召喚 3
この世界での個人的な目的も決まったところで瑠璃が来た、クリスタルに触れる前に話があるようだ
「何か良い事があったみたいね」
「分かるか?」
「笑っているのを見れば誰でも分かるわよ」
知らない内に頬が緩んでいたらしく、咄嗟に手を口許に持ってきていた
仲間以外には手の内を晒したくないという思いからバレないように心掛けたつもりだったが、隠しきれていなかったか
「なら気をつけろ。基本的なステータスはともかく、カードには《スキル》が表示される。手の内を晒したくないなら、あまり口外するな」
「そうなのね。なら、アンタが笑っていたのは《スキル》に自分の好きな物が、職業からしてAF関連があったからかしら?」
「よくお分かりで」
察してくれたが、もしもこの世界でAFを使用した場合の威力が計り知れない
魔物とか魔王相手にあまり役に立たないなんて事はあって欲しくはないが、逆に無双できるようなレベルだと扱いには慎重になる必要がある
場合によっては俺が気分転換に乗り回すだけ、という事になる可能性もあるだけに、まずはどうにかして一機、第一世代機でも良いから入手して検証しないとな
「じゃあ、行ってくるわね」
「ああ、良いステータスになる事を祈ってるよ」
ある程度、ステータスは今の状態が反映される事は分かってきた
力が俺よりはない瑠璃だと、恐らくは筋力や防御力が高いという事はないだろう
そうなると魔力系の能力が高そうだが、どう出るかな
「さあ、今こそ我が真の力を示す時!」
相変わらず周囲に人が居る状態では中二病発言を止められない瑠璃らしい気合いの入れ方だが、この国の連中もポカンとした顔で眺めているのは滑稽だ
とはいえ気合いを入れても俺達と何ら変わらない反応を示したクリスタルから放たれていた光が収まると、その様子は一気に変化した
俺も瑠璃の変化には驚きつつも、瑠璃の事を他より知っているだけに納得もいっていた
ある意味では召喚された中で一番変化したと言える覚醒をしたのだから
金色の髪は銀に、碧眼は血のように紅く、ハーフ故の色白だった肌は病的なまでに白く、黒地に赤で作られたフリルが各所にあしらわれたプリンセスドレスを身に纏っていたのだ
そしてクリスタルからはステータスが表示されている
◆
名前:瑠璃・フォンテーヌ
年齢:16歳
性別:女
職業:錬金術師
種族:真祖
称号:《異世界人》《鮮血の伯爵令嬢》
レベル:1
HP150/150 MP1,500/1,500
STR:100
VIT:100
INT:1,000
MND:1,000
AGI:200
◆
案の定というか、魔力関係のステータスが他とは文字通りに桁違いだ
種族まで真祖へと変わっており、外見の変化はそれに伴うものだったらしい
今までのステータスでは総合的に桐生が一番だったが、その桐生のステータスを幾つかの項目で超えている
完全な後衛型ではあるが、職業が錬金術師なのは本人の適性が影響しているのだろうか?
それにしても、コイツも《勇者》の称号がないな、自称していた《鮮血の伯爵令嬢》はあるのに、どういった基準で選ばれてるんだ?
そして当の本人は自分の姿を確認して、ステータスを確認して、頬が緩んでいたと思ったらいたら満面の笑顔になって文字通り翔んできた
STRかAGIか、どのステータスが影響しているのかは分からないがステータスによって能力が強化されているのは本当らしい
そして俺は、俺目掛けて翔んできた瑠璃を受け止めてやる、どれだけ嬉しかったんだ、コイツ
「やったわよ、カナ!これが本当の私、本物の真祖になれたわ!」
「おう、良かったな、脳内設定通りの姿になれて」
「脳内設定言うな!今はこうして真祖になってるんだからね!」
そう言うが、機嫌を損ねた様子もなくその場でクルクルと回り全身で喜びを表現する
瑠璃の言う《鮮血の伯爵令嬢》は真祖の吸血鬼という設定であり、その他にも色々と細かな設定が存在している
休みの日、コスプレのイベントがあった際には今着ているようなドレスに銀髪のウィッグを被って役になりきっていたりもした、俺も巻き込まれて用意されたAFWの衣装の一つを着て連れ回されたからよく分かっている
そして、その衣装が俺のを含めて全て瑠璃の手作りである、こう見えて裁縫の腕も一級品なのだ
そんな瑠璃は今、設定通りに真祖の吸血鬼となった、その喜びは俺がこの世界でもAFに乗れると知った時と同じであろう
だが此処は教会であり、俺達はこの世界の宗教も、この国の方針も知らなかった、この後に起こる事を考えていなかったかのだ
「きゅ、吸血鬼だあッ!?」
「おお、この聖なる地に……なんという事か……」
「魔族だ、魔族が居るぞ!?」
最初に騒ぎだしたのは教会の連中、法衣を纏った神官らしき人達だ
そりゃあそうか、と俺も瑠璃も彼等が騒いでいる理由に合点がいったが、騎士達が剣を抜いてゆっくりと、包囲するように近付いてくるのを見て俺は気を引き締める
例え吸血鬼になっても《勇者》である以上は仲間として見られる、だが瑠璃や俺には《勇者》の称号がない、彼らの教義に従って殺されるという事もあり得るのだから
戦闘の可能性を考えて頭のバイザーを下ろす、それに伴い周辺のマップや敵と判定が降りた騎士達のステータスが表記される
幸いにも俺達の位置は教会の端の方、背後を突かれるという心配はないだろう
「カナ……」
「分かってる、何とかする。ただ、ちょっと荷物を預かっていてくれ」
「わ、分かったわ」
さっきまでの様子とは一転、静かに殺気立つ騎士達の様子に不安になったのか瑠璃が俺の服の裾を掴んだ
それに安心するように返し、身軽になって何が起きても対処が出来るように構える
俺に瑠璃を見捨てるという選択肢はない、彼女は俺の大事な友達で、仲間なのだから
「スゥ、ハァ……さて、随分と物騒な雰囲気を発してるじゃないか。何か問題でもあったのか?」
「問題じゃと?問題そのものじゃ!この神聖なる女神リリウム様を祀る神殿に、そのような穢らわしい魔族が入り込むなど、到底赦せる事ではないわ!!」
「呼び出したのはそっちだろうが。それで、その覚醒した力が魔族の物と同様だったとして、どうする気だ?」
「殺すのだ。魔族は、穢らわしい種族は根絶やしにせねばならん!儂らが呼んだのは《勇者》であって、魔族ではない!貴様も《勇者》ではない、魔族に加担するというのであれば、容赦はせんぞ!」
「成る程、ね。なら俺はあくまで瑠璃を守る。それで、今すぐに此処から、場合によってはこの国から出ていくから、見逃しては貰えないか?」
「それは出来んな。神殿に魔族が侵入した、それで逃がしたとあっては女神リリウム様の御威光が陰ってしまう」
「そうか、それは残念だ」
「そうだな。騎士達よ、その魔族を討ち取れ!」
「お前達は、俺の敵だ!」
会話の間、バイザーの能力である《スキャニング》で周囲のスキャンをしていた
それによると俺と言葉を交わしていた法衣の男は《大司祭》と出ている
騎士達も《教会騎士》と出ていて、宰相の後ろに控えたままの騎士達は《王国騎士》であり、装備の意匠の違いからも別系統の組織だと分かる
事実向こうは動いてはいない、動き出したのは全て教会の関係者ばかりだ
そして俺のバイザーは相手のステータスも読み込んでいた、騎士達のステータスは全体的に特化した能力はない、そしてその数値は全て100に届かない
今も剣を構えて接近してくる騎士達の動きがしっかりと見えている、それこそ遅すぎるくらいに
瑠璃を俺の背後に隠し、一番先に接近してきた騎士が俺に向けて剣を振り下ろそうとするが、それを横に避けて顔面に拳を放つ
避けられずにまともに顔面で攻撃を受けた騎士は大きく後ろへと倒れ、鼻血を垂れ流しながら地面に横たわる、どうやら動体視力とかに関係するAGIと筋力に関係するSTRの影響はかなりの物のようだ
今の騎士が落とした剣を拾ってみると刃渡り60センチ程の両刃で少し厚いが、筋力が上がった今なら片手で軽く扱える物だった
そして、それを使って次に接近してきた騎士が持つ剣を弾き飛ばすのも簡単だ
横凪ぎに払ってきた剣を下から切り上げると、それは大きく放物線を描いて神官連中の更に後ろに落ちる
筋力の違いからか、手が痺れ呆然とした様子の騎士の腹を蹴り飛ばすと胃液を吐いて悶えている
これで二人、だが他の騎士達が波が引くような動きで左右に下がっていく姿を見た事で素早く瑠璃の下へと駆け付け、その体を抱き上げる
「ちょ、ちょっと!?」
「黙ってろ、舌噛むぞ!それと、俺の事を掴んで安定させろ!」
筋力が上がった恩恵は此処にもあった、右手に剣を持ったまま左手のみで瑠璃を抱えられたのだ
だがそれだとあまり安定しないので、突然抱えあげられた事に抗議の声を上げていた瑠璃も黙って俺の首に両手を回して固定させる
そのまま走り、助走をつけた状態で壁に向かって飛び、その壁面を二度ほど蹴って大きく跳ぶ
背後では幾つもの光が炸裂したように明滅しているが、恐らくは魔法か何かの遠距離攻撃だろう
同士討ちを避ける為に下がったであろう騎士達の様子から予想したのだが、当たりだったな
可能な限り敵のいない地点を目掛けて壁から跳んだが、やはり敵は数が多い、瑠璃を抱えた左側から攻めてきたから相手の接近に合わせて回転、遠心力をつけた剣で迎撃し、剣を弾く
それから直ぐに瑠璃を降ろし、体勢を崩した騎士の側頭部に左肘を打ち込む
脳震盪でも起こしたか、倒れる騎士の剣も拾い、二刀流で持つ
「成る程、あれが魔法なのね」
「見たのか?どんな形だった?」
「光で出来た球体や矢、槍が飛んでたわ」
「成る程、定番だな」
それでも当たれば何処まで威力があるか、着弾した地点は特に変化は見えないが、魔族にのみ効く魔法とかかもしれないし、瑠璃の魔法防御が高くても受けるのは危険だな
それにしても敵の数が多い、どうにかして退路を確保しないと、体力が持たないな……
「何を一人相手にて手こずっている!さっさと排除して魔族を討ち取るのだ!」
「なあ、何でアイツあんなに動けるんだよ?幾ら力が手に入ったからって、あんなに動けるのか?」
「無理無理、むしろ何でアイツが動けるのかオレだって知りてえよ!?」
「わたし、剣を持ってる相手にあんなこと、出来ないわよ……」
「灰村くん、フォンテーヌさんの為に、あんなに動けたんだ……」
「宰相さん、生徒を!あの子達を助けて下さい!あの子達は何もしてないじゃないですか!」
「いや、しかし、教会は我々とは別の組織でして……王国といえど、そう簡単には手出しが出来ないので……」
チッ、宰相は当てにならんし、学校の連中は状況に対応出来ていない
まあ、動けてる俺の方が特殊なんだがな、あれもこれも完全没入型VRゲーム様様だ
五年前に発売された世界で最初のVRゲーム、剣と魔法のファンタジー世界を描いた《ソード&マジック》というゲームがあった
だがアバターの動きは完全に自分任せ、リアルの体格や筋力、運動神経が問われるという、今のシステムでサポートがあるゲームとは違い散々なものだった
そして、当時小学生だった俺はそのゲームで剣を使い攻略しようとしていた
だが子供の体格でモンスターや人間型の敵の相手はまともに出来たものではなかった
それでも諦めず、何度も戦闘不能になって、その度に工夫した
過信している訳ではないが、だから剣での戦闘が出来る、それに加えて今は本来の能力以上に動けるとなれば、システムにアシストされた動きのあるゲームでの動きを再現する事は可能だ、VRゲーマーをナメるなよ
「さて、そろそろ撤退を―――」
今の状態でどれだけ動けるか、敵の力がどれほどの物かは確認したから、本格的に逃げる為の退路、その確保を始めようとした瞬間、今までの敵とは違う一撃を受けた
交差させた剣で受け止めたものの、筋力の違いから今度は俺の腕が痺れ、徐々に押され始める
「―――一応、理由を聞いておこうか。何の真似だ、桐生?」
「お前を止める、それだけだ、灰村ッ!」
ステータスに於いて優位に立てていた中で、俺のステータスを超える相手、桐生が剣を抜き、俺との鍔迫り合いをしていたのだ