がメモ帳を覗き込んでくる。


「これ、小説投稿サイトのアドレス」

「はぁ?」


 亜里紗が言うには、日本最大級の小説投稿サイトのURLらしい。


「あ、ホントだ。syosetu……小説って書いてある」

「それのIDとパスワードじゃない?」

「なるほど」


 スマホにアドレスを打ち込み、ログインページへ進む。亜里紗の言う通りにIDとパスワードを入れてログインボタンを押すと、ユーザページに変移した。


「うわ、マジか」

「お父さん、小説書くのが趣味だったの?」

「知らんけど……」


 遺品には大量の資料本があった。それを元に小説を書いてたのか。そりゃ、誰にも言えんわな。


「下書きのエピソードがあるみたい。作品名……《遺書》。有平、これ、お父さんの遺書じゃない?」

「遺書って……こんなところに置いとくか、普通……」


 本好きの亜里紗は良く投稿サイトの小説も巡回しているらしく、そのサイトのIDもちゃっかり持っていた。小説なんて全然興味のない俺にはサッパリ分からなかったが、彼女は慣れた手つきで画面を操作し、該当のページを表示してくれた。


「連載形式になってて、未だ投稿されてないみたい」

「未発表ってこと?」

「うん。ユーザネームも本名だし、誰にも見せるつもりはなかったのかも」

「下書きのまま、俺に読まれるのを待ってた……」

「だと思うよ。でなきゃ、わざわざこんなふうにIDとパスワード残しておく訳ないじゃない」


 そういう……もんなのか。

 何がしたいのか、何を訴えたいのか全然分からないけど、亜里紗が言うならそうかも知れない。


「読んでみたら? 何か有平が知りたいこと、書いてあるかも知れないし」


 下書きのページにただ番号が振ってあるだけのエピソード。《1》と書かれているところをクリックすると、前書きの部分に何か書かれている。


「《有平に捧ぐ》」


 俺はゴクリと唾を呑んだ。

 マジだ。マジの遺書だ。

 けどそれは、本文を読んだところで疑問に変わる。


「亜里紗、これ違うかも。遺書じゃないかも」

「え?」

「何か普通に小説書いてある」

「小説? 遺書じゃなくて?」

「小説だ。多分これ、普通に小説。ライトノベルとかそういう……」


 主人公は高校生。学校帰りに交通事故に巻き込まれる。横断歩道のない道で道路に飛び出した子どもを助けようとして、車に撥ねられたらしい。子どもは助かったようだが、主人公は全身を強打し、そのまま意識を失った。そして気が付くと――……知らない世界へと足を踏み入れていた。

 蒸気機関の発達した剣と魔法の世界ウィンドローグ。

 そこで彼は半獣の少女リリアと共に、元の世界に戻る方法を探すことになる……といった内容だ。


 知らず知らずのうちに一話を読み終えて、俺はあまりの完成度の高さに驚いた。

 もしかして小峰浩平はラノベ作家志望だったのだろうか。文章力は高いし、描写も凄い。まるで目の前に異世界ウィンドローグの景色が広がって見えるようだった。

 亜里紗にも読んで貰ったが、同じ感想だった。ただただ凄い。素人のそれとは思えない。


「凄いね。こんなに上手いのに公開してないなんて勿体ない」

「うん。スゲぇ」


 小峰浩平の評価が俺の中でぐんぐん上がっていく。

 どう考えても、俺の想像したクズ男と実際の小峰浩平の人物像は掛け離れている。


「ただ、気になるのは主人公。名前……コウヘイなんだよ。自分と同じ名前。センスねぇな」

「うん、まぁ、そこはね……」

「けど面白ぇ。ちょっと読むわ」

「読んだ方がいいよ。わざわざタイトル《遺書》なんだし。読めばその真意が分かるかも」


 エピソードは全部で百話ある。

 一体最後に何が待ち受けているのか……俺はそれ以降、時間を見つけては小峰浩平の遺作を読み続けた。

 小峰浩平の人柄を表すような読みやすい文章は、俺を異世界ウィンドローグの旅へと引き摺り込んでいった。

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